むやみなマムアンダード

ウツリギ

第1話

なにもかもうまくいかない日々。作品を完成させられない物書きが唯一の創作仲間に作りかけの作品についての相談をする。しかし詰め込みすぎる癖のせいか毎度のごとく「よく分からない」と一蹴されてしまう。そんな日常を過ごしていた物書きはいつしか自分は一人ぼっちなんだと思い込むようになっていた。そしてついには絶対的に味方でいてくれる存在を欲するようになった。


作品を完成させられない物書きが作りかけの英雄ヒーローを見て「こいつがかってに動き出してひとりでに完成してくれたら」とつぶやく。「それだ」と言い執筆に取り掛かる物書き。しかしすぐに行き詰まり「結局考えてるのは自分じゃないか。こんな そらごと、なんの救いにもならない」とうなだれ匙を投げる。その落胆とは裏腹に作りかけの英雄ヒーローは動き始めた。「これで何年目だよ」「オマエに任せてちゃラチがあかないぜ」と肌を脱ぐ作りかけの英雄ヒーロー。物書きは驚きもせずしかし少し冷静ではない様子で作りかけの英雄ヒーローと言葉を交わす。「お前がひとりでに完成してくれたらいいんだよ」「オーケー。じゃあ、ハイ完成。これでおれは完成した。もう既に完成していたと言ってもいいな。おつかれさん」「頭の中にだけ居たって完成となんか言わないよ」「頭の中に居たほうがその時々の問題に合わせて姿を変えられる。そうやってお前を救えるんだ」「今欲しい救いは作品の完成だけだ」「だったらおれを人目に見える形にすればいいじゃないか」「結局作るのはおれってことだな。実制作で行き詰まることがあってもお前は助けてくれないんだ。そんななんの救いにもならない奴は英雄ヒーローなんかじゃない。おれは実際に救いになる英雄ヒーローが作りたいんだ」作りかけの英雄ヒーローはなにも言うことが出来なかった。そして物書きの前から突然姿を消してしまった。物書きは、やはり自分は一人ぼっちなんだと落胆した。物書きがつぶやく。「なにも生み出せないみじめな生活が続くぐらいならいっそ死神が迎えに来てくれないかな」作りかけの英雄ヒーローは物書きの心の中のどこかでその言葉を聞いていた。そして突然 大鎌を持った死神に姿を変えてしまった。


作りかけの英雄ヒーローは作りかけゆえに姿を変えることなど造作もなかった。使命は唯一つ、物書きを救うことただそれだけだった。それさえ叶えられれば姿などどんなものでもよかった。無論、死神に姿を変えたのは死をもって物書きを救おうとしたからである。作りかけの英雄ヒーロー扮する死神が物書きの前に姿を現す。作りかけの英雄ヒーロー扮する死神は手違いがあってはならないと考え、本当に死が救いになるのか念のため創作者に尋ねた。「なんのために私を呼んだのか」すると物書きは驚きもせずしかし少し冷静ではない様子で「死なせてもらおうと思って」と答えた。作りかけの英雄ヒーロー扮する死神は「お前がそう言うなら」と言い大鎌で刈りつけた。それはもう止められないぐらいの速さだった。しかし、肉を切るすんでのところで大鎌は消えた。作りかけの英雄ヒーロー扮する死神が消したのではなく勝手に消えたのだ。物書きは涙を浮かべていた。物書きの生きようとする力が大鎌を消したというわけでもなかった。死にたい気持ちは残したまま単にそれを叶えてくれる大鎌だけが消えてしまったのだ。死神の正体が作りかけの英雄ヒーローであることは物書きには分かっていた。作りかけの英雄ヒーローが物書きが生み出した存在なら作りかけの英雄ヒーロー扮する死神も物書きが生み出した存在だからだ。物書きは作りかけの英雄ヒーロー扮する死神を見つめ「まだお前が残っていた」と言った。そして、また涙を浮かべた。


いくつかの時間が経ち、物書きはまた創作活動に励むようになっていた。そしていつもその傍らには作りかけの英雄ヒーロー扮する死神を置いていた。「みじめな生活が続くぐらいならいっそ死神が迎えに来てくれないかな」と物書きが言うと作りかけの英雄ヒーロー扮する死神が「なんのために私を呼んだのか」と返す。そして物書きが「死なせてもらおうと思って」と答える。そんなごっこ遊びが2人の間で定番になっていた。しかしどうせそれを強行しても途中で大鎌が消えてしまうことが2人には分かっていた。それに物書きはこの辛気臭い展開に飽き飽きしていた。今回は気まぐれでごっこ遊びの台詞を変えてみよう。そう思い立った物書きは作りかけの英雄ヒーロー扮する死神の「なんのために私を呼んだのか」という台詞に「作品、作品を完成させるのを手伝ってもらいたくて」と返した。作りかけの英雄ヒーロー扮する死神はこの勇敢で機転の効いた返事に感動し、「お前の願いを叶えてやろう」と言った。そして作りかけの英雄ヒーロー扮する死神は瞬く間にランプの魔人へと姿を変えてしまった。


物書きは叶わないと思いながらも冗談半分で「作品を完成させてくれ」と願う。すると作りかけの英雄ヒーロー扮するランプの魔人は本当に作品を出現させてしまった。しかしその作品はなんてこともない出来だった。「名作を完成させてくれ」と願っても結果は同じ。なんてこともない出来だった。「へたにランプの魔人に姿を変えるもんだから余計に肩透かしを食らった気分だよ」と言い物書きは落胆してしまった。作りかけの英雄ヒーロー扮するランプの魔人は「おめがねにかなう作品を完成させるにはご主人様がどんな作品を完成させたいのか言ってくださらないと」と言った。物書きはその言葉を聞くやいなや「それじゃあ自分で作っているようなものだよ」といつものように噛み付いた。作りかけの英雄ヒーローはランプの魔人に姿を変えてもなお物書きを救うことが出来なかった。しかし数秒後には物書きはケロッとしていた。物書きは少し冷静ではいられない様子で「変幻自在のその力、その力は役に立つかもしてないぞ」と言った。それは作りかけの英雄ヒーローがはじめから持っていた力だった。物書きは「おれがこれから思いついたことを言っていくから、その姿になって見せてくれ」と続けた。


「なにを見せればいいのです?」作りかけの英雄ヒーロー扮するランプの魔人が尋ねた。「まずはそれだな。その姿。上は救助服みたいな感じがいいな。その上にライフジャケットを着用して首元には宇宙服のヘルメットを取り付けるわっか。下はランニングウェアみたいな感じにしてもらおうか。おっと、つやのある高級そうな感じにしてくれよな」「上は宇宙服なのに下はランニングウェア?密閉性はどうなってるんです?」「細けえことはいいんだよ」「言われた通りにしましたが」「あとあれだな。パンキッシュな髪型にしてくれ。おれの英雄ヒーローはそうなんだ。生意気そうな笑い方、どこか澄んだ目、あと、あと」物書きは思いつく限りの注文をした。「結構いい感じになったじゃねえか。ま、また気が変わるかもしれねえけど」「またですか!?」そう言いながらも作りかけの英雄ヒーローは次の希望を物書きに尋ねた。「ひとまず完成してしまいましたけどまだ完成ではないんでしょう?次はどうなさいます?」「キャラクターが出来上がったら次は世界だ」「自由に遊べるリゾート都市!」「バーチャルな要素も入ってたら最高だな」物書きが答える。「なぜです?」「現実世界じゃはばかられるようなエクストリームな離れ業を決めるためだよ!」物書きはビデオゲームというものに憧れていた。それは箱や板の中にもう一つの世界がありそれを動かせる、なんとも不思議なものだった。物書きはひとしきり自分の理想の世界を言葉にした。作りかけの英雄ヒーローは律儀に物書きの言うままの世界を作ってみせた。しかしそれは敵もいなければ仲間もいない空虚な世界だった。

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