第17話 ギャルマインド

 昼休みになった。

 ロッカーに教科書を片付けようとすると、先客がいた。


「あ」


 花園が俺を見てピタリと止まる。既に片付け終えた後のようだ。

 バッタリ対面した手前、何か喋りたい。

 いくら恋愛面でフラれ──牽制されたといえど、面識が無くなる訳でもないのだし。

 ていうか先週も"全然話しかけてくれないし"って言ってたし。

 花園は少し口角を上げて、そのまま佇んでいる。

 俺は意を決して声をかけた。


「…………話しかければいいんだっけ」

「ふふ。そんな出だしある?」


 花園は面白そうに笑って、コクリと頷いた。


「うん。話しかけてくれてありがと」

「……ちょ、調子はどうだ?」

「調子は良いよ。よっしーは?」


 純粋無垢な問いかけをされて、俺は慌てて付け加えた。


「い、いやあれだよ。柚葉と友達になりたいって言ってたけど、喋れたのかなって。そういう意味」

「あ、そういうこと。柚葉さんとはまだ話せてないなぁ、その話だってつい先週だもん」

「でも、されど一週間前だし」

「確かに。よっしースパルタだね」


 いつものふわりとした笑みに、不覚にも癒される。

 花園は下手くそな会話にも丁寧に応えてくれる。

 会話はよくキャッチボールで例えられるが、それに則るなら花園はどんな球でも丁寧に投げて返してくれるタイプだ。

 教室にこんな癒しが転がっているなんて奇跡でしかない。

 そう考えたところで、花園が「そうだ」と口にした。


「よっしーって二階堂さんと知り合いなの? 昨日から気になってたんだ」

「気になってくれてたのか」


 俺の一言に、花園は目を瞬かせた。


「うん、気になってくれてた。もしかして、あの人がよっしーが言ってた幼馴染さん?」

「あー……そうなるな。中学の時から、たまに話してたやつだ」

「そうなんだ……じゃあすごいね、よっしーに春が来るかもってことだね」

「まあ……いや、それは……」

「私、応援してるね」

「……あい」


 花園は本当に良いやつだ。

 でも、喋る時間が長引けば長引くほど思う。

 確かに俺たちは過去にイイ感じになったかもしれない。

 だけど、今はそうではないのだと。


「じゃあ私、ご飯食べてくるから」

「だ、誰と?」

「いつも同じ人。じゃ、またね」


 ……今の俺には、何かに誘うための取っ掛かりも見つけ出せそうにないな。

 花園が自分の席に戻るのを見送りながらそう思った。


「吉木」

「ん」


 声の方に目をやると、金髪ポニテが教室から顔を覗かせていた。

 柚葉が髪を揺らしながら、ちょいちょいと手招きしてきた。

 仕方なく近付くと、柚葉は耳元で囁いた。


「花園さんはさすがに脈なしかもネ」

「だから言ったろ。別に狙ってねぇし、てか見てたのかよ!」

「たまたまね。狙ってないならイイけど、ホント?」


 柚葉は見透かしたように、悪戯ぽい笑みで言った。


「話聞いてたら、私なら繋げてあげられそうじゃん」


 柚葉はこっちが何も言わなくても、連続でボールを投げてくれるタイプ。

 それはそれで助かるし、ボールの中には何色かに光る球が混じる時がある。


「……繋げるって、どうやって」

「やりようはいくらでもあるのだよどーてー君」

「花園に迷惑かける系はなしだぞ?」

「当たり前じゃん、私をなんだと思ってんの。ま、イイ感じを突破するための前準備が済んだら教えて?」

「え?」

「まずは自分のイイ感じの認識が合ってるか、二階堂さんと擦り合わせたいんじゃん? 目処がついたらでいーからさ」


 ……つまり、俺が麗美と話し合った結果自信を持てたら、その頃には花園と仲良くなる道を整えてくれているということか。

 めちゃくちゃありがたい話だけれど。


「柚葉ってなんでそこまで協力してくれるんだ」

「んー。私、吉木に彼女できたら嬉しいもん」

「……周りから勘違いされなくなるからか?」

「ま、それもあるかもねー」


 柚葉はこともなげに返す。

 いざ彼女ができたら、浮気してるみたいな勘違いが発生しそうな気もするけど。

 まあ、その時はその時か。

 彼女もできていない中で考えることじゃない。


「じゃあ作戦タイム開きたいんだけど、柚葉この昼休み誰かと約束してたりするか?」

「あーゴメ、今日は真希たちとランチ」


 柚葉は教室の扉に視線を移した。

 同じく扉の方向に目をやると、既にいつもの友達二人が柚葉を待ちながら談笑しているようだ。


「分かった。じゃあいい」


 柚葉は小さく頷いて、そしてニコッと口角を上げた。


「もー先送りしちゃダメだゾ。なんなら花園サンにも直接訊けばいーことなんだし」


 そう言って、柚葉は身を翻す。


「じゃ、また誘って!」

「誘ってもお前来たことないじゃん」

「細かいことはいーの!」


 ベッと舌を出して、ギャルは友達二人に合流していった。


 自分の席に戻ると、俺は思考を巡らせた。

 ……柚葉のやつ、ほんと簡単そうに言ってくれるな。

 "花園サンにも直接訊けばいー"のは間違いないけど、そもそもそれを簡単に思える性格なら恋愛にだって困ってない。

 今の花園に恋バナなんて藪から棒にするわけにもいかないから、どこかでエンジンを温める必要がある。

 恋愛に困っているような人間には、そのエンジンの温め方が分からないのだ。


「……そりゃ柚葉ならなぁ」


 柚葉のような端麗な容姿だったら、隣にいるだけで勝手に男子のエンジンが温まる。

 逆に、俺のようなイケメンでもない男子が女子のエンジンを温めようとすると話術しかない。

 過去の失敗が俺を臆病にさせているのは分かってる。

 それは女子にこっぴどく振られた過去だったり、花園と疎遠になってしまった油断だったり。

 先程花園との関係性の後退を自覚したのも、その失敗例の一つだ。

 俺は花園のことを全然知らないし、気付いたら彼氏持ちになっていたって不思議じゃない。


 人との距離感を測る上で大切な物差し、その精度を探る。

 イイ感じだったかを確かめるのは、そういう作業だ。


 花園に上手く訊けたとしても、気を遣われるかもしれない。

 麗美の方が明け透けに話してくれるだろう。

 あいつ、俺に対しては容赦ないし。

 そういう意味でも、俺は麗美と話したい。

 柚葉の言う通り、今日の帰り道にでも訊いてしまった方がいい。


「ギャハハ!」


 不意の高笑いに目をやると、男子グループが教室から出て行くところだった。


 ……今は恋愛のこと考えてる場合じゃないな。


 視線を前にやると、既にタケルの席は空。

 俺が柚葉と喋っている間に、タケルは別の男子グループと昼飯に出かけたようだ。

 教室を見回すと、タケル率いる男子グループは勿論、たまに喋る男子グループも今しがた廊下へ出て行ってしまった。


「……やば」


 つまり俺は、今日昼飯を一緒に食べてくれる人がいない。

 他クラスの男子グループに混ざれないこともないかもしれないけど、タケルのように歓迎してくれるかは微妙なところだ。


 ……久しぶりにぼっち飯決めるか?


 男子グループを追いかける選択肢より先に、中学以来の便所飯が頭に浮かぶ。

 自身の思考回路に、思わず苦笑いした時だった。


「吉木君」

「……ん」


 気付けば、麗美が俺を見下ろしていた。

 クラスメイトたちは既に各々移動し、教室にいるのは半数程度。

 その半数程度の視線が、一気にこちらへ集中したのを感じ取る。


「よかったら食堂に案内してくれる?」

「え……なんで? いいけど、ていうかめっちゃありがたいけど」

「柚葉さんが、吉木君なら食堂のメニュー全食把握してるって。ほんとなの?」

「えっ」


 俺は思わず教室の出入り口に目をやった。

 先程いなくなったはずの柚葉がそこにいた。

 柚葉は俺の行動が分かっていたようで、目が合うなり口パクを始める。


『良きにはからえ』


 そう伝えるなり、柚葉は廊下へ消えた。

 ……これぞ太陽のお恵みか。

 皆んなを繋げるアイドルギャルの底力を見た。

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