あの頃イイ感じだった女子たちと同じクラスになりました

御宮ゆう

第1話 イイ感じとは、恋人を作るための第一関門である

 突然だが、女子とイイ感じになったことはあるだろうか。

 俺は分からない。

 イイ感じなんてものは、自分一人で決められることじゃないから。

 ただ、もし判断材料が主観だけでいいのなら、俺は"ある"と答えるだろう。

 同じように、主観百パーセントでよければ女子とイイ感じになったと思う男子はきっと相当いる。

 だけど次の問いが"その時なにか進展しましたか?"だったら、肯定できる男子はグッと絞られるに違いない。


 かくいう俺も進展したことはない。

 むしろ全て後退したといってもいい。


 でも、相変わらず彼女はほしい。


 たとえ成績が悪くても、部活で活躍できなくても、その他特技が無かったとしても──自分という存在を丸ごと肯定してくれる相手がいるのは、それらを全てひっくり返してしまうほどの魅力があるから。


 だけど、高校生にもなれば嫌でも気付く。


 イケメンでもなく、特技も無い俺のような人間は、女子に告白される確率がとんでもなく低い。

 つまり"彼女"は全てをひっくり返すほどの魅力を秘めていながら、持たざる人間は自ら行動しなければ手に入らない。

 そう思い至った時、俺はイイ感じになったはずの過去を想起した。


 もし、あの時イイ感じだと思っていたのが俺だけじゃなかったら。

 もし、俺にアタックする勇気があったなら──何か変わっていたのだろうか。


 考える度に後悔するのは、『イイ感じ』が『恋人を作るための第一関門』だからだ。


 ああ、あわよくば──


 かつてイイ感じになった人と、また同じ時間を過ごせたら。

 俺みたいな人間にも、まだチャンスはあるかもしれないのに。


 それが高校生になった俺、吉木よしき涼太りょうたの憂鬱である。


 ◇◆◇◆


「あはは、吉木マジ捻くれすぎだって!」

「ひどいな!? 割と皆んな後悔してることだろ!?」


 目の前の席に座る柚葉ゆずは由衣《ゆい》に、俺は思わず大きな声を上げた。

 五月初旬、朝のホームルーム前。

 朝から恋バナを仕掛けてきた柚葉に、イイ感じの判断材料について話していたのだ。

 柚葉にとっては、そう考えること自体が面倒らしい。


「えー、あたし本能で察するからな~」


 柚葉はまた小さく笑った。


 柚葉由衣は人気ギャルで、この一年二組の中心人物。

 そして中学からの友達だ。


 ライトゴールド髪のポニーテール、そして何より特徴の菫色の瞳は、クラスから華やかな雰囲気を吸い取っているような錯覚をしてしまうほど。

 フレンドリーな性格で、男子恒例「誰が可愛いか」論争で真っ先に上がるのも彼女の名前。

 そんな超のつく人気者の柚葉は、俺に向けて頬を緩めた。


「イイ感じなんて、大体雰囲気で分かるくない? 考えるな感じろ。よーは本能!」

「ほんとかよ。じゃあ柚葉が本能でイイ感じって判断する時、何が起こってんだ」

「隣にイケメンがいるとか?」

「くそったれ!」


 残酷なまでの即答に、思わず声を上げる。

 イケメンは、その場にいるだけでイイ感じになる。俺は無意識にその答えを脳内から除外していたらしい。

 女子がイケメンを選ぶのはある意味当然で、柚葉のようなトップカーストともなれば尚更だった。


「やっぱり俺に彼女なんて先のまた先の話だ……」

「えー、そーでもないかもしんないじゃん」

「……どういう意味だよ」


 柚葉はニヒヒと笑い、俺の机に頬杖をつく。

 人懐っこい笑顔に、思わず目を逸らしそうになった。


「楽しい時間が増えればそれでオッケーとか、色んな価値観あるし。そーいう意味じゃ、吉木モテてもおかしくないって」


 反応できずにいると、柚葉はあっけらかんと言葉を続けた。


「あたしも今楽しーし?」

「う……」


 最後の方は小声だったのが余計にリアル。

 こんなの健全な男子なら"イイ感じ"だと勘違いしてもおかしくない。

 だけど悲しいかな、柚葉は誰にでもフランクに距離を詰める童貞キラー。つまりギャル特有の性格だ。

 ここでは柚葉を除外するべきだろう。


「嘘だ、その手は食わねえぞ!」

「あはは、損な性格ー。別にあたしが嘘つく理由なんてないじゃんかぁ」


 柚葉は愉快そうに言ってから、悪戯っぽい表情を見せた。


「理由なんてなくても、面白がってる可能性はあんだろ」

「確かに?」

「認めないで!?」


 柚葉は面白そうにケラケラ笑った。

 本心は分からない。

 だけどとりあえず、この休み時間を楽しんでもらっただけで一安心だ。

 俺は息を吐いて、"イイ感じ"論争を纏めにかかった。


「じゃあイケメンは隣にいるだけでイイ感じになれるってことで」

「吉木は可愛い子隣にいたら意識しないん?」

「この話纏めるのむずいな!?」


 キーンコーンカーンとチャイムが鳴る。

 ホームルーム五分前の合図だ。


「ういー」


 柚葉はチャイムに返事をして、あっさり席から離れた。

 椅子から腰を上げる際、フワッと良い匂いがする。

 柚葉が自分の席に戻っていくと、今度は男友達が入れ違いで座った。

 柚葉に席を奪われていた身長百六十五・丸坊主系男子は、有野ありのたける

 タケルの毎度席を奪われた時の反応はこちら。


「あったけー。今日も俺の席を使ってもらって光栄だぜ」

「うわぁ……」

「だはは!」


 俺のしかめ面に、タケルは愉快そうに声を上げる。

 仲が良いからこそのやり取り。

 柚葉由衣ともそうだ。

 打ち解けた異性というのはそれだけで貴重な存在。

 そう、総括すると高校生活は悪くない。

 むしろ、この吉木涼太の人生の中でいうならかなり調子の良い方だと思う。


「相変わらず羨ましいよ、柚葉と定期的に喋ってんのはさ」

 タケルは机に突っ伏すように寝始めた柚葉を眺めながら、羨ましそうに小声で言った。


「いや、まあ同じ中学だったから」

「嘘つけ、それだけじゃあんな喋れないっつの! くそ、俺だって柚葉推しなのに。ギャルにからかわれたい……! かわいーって言われたいのに……!」

「おーい、さっきから欲望ダダ漏れだぞー」

「ずっと柚葉と喋ってるお前には分かるまいよ! ったく、ほんとお前らイイ感じで羨ましいわっ」


 ちょっと捻くれた表情になったタケルは、そのまま前方に向き直った。

 ……あまりにタイムリーな発言だった。

 俺は誰にも聞こえないくらいの声で、ポソッと呟く。


「……イイ感じね」


 確かに俺は、柚葉由衣と二人で喋れる。

 でもそれは、同じ中学からこの高校に進学したのが俺だけだったからだ。


 いくら柚葉から友達認定されていても、あのギャルと仲良い人なんて他にも沢山、それはもう本当に沢山いた。

 実際中学の頃は話す機会は数あれど、グループでの会話が中心だった。

 個人として仲良くなれたのは中学三年生になってから。

 イザコザで孤立しかけた俺を、柚葉引っ張り上げてくれてからだ。

 柚葉にとって、自分以外の同中と進学していた方が都合も良かっただろう。


 そういった背景から、とてもじゃないが今のやり取りがイイ感じだったとは思えない。


 ……まあ、それでも俺にとっては柚葉と同じ高校でラッキーだったけど。


 この高校に、そしてこの一年二組のクラスにあっさり馴染むことができたのは柚葉のお陰。

 容姿端麗で皆んなに分け隔てなく接し、太陽のような柚葉は、このクラスでもあっという間に中心人物になった。

 そんな柚葉が度々喋りかけてくれる状況は良くも悪くも影響が大きいが、結果的に高校生活が安定してくれた。

 気の良いギャルが中心人物になった影響か、クラスメイトの大半も和気藹々な雰囲気で、今のところ人付き合いに苦労もない。

 日常に一つ、漠然とした渇きがあるだけで。


 ──イイ感じ、か。


 恋人を作るための第一関門でつまずく俺に、この先恋愛なんてできるのだろうか。

 そう考えていると、柚葉がこちらに振り返った。

 机の影にスマホを忍ばせて、ちょんちょんと指でついている。

 まだ先生が教室に来てないことを確認し、スマホの画面に視線を落とす。


『ちなみにあたしは楽しさ重視ネ』


 バッと柚葉に目をやると、彼女は口元にニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 くそ、危うく今イイ感じ認定するところだったぜ。

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