あの頃イイ感じだった女子たちと同じクラスになりました
御宮ゆう
プロローグ
第1話 イイ感じとは、恋人を作るための第一関門である
中学二年生の冬。
「前から思ってたけど、吉木って良いやつだよね」
放課後、女友達と二人きり。
部活の帰り道でたまに顔を合わせる仲だったけど、二人きりというのは初めてだった。
「二人で喋っても、なんか落ち着くし」
ベンチで談笑して、もう二十分は経つ。
俺は考えた。
──もしかしたら、これってイイ感じかもしれない。
元々は細やかな好意だった。
だけど、それが急速に膨れていく感覚。
想いを自覚し、俺は行動した。
「なあ」
「ん?」
「俺と付き合ったり──してくれない?」
そして。
「……は? えっ、やめて? 私全くそんなつもりなかったんだけど」
これでもかというくらい、全面的な拒否反応だった。
ギョッとしたような表情が確かな嫌悪感に変わる瞬間は、今でもたまに夢に見る。
◇◆◇◆
突然だが、女子とイイ感じになったことはあるだろうか。
俺はある。主観だけど。
主観百パーセントでよければ、女子とイイ感じになった男子はきっと相当数いる。
だけど次の問いが"その時なにか進展しましたか?"だったら、肯定できる男子はグッと絞られるに違いない。
かくいう俺も、進展したことはない。
むしろトラウマ級の後退をしたことさえある。
でも、相変わらず彼女はほしい。
たとえ成績が悪くても、部活で活躍できなくても、その他特技が無かったとしても──自分という存在を丸ごと肯定してくれる相手がいるのは、それらを全てひっくり返してしまうほどの魅力があるから。
だけど、高校生にもなれば嫌でも気付く。
イケメンでもなく、特技も無い俺のような人間は、女子に告白される確率がとんでもなく低い。
つまり"彼女"は全てをひっくり返すほどの魅力を秘めていながら、持たざる人間は自ら行動しなければ手に入らない激ムズ案件。
そう思い至った時、現実逃避にイイ感じになった過去を想起した。
もしかしたら、あの時イイ感じだったのかも。
イイ感じだとその場で自覚し、その認識が正しくて、尚且つ勇気があったなら──何か変わっていたのかも。
これだけ思い返すのは、『イイ感じ』=『恋人を作るための第一関門』だからだ。
あゝ、あわよくば──
かつてイイ感じになった人と、また同じ時間を過ごせたら。
俺みたいな人間にも、まだチャンスはあるかもしれないのに。
それが高校生になった俺、
◇◆◇◆
「あはは、吉木マジ捻くれすぎだって!」
「ひどいな!? 割と皆んな後悔してることだろ!?」
目の前の席に座る
五月初旬、朝のホームルーム前。
朝から恋バナを仕掛けてきた柚葉は、俺の返事にまた「えー、私はないな~」とクスクス笑った。
柚葉由衣は人気ギャル。このクラスの中心人物だ。
ライトゴールド髪のポニーテール、そして何より特徴の菫色の瞳は、クラスから華やかな雰囲気を吸い取っているような錯覚をしてしまうほど。
フレンドリーかつ天真爛漫な性格で、男子恒例「誰が可愛いか」論争で真っ先に上がるのも彼女の名前。
そんな超のつく人気者の柚葉は、俺に向けて頬を緩めた。
「絶対皆んなヨッシー……吉木みたいに考えてないし。難しく考えすぎっしょー」
「ほんとかよ。じゃあ柚葉が今までイイ感じになった男子ってどんなヤツだった」
「イケメン?」
「くそぉ!」
残酷なまでの即答に、思わず声を上げる。
イケメンは、その場にいるだけでイイ感じになる。俺は無意識にその答えを脳内から除外していたらしい。
女子がイケメンを選ぶのはある意味当然で、柚葉のようなトップカーストともなれば尚更だった。
「やっぱり俺に恋愛なんて先のまた先の話だ……」
「えー、そーでもないかもしんないじゃん」
「どういう……」
柚葉はニヒヒと笑い、俺の机に頬杖をつく。
人懐っこい笑顔に、思わず目を逸らしそうになった。
「楽しい時間が増えればそれでオッケーとか、色んな価値観あるし。そーいう意味じゃ、ヨッシーモテてもおかしくないって」
あっけらかんと言葉を連ねて、柚葉は続けた。
「私も今楽しーし?」
「う……」
最後の方は小声だったのが余計にリアル。
こんなの健全な男子なら"イイ感じ"だと勘違いしてもおかしくない。
だけど悲しいかな、柚葉は誰にでもフランクに距離を詰める童貞キラー。つまりギャル特有の性格だ。
ここでは柚葉を除外するべきだろう。
「嘘だ、その手は食わない!」
「あはは、かわいー!」
柚葉はケラケラ笑って、悪戯っぽい表情を見せた。
本心は分からない。
とりあえずこの休み時間を楽しんでもらっただけで一安心だ。
俺は息を吐いて、"イイ感じ"論争を纏めにかかった。
「じゃあイケメンは隣にいるだけでイイ感じになれるってことで」
「吉木は可愛い子隣にいたら意識しないん?」
「この話纏めるのむずいな!?」
キーンコーンカーンとチャイムが鳴る。
ホームルーム五分前の合図だ。
「ういー」
柚葉はチャイムに返事をして、あっさり席から離れた。
椅子から腰を上げる際、フワッと良い匂いがする。
柚葉が自分の席に戻っていくと、今度は男友達が入れ違いで座った。
柚葉に席を奪われていた身長百六十五系男子は、
タケルの毎度席を奪われた時の反応はこちら。
「あったけー。今日も俺の席を使ってもらって光栄だぜ」
「うわぁ……」
「だはは!」
俺のしかめ面に、タケルは愉快そうに声を上げる。
仲が良いからこそのやり取り。
柚葉由衣ともそうだ。
打ち解けた異性というのはそれだけで貴重な存在。
そう、総括すると高校生活は悪くない。
むしろ、この吉木涼太の人生の中でいうならかなり調子の良い方だと思う。
「相変わらず羨ましいよ、柚葉さんと定期的に喋ってんのはさ」
タケルは机に突っ伏すように寝始めた柚葉を眺めながら、羨ましそうに小声で言った。
「いや、まあ同じ中学だったから」
「嘘つけ、それだけじゃあんな喋れないって! 俺だってギャルにからかわれたい……! かわいーって言われたいのに……!」
「おーい、欲望ダダ漏れだぞー」
「ずっとあの子と喋ってるお前には分かるまいよ! ったく、ほんとお前らイイ感じで羨ましいわー」
ちょっと捻くれた表情になったタケルは、そのまま前方に向き直った。
……あまりにタイムリーな発言だった。
俺は誰にも聞こえないくらいの声で、ポソッと呟く。
「……イイ感じね」
確かに俺は、柚葉と二人で喋れる。
でもそれは、同じ中学からこの高校に進学したのが俺だけだったからだ。
いくら柚葉から友達認定されていても、あのギャルと仲良い人なんて他にも沢山、それはもう本当に沢山いた。
むしろ柚葉にとって、自分以外の同中と進学していた方がよっぽど都合も良かったはずだ。
その背景を自覚していたら、とてもじゃないが今のがイイ感じだったとは思えない。
"イイ感じ認定"をハズすほど怖いことはないし。
それでも俺にとっては柚葉と同じ高校でラッキーだった。
この高校に、そしてこの一年二組のクラスにあっさり馴染むことができたのは柚葉のお陰だ。
容姿端麗で皆んなに分け隔てなく接し、太陽のような柚葉は、このクラスでもあっという間に中心人物になった。
そんな柚葉が度々喋りかけてくれる状況は良くも悪くも影響が大きいが、結果的に高校生活が安定してくれた。
気の良いギャルが中心人物になった影響か、クラスメイトの大半も和気藹々な雰囲気で、今のところ人付き合いに苦労もない。
日常に一つ、漠然とした渇きがあるだけで。
──イイ感じ、か。
恋人を作るための第一関門でつまずく俺に、この先恋愛なんてできるのだろうか。
そんなことを考えていると、柚葉がこちらに振り返った。
机の影にスマホを忍ばせて、ちょんちょんと指でついている。
まだ先生が教室に来てないことを確認し、スマホの画面に視線を落とす。
『ちなみに私は楽しさ重視ネ』
バッと柚葉に目をやると、彼女は口元にニヤニヤと笑みを浮かべていた。
くそ、危うく今イイ感じ認定するところだったぜ。
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