エッセイ集「センチメンタルな思索に耽る日々」

夢笛メタ

第1話 240412金曜、エッセイ「母の家に咲く桜」の巻

小生は現在の重度障害者施設に入所して10年目になります。


母は体力が低下して仕事が難しくなってきており、

経済的にも苦しくなってきたので、

あと何年今の家に住めるかわからず、

もしかしたら来年売却するかもしれないそうです。


母からLINEで、

太平洋のすぐそばの母の家の裏に咲く、

満開の桜の写真が3枚送られてきました。


母「あなたが退院して家に来た時に植えた桜が大きくなり、

部屋の窓から見えるほどです。

今日は満開で綺麗ですよ」


数年以内に売却するのなら、

小生の全身不随が治って観に行ける可能性は低い。

観ることの出来ない小生にそんなメッセージを書いてくる母に、

辛い思いをさせ返したくなりました。


小生「でも、ぼくがこの桜を直接観ることは、

二度と無いのでしょう?」

小生はいかにも落胆しているかのような素ぶりで送信しました。

「そうですね、もう見せることが出来ませんね」

そのように返信してくるかなと思いきや、

次のような返信がきました。


母「この桜、一目あなたに見せてあげたいです。

観ているだけで心が和みます。

お母さん1人で車に乗せる事ができれば、

すぐに迎えに行くのですが。

もし機会あれば来年見せたいです」


そうか……、母は体が丈夫なら、

施設への日帰りででも小生を車に乗せて桜を観せてやろう、

そういうつもりだったのか……。

そして、いつか小生の全身不随が完治することを願って、

祈りをこめて桜の苗を植樹したのでしょう。


続けて母にLINEを送りました。


小生「植えたときは高さが何cmくらいでしたか?」


母「50センチ位で幹は親指の太さでした。

売れ残りで半額500円で買いました。

毎年木の根元に灰をまいてやりましたよ」


小生「なんという品種名でしたか?」


母「染井吉野です」


小生「何本くらい売れ残っていましたか?」


母「桜はそのときあと6本くらい残っていました。」


小生「半額ではなく定価のもありましたか?」


母「そのときは全部半額でした」


半額だったのなら質のわるいB級品か、

などとは小生は思いません。


2018年の9月に、

母は飼っていたテディを老衰で亡くしました。

まだ小生たちが大阪にいたころ、

母は2005年頃、

知人の家で生まれた小犬を引きとったそうです。

トイプードルとはあるものの、

内臓をたくさんの虫に蝕まれて弱っていて、

回復させるのが大変だったといいます。

ティーカッププードルのはずだったテディを、

実は大型のプードルの犬種だったのではないかと見違えるほど見事に、

しっかりした体格に育てました。

母は親分肌でした。


先日、探偵ナイトスクープで、

「母親とハグしたい」という依頼の放送がありました。

依頼者は最後にお母様とハグをしました。

ハグをしているとき、

お母様は泣き出していました。

それを観ていて小生はもらい泣きしてしまいました。


思えば幼少期の小生は、

母に毎日のように「おんぶ」や「抱っこ」をしてもらっていました。

母に近づいては「抱っこー」とせがんだものです。

5、6歳のこと、

同じマンションフォーエバーの9階の

元橋ゆきみちゃん(仮名)の家に連れて行ってもらい、

夜も遅くなりお暇してエレベーターで2階に下り、

疲れすぎて自宅までの数十メートルのマンション廊下も歩きたくなくなった小生。

「あんた、もうじき小学生やろー」

母はそう言いながらおんぶしてくれました。

母の背中は『頼りになる』の象徴でした。

もう40年以上前の出来事なのに、

ついこのまえのことのように想い出されます……。


小学生になっても小生は母にべったりでした。

通っていた小学校の上級生とその母親に、

母と一緒に会った後日、

「おまえは幼い、て言われたわ」と母が言いました。

〈その上級生の母親は、

当時は相当勉強の出来た小生より優位に立ちたいために、

人格否定の言葉を与えることで、

私と母に屈辱感を持たせたかったのだろうと思います。〉

母に拒絶されたような気持ちになり、

いつしか小生はおんぶをせがまなくなったように思います。


小生の再生医療の開始まで、

あと何年だろう。

再生医療を受けて見事なまでに回復するのだろうか。

弱気になる……。


無事に退院したら母の家へ行くだろう。

満開の染井吉野の下で、

小生は母をハグ出来るだろうか。

もしハグをせぬまま母を亡くしたりすれば、

小生はきっと後悔の念に苛まれるでしょう。

小っ恥ずかしいですが勇気を奮い立たせたい。

母が、『息子と再び体で触れあうことが出来た』と、

思い残すことのないようになってくれれば、

小生にとっても喜びであります。



続く。果てしなく続く……。


リチャード・クレイダーマン「ラ・メール」

https://youtu.be/tkbAJs9u570?si=9dKjcwSyitG7NEJO

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る