第36話 山中模索
オーガの振り下ろした一撃を、強化した体躯と“焔“で受け止めるアマギ。
その目には明確な怒りが現れていた。
怒りの対象は、仲間を殴りつけ、吹き飛ばしたオーガとゴブリンの群れ。
そしてそれだけではなく。一瞬の迷いから、三人を助けられなかった自分自身。
こうなる以前により早く、判断を下さなかった油断に対しての物だった。
アマギ「(逃げるべきだった。敵の戦力が未知数である以上、戦いが起きる可能性は排除するべきだった。倒せるかもしれないと言う慢心・・・彼らを尊重しようと、大切に思う余りの過信。現実から少しでも目を離せば、思いもよらぬ方へと事態は進む・・・後悔、か)」
彼らの現状は、想定以上のゴブリンの数と、
オーガ三体の加勢によるものだけが原因ではなかった。
ゴブリンが想定よりも、単体でも十分な強さを持っていたのだ。
シャルロッテ「_アマギさん!アイリスさんが!」
アマギ「・・・ああ。ブライトとライラも、同じように倒れてる」
シャルロッテ「_っ!」
シャルロッテは、ライラの姿が無いことに気が付く。
彼女もまた、アイリスが殴り飛ばされた事に気を取られ、
逃げ回るライラから視線を外していた。
シャルロッテ「_ライラさん!」
アマギ「待て、シャルロッテ!」
彼女は飛ばされたであろうライラを探して森に入ろうとして、
しかしアマギの迫力の籠った命令に停止した。
アマギ「・・・探しに行くのは返って危険だ。まずは現状を打破しよう」
シャルロッテ「・・・わかりました」
シャルロッテの目にも火が灯る。
神秘的にまで赤い彼女の瞳が、
表情の変化の少ないシャルロッテの顔に、アマギ同様怒りの情念を映し出す。
アマギ「敵は多い。完全に囲まれている。おまけに大型三体。どうする?元特殊部隊としては、こういう状況への対処も心得ていたりするか?」
シャルロッテはアマギの、相談の要素を含んだ質問に答えを返す。
シャルロッテ「私の部隊は、あまりこういう状況での戦闘を想定はしていません。なので、専門外にはなるのですが、それでもできる事はあると思います」
アマギ「例えば?」
絶体絶命のような状況で、極めて落ち着いて話す二人。
彼らはどこか似た性格をしているようだった。
こうして話している間にも、彼らの怒気が和らぐ事は無い。
彼ら自身、少なくともアマギは気づいていなかったが、
その怒気が周囲に魔力となって漏れ出し、ゴブリン達の動きを牽制していた。
シャルロッテ「・・・まずは一点突破。相手の包囲を切り崩します。その後陣形に開いた隙間から脱し、少しずつ戦力を各個撃破します。あまり上手い手では無いでしょうが・・・」
アマギ「問題は無い。俺も同じ事を考えていた」
二人は性格のみならず、判断基準も似ているようだった。
アマギ「この先の地形は知っているか?」
シャルロッテ「はい。両側の斜面が急になり、一本道になっています。つまり_」
アマギ「ああ。つまり_」
そこまで話したところで、再びオーガが動き出す。
オーガ達「「ガオオオオオオオ!!」」
三体同時に、互いに背中を向けた二人へと襲いかかる。
斧を持つのは一体目のオーガだけだったが、
その一撃の援護を狙ってか、後に現れたオーガも拳を振り下ろす。
跳躍して躱した二人のいた場所に、三発の衝撃音が鳴り響く。
アマギ「_こっちだ!」
アマギは一度、三人を置いて退避する。
シャルロッテは滑空するようにアマギの後ろへと降り立ち、彼に続く。
シャルロッテ「_絶対、助けに戻りますから」
二人は陽の隠れた曇天の下、街道をさらに奥深くまで走り抜ける。
当然、逃げる彼らをゴブリンとオーガの群れは追跡した
背後から飛んで来る投石と矢を、見ずに回避するアマギと、
見事な回避運動で狙いを外させるシャルロッテ。
追いつきそうになった個体はアマギの炎で焼き払う。
先程までと異なり、前後左右からの増援は無い。
シャルロッテ「・・・彼らの増援も、どうやら無尽蔵ではないようですね」
アマギ「ああ。流石に無限に湧いてこられたら、どうしようもない所だった」
左右の斜面が、次第にその傾斜を強めていく。道幅も進むほどに狭くなり、
後ろの追手はみるみるうちに身動きが取れなくなっていく。
気づけば車一台通るのがやっとという程に、周囲は狭くなっていた。
アマギ「ここまでくれば十分だ」
そう言うとアマギは振り返る。唐突に停止したアマギに対し、
驚いて同様に止まるゴブリン達。
シャルロッテもまた彼の横で止まると、そのまま槍を構え直す。
アマギ「・・・シャルロッテ、少し・・・下がっていて」
アマギは彼女にそう告げると、“焔“を両手で握る。
アマギ「”
真紅の炎が溢れ出る。
攻撃の準備と見かねたゴブリン達は、一斉に襲いかかった。
ある個体は剣を、別の個体は棍棒を振るう。
しかし、来る方向の揃った攻撃など、
予測スキルと優れた剣の腕を持つアマギにとって、敵ではなかった。
アマギ「_”
炎を纏い、流れる動作で何体、何十体ものゴブリンを、次々と斬り伏せていく。
辛うじて生きながらえた個体は、アマギに反撃を繰り出そうとして_
シャルロッテ「ダメです」
彼の後ろから追撃する、シャルロッテの槍に薙ぎ払われる。
彼らは、逃げている最中、一切話し合っている余裕は無かった。
にも関わらずこれほどの連携を熟せたのは、
やはり互いに似たものがあったのだろう。
先程、始めに囲まれた際は意見が分かれたように見えた。
しかし実はそうではない。
彼ら二人は、初めからこの戦法で戦うつもりだったのだ。
狭い場所まで誘導し、数の有利を生かせない状態にした上で、
敵の戦力を少しずつ削って勝つ。
その思惑が、それぞれ別の方向で表現されただけだった。
アマギは“逃げる”と、その時取るべき行動を、
シャルロッテは“殲滅する”と、戦いにおける最終目標を、
それぞれ皆に提示していた。
アマギ「”
狭い峡谷のような道に、爆炎の音が反響する。
二人の通った道の後には、ゴブリン一体、生きた状態では残っていなかった。
しかし二人の前方にはまだ複数のゴブリンと、例の大物が残っている。
オーガA「オオオ・・・」
気づけば周囲は、オーガ三体が動き回れる程度に開けた場所まで戻っていた。
シャルロッテ「これは、再度戻った方がいいのでは_?」
シャルロッテがそう言うと、アマギは諦めたようにフッと笑い。
アマギ「ああ。でも、どうやら遅かった」
アマギがそう言い切るが早いか、背後の道にオーガが飛び降りてきた。
アマギ「・・・待ち伏せという戦法を知っていたのは、俺達だけじゃ無かったか」
シャルロッテ「・・・はい。完全に包囲・・・いえ、挟撃されています」
再び身動きの取れなくなる二人だったが、敵の数が明らかに減っている。
どうやらここに至るまでに、随分な数倒していたらしい。
それに気づくと、二人は武器を構え直し、前方二体のオーガに突撃する。
シャルロッテ「_やぁッ!」
シャルロッテがオーガを突く。しかしまたもや効いていない。
それはまるで見えない壁に阻まれるかのように、
彼女の槍の一撃を弾いているようだった。
アマギ「やっぱり、当たっていない!」
アマギはその接触点を目視で確認し、彼女の槍が空中で止まっている事に気付く。
同時に、その槍の切先を囲むように、微かな二重、三重もの光の輪を発見する。
アマギ「_!さっきは明るくて見えなかったが、何か見えない壁がある!」
シャルロッテ「これは・・・防御結界!」
シャルロッテが声に出し、その現象の名を唱える。
防御結界とは、魔法ではなく、スキルでもなく。身体強化に近しい性質の現象。
魔力とは異なる、更に未知なるエネルギーによって発動する、
“術者の身を守る”という概念である。
破るためには単純に、その強度を上回るエネルギーが必要になる。
展開している術者が健在の間、攻撃をどれだけ浴びせたとしても、
一撃で破壊できないのであれば結界が破られる事はない。
アマギ「_だが、一度に莫大なエネルギーをぶつければ、壊せない物じゃない!」
アマギはシャルロットの発言により、
街の資料館で防御結界に関する記述を読んだ事を思い出す。
それが決して破れない壁では無いことを、彼は勝機と捉えた。
しかし彼は、これまでの戦闘で魔力の半分を使い果たし、体力もまた消耗していた。
アマギ「この結界を壊すのに、どれほどの力が必要か_分かるか、シャルロッテ」
アマギは戦闘のための計算をする。
オーガの攻撃を、可能な限り魔力と体力を温存しながら受け流し、
シャルロッテに計算のために欠けている変数を尋ねる。
シャルロッテ「・・・具体的にはわかりません。でも、少なくとも貴方とブライトさんの同時攻撃で倒れなかったとなると、あれを大幅に上回る火力が必要です」
アマギ「その上でトドメも刺すとなると・・・一体ならともかく、三体も倒せる自信は無いぞ」
アマギは攻撃の狙いを定めた。対象は、斧を持った最初のオーガ。
これがおそらく一番危険であると判断したアマギは、
残りの魔力を惜しげもなく高熱の炎へ変えていく。
アマギ「”
刀身の表面に、赤い炎が集積する。
以前チェスターと戦った時に見せた、爆発する程のマナ・フレア。
それを用い、防御結界の破壊を試みる。
アマギ「_シャルロッテ!」
シャルロッテ「_合わせます!」
昨夜会ったばかりにしては、二人の息はピッタリだった。
アマギの渾身の一撃に、シャルロッテが槍で同時攻撃を合わせる。
全身を用い、身体強化をフル活用し、槍の切先を斧のオーガへ突き立てた。
オーガA「_ゴアァ!?」
槍と爆弾のような剣戟で、ついにオーガの体にダメージが通る。
二人の一撃は、オーガが発した防御結界を辛うじて通過した。
しかし。
アマギ「ぐっ・・・ダメか・・・」
アマギは、残りの魔力を全て消費した。
しかしそれでも、そのオーガの巨体には、
致命傷には程遠い程度の裂傷しかなかった。
シャルロッテ「_アマギさん!」
アマギ「・・・!」
傷を負わされ、困惑するオーガ。
それを見かねて隣にいた二体目のオーガが、
魔力切れで倒れ込んだアマギへと殴りかかる。
シャルロッテ「っ!アマギさん!」
彼女がその一撃を防ぐのを、アマギは見る。
円盾はオーガの拳を受け止め、倍はあろうかという巨体からの一撃を妨害している。
しかし動けるオーガは他にいる。背後のオーガが動いている。
その気配をアマギは感じ取り、
魔力切れにより身体強化の効果が無くなった体を、気合いと基礎の体力で動かす。
シャルロッテ「ひゃ!?」
突然抱え上げられて驚くシャルロッテ。
アマギは彼女を抱き抱え、油断したオーガの隙間を通り、再び逃走を開始する。
シャルロッテ「ひゃぁ!?ちょっと、私飛べますからぁ!」
アマギ「それだって魔力を使うだろう!君は現状、唯一の戦力だ。俺ももうすぐ動けなくなる。もっと有利な場所に移動できれば・・・」
アマギは現在、シャルロッテの戦闘スタイルを分析していた。
アマギ「(本来の彼女は、おそらく空中からの一撃離脱を得意としている。圧倒的な機動力で敵を翻弄し、隙を付いての一撃で仕留める戦法・・・それに向いた地形が、どこか近くにあれば・・・)」
そう考え、背後から飛来する飛礫に気づく。
アマギ「_っあ!?」
アマギは投石をまともにくらう。
予測が見せるのは、基本的に一瞬先の未来まで。
シャルロッテを抱えた状態で、
魔力切れによる身体能力の低下が著しい今の彼には、
十分な回避能力が残っていなかった。
アマギ「ぐっ!」
シャルロッテ「アマギさん!」
シャルロッテを投げ出して倒れるアマギ。
彼女は着地した後、アマギの背後から三体のオーガが歩いてくるのを見る。
逃げられはしない、そう考えているのだろう。
残り数体になったゴブリンを引き連れ、悠々と・・・
彼らの元に歩いて来ていた。
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