第35話 烏合の罠

ブライト「オラオラオラァ!!」


マナ・スパークを放出しながらゴブリンの群れを蹴散らすブライト、

その後ろから討ち漏らしを射抜いていくアイリス。

彼女は気配察知スキルを全開にしながら、

後続のアマギ達との中間の距離で、木々の間を飛び回って移動する。


彼らは既に、行動の指針を一致させていた。

当初殲滅と逃走で完全に別れた彼らの意見は、

“囲まれた現状からの脱出”という目的で一致していた。

最後尾のシャルロッテもまた、移動しながら戦う事を前提に動いている。


アマギ「”白道斬はくどうざん”」


アマギは左右から押し寄せてくるゴブリン達を、

ライラを抱えたまま片手の剣戟で制圧していく。

斬撃は流れる川のように、美しい軌道で人型魔獣の首を跳ね飛ばし、

彼はその返り血が、自身やライラにかかるより早く。前へ前へと進んで行く。


アマギ「(ブライトとアイリスがよくやってくれている。彼女を庇いながらだと、流石にこの数は捌き切れない_!)」


当初アイリスが30体程度と予想したゴブリンの数は、

その予想を悪い意味で裏切る数へと膨れ上がっていた。


シャルロッテ「_なんで?全然数が減らない_」


それは単純にアイリスの感覚がおかしかったという話ではない。

彼女が予想した通り、最初に彼らの周りにいたゴブリンの数は、間違いなく30体。

しかし、それでも。

どう考えてもそれ以上の数のゴブリンが、周囲の茂みから次々と現れる。


アイリス「何かおかしい、倒してるのに、後ろにまだゴブリンが残って、いや_」

ブライト「ああ!前から前から、どんどん来るぞ!蜂の巣をつついたみてぇだ!」


アマギは予測スキルが示す危険の回避に移る。

それは彼自身への脅威ではなく、間接的な“死の予感”。

前方にいるブライトとアイリスに迫った不吉な予感であった。


アマギ「_!止まれ、ブライト、アイリス!!」

アイリス「止まってブライト!右から何か来る!」


そしてアマギがそれを感じ取るとほぼ同時に、

アイリスもまた、側面から急襲するそれを認識する。


ブライト「!」


ブライトは二人の号令に、一瞬の迷いもなく従った。

土煙を上げながら急停止すると、彼の面前を何かが横切った。

地面を揺らし、土埃を巻き上げる衝撃。

ブライトはたまらず一歩引き、目の前に現れた新手を見上げる。


オーガ「オオオオオオオ・・・」


オーガ。

ゴブリンと似た風貌だが、その体格は比べるべくもない。

より大型の人形魔獣である。

オーガは3mにも届くであろうその体格で一同の前に立ち塞がると、

右手に持った戦斧を振りかぶった。


ブライト「うお!?」


再び森に地響きが鳴る。

竜にこそ劣るものの、その衝撃は辺りをビリビリと震撼させる。


アイリス「オーガ!待ち伏せされていたのね!」


アイリスが先頭に追い付いた。

彼女は矢を番え、前方・・・

ブライトの目前で斧を構え直すオーガに向け、素早く三本の矢を放つ。


アイリス「_破音矢ソニック・アロー、三連!」


衝撃波を纏いながら飛翔する三連射。

オーガはそれを認識すると、うち二本目を仰け反って交わし、

三本目を斧でガードする。


斧はびくともしない。オーガもまた、信じがたい体幹で衝撃を受け止める。

その様子を見て、アイリスは驚愕し声を上げる。


アイリス「な・・・こいつ普通のオーガじゃない!何かの魔術で強化されてる!」

ブライト「なんだって!?」


後続、アマギとライラ、シャルロッテも追いついた。


シャルロッテ「・・・どうやら再び包囲されました。どうしますか?」

アマギ「・・・状況がマズイ、囲まれている上に、敵の総戦力は未知数。加えて“ボス級”が現れた」


そう言うとアマギは、全員に対して逃げる方向を変える事を提案する。


アマギ「横方向、斜面に向かって逃げれば追撃されにくい。また待ち伏せされている時のリスクは大きいが・・・」

アイリス「それもいいわね。気配察知スキルによれば、左右の斜面にはもうほとんど潜んでいない。でも・・・」


アイリスは判断を躊躇する。彼女は先程、30体と敵の数を推測したが、

今周囲にいる“魔力の気配”は明らかに50を超えていた。

彼女の気配察知範囲は半径2kmにも及ぶ。

それより遠い領域から、これほどの数が短時間で駆けつけるとは考えにくい。


シャルロッテ「珍しいですね。アイリスが敵の数を見誤るなんて」

アイリス「ええ。こんなに盛大に外したのは初めて。でもそれにしても何か変」


彼女がそう考えていると、ブライトに向けてオーガが再び斧を振り下ろす。


ブライト「うおぉ!!」

ライラ「・・・私を下ろして、ブライトさんに加勢してください」


ライラは自らを抱えるアマギに頼む。


アマギ「・・・今降ろせば危険だぞ?」

ライラ「はい、大丈夫です。前に言った通り、私も少しは戦えますから!」


そういう彼女の目に迷いはない。僅かに怯えが見えるものの、

どうやら自分で戦う_その意思を固めたようだった。


アマギ「・・・そうか」


アマギはライラを下ろし、剣を構え直し、背後のシャルロッテを見やる。

彼女は自身を狙った攻撃を軽く捌きながら、アマギの背後を守ってくれていた。


流石は元王立軍の特殊部隊、その身のこなしは一切無駄がなく、

アマギから見ても見事なものだった。


ブライト「調子乗んなコラァ!!」


ブライトが槍斧の機能を解放し、衝撃波をオーガに放つ。

しかし余程頑丈な斧なのか、

その衝撃は眩い閃光を放ちながらも、オーガの体にかすり傷一つ与えない。

雄叫びを上げながら、負けじとオーガが斧を振り下ろす。


そこへ割り込んだアマギの剣戟が、斧の一撃を横へと逸らす。

更に続け様に、炎を纏った一撃をオーガに振り下ろす。

だがその筋肉の塊のような体躯に傷は無い。


アマギ「(斧でガードした様子は無い!一体何を・・・!?)」


まともに食らわせたはずの一撃が、

一切の有効打を与えなかった事実に驚愕するアマギ。


ブライト「アマギ!気をつけろ!そいつ妙に硬ぇ!」

アマギ「_ああ!見ていた!正面からダメなら_!」

ブライト「!」


ブライトはアマギの意図を察する。

正面でオーガに対し、炎の刃を用いて打ち合うアマギとは逆方向、

オーガの背後へ素早く回り込み、衝撃波を再び槍斧から放出する。


二人「「喰らえ!」」


アマギの炎の一撃と、ブライトの雷の一撃が炸裂する。

片方はオーガの正面を、もう片方は背面を直撃し、

爆炎によって巨体は覆い隠される。


アマギ「_やったか」


挟み撃ちにより強靭なオーガの体躯を沈黙させた。


ブライト「よっしゃ!やっぱ前後からならブッ飛ばせたな!」

アマギ「ああ・・・」


痛快そうにするブライトに対し、アマギは浮かない表情だった。

それは”残心”によるものだけでなく、彼の直感が危険を感じ取っていたからだ。



アイリス「三連・爆奏矢シェル・アロー!」


オーガと戦う二人とは別に、アイリス達はゴブリンに対処する。

火薬仕込み・・・

正確には魔法により”火薬のような成分”に換えられた矢が炸裂する。

周囲から寄ってくるゴブリンを、まとめて攻撃するには最適な武器。


そこに加えて、シャルロッテが彼女に対応できない領域を担当する。

彼女は無駄のない美しいと言える槍捌きで、ゴブリンを次々と倒している。


ゴブリンは決して弱い魔物というわけではない。

小柄な体躯に見合わず、知恵が働き筋力も人間より強い。

そんな彼らに囲まれながら五人が持ち堪えられたのは、

純粋に彼らの実力が並外れていたからだろう。


アイリス「(アマギに“超空間ポーチ“を譲ってもらって正解だったわ。この数を相手にするとなると、矢筒に入る分じゃどうやっても足りなかった)」


アイリスは時折、木の上で止まってポーチから矢を取り出し、矢筒に補充していた。

無論その隙を見逃すゴブリンではない。

小賢しく投石や、弓を持ったゴブリンによる狙撃が彼女に向けられる。


それをカバーするのは、

アマギ達以前から彼女と付き合いのあるシャルロッテだった。

アイリスを狙った攻撃を左手の円盾で受け止め、素早いカウンターで脅威を排除。

彼女達二人の連携は、完璧と言えるレベルにあった。


ライラ「うわっ・・・とと・・・ひゃぁ!?」


ライラはというと、ひたすらにゴブリンから逃げ回っていた。

戦闘訓練も積んでいない彼女は、打撃などの肉弾戦はこの上なく苦手だった。

啖呵を切ったはいいものの、彼女はゴブリンに反撃できず、

捕まって迷惑にならないように回避と逃避に専念していた。


ライラ「_ってこれじゃ、私全然役に立ってなくない_!?」


彼女はそう思ったようだが、

彼女が逃げ続けていることによりゴブリンの狙いは分散しており、

その結果他の四人の負担は大幅に減っていた。


ライラはどうやら危なそうな場所に敏感らしく、

小賢しく待ち伏せやトラップを仕掛けるゴブリンの思惑を欺き続けていた。

無論無自覚ではあったが。


ブライト「・・・あっちを手伝った方が良さそうだな!」

アマギ「コイツ・・・ブライト、下がれ!まだ終わっていない!」

ブライト「・・・え?」


ブライトがオーガの倒れ伏した体を飛び越え、アマギの方へと向かった直後。

アマギはスキルにより危険を察知する。

ブライトに降りかかる脅威は、回り回ってアマギへの脅威ともなり得る。


しかしその他者に対する危機の察知は、自らへのそれを回避するのとは勝手が違う。


アマギのブライトへの警告は、一秒遅かった。


オーガ「ゴ、オオオオオオ!」


倒れたはずのオーガが再び雄叫びを上げて立ち上がる。

通り過ぎたばかりのブライトに対し、強力なパンチを浴びせる。


ブライト「ぐぁ・・・!?」


ブライトはその拳の速度と同等の速度で吹き飛ばされる。


アマギ「ブライト!」


助けようとするアマギだったが、その瞬間。

再び予測スキルにより、異なる味方への危険を察知する。


アマギ「_っ!?」


吹き飛ばされるブライトと、味方への脅威。

どちらに優先的に対処すべきか、アマギは判断ができなかった。


オーガB「オオオオオオ!!!」

アイリス「っ!?しまった!?」


オーガC「ゴアアアアア!!」

ライラ「何!?」


アイリスとライラの背後に、突如として新たに二体のオーガが現れる。

それぞれ狙った対象へ、

ブライトに一体目のオーガが食らわせたのと同等の、強烈な一撃を繰り出した


シャルロッテ「アイリス!!」

アマギ「・・・!!」


一瞬の迷いにより、誰一人として助けられなかったアマギ。

吹き飛ばされ、樹木へと直撃して転がった三人を尻目に、

次いで自身へ向けて斧を振り下ろす一体目のオーガ。

彼はそれを、俯きながらも。

燃え盛る炎のような怒りと共に見据えていた。

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