仏国旅行記

志水命言

本文

 朝、世界に日が昇る時——。

 窓から眩し過ぎる陽の光が差し込んで、目が覚めた。寝起きの目を擦り、窓外に目を遣る。

「……!」

 慣れ親しんだ日本では無かった。


仏国パリ 六区サン・ジェルマン・デ・プレ

 慣れない土地で重たい荷物を背負い、キャリーケースを引き摺り歩く。見渡す限りの仏語で、今日は所謂平日なのか朝の早い人が多い。そんな中を事前調査したものだけを頼りに進む。公共交通機関を降りると、地図を頼りに裏道を通り抜けた。人が居らず、先程までの人の多さが嘘のようだ。

 少し進むと熊の巣穴のような石造りの店が現れた。店名は「Café Soleil」。穴場スポットで、知る人ぞ知るお店。前から気になっていた。外から見た限りお客さんは居らず、マスターが仕込みをしているようだった。「Ouvrir」、英語で言う「Open」を意味する看板が出ていることを確認して、ドアノブを回し押す。カロンカロンという可愛らしいベルの音と、

「Bonjour !」

 女性のマスターが元気に声を掛けてくれる。だが、その女性は見慣れている日本人で、そして何と返したらいいか分からず動揺した。

「いらっしゃいませ、の方がいいですかね。日本人のお客さんは珍しいから、ワクワクしてきました!どうぞ、こちらへ」


 カウンター席に座り、人気だと言うクロワッサンと紅茶を口にしながらマスターと話す。

 マスターのコムギは私と同い年で、紆余曲折あり仏国へ渡りコックをしていたそうだ。

「……それで、集団で何かをやる才能の無さに気が付いて。一念発起してカフェの経営者になったんだよ」

「へぇ……私なんかと違ってカッコいい!」

「あたしなんて全然。経営やろう、と思わしてくれた、もっとカッコいい人が居るんだよ。口も態度も悪いけど!」

 コムギちゃんは躊躇い無く元気に悪口を言った。それに苦笑いしながら、

「どんな人なの?」

「いつも朝一で来て、奥に座ってるよ。今日は……来ないかも。まぁいいや、あたしの話の続きをするよ。あたしも日本育ちだから友人は全員日本。だから独りなんだけど、その人が居るから何とかやって行けてる感じ。ハルはどうして独り旅?しかも仏国?」

「それは、元々仏国に興味があったんだ。そして行きたかったんだ、友人と。だけど、それ以上に現実が嫌になっちゃって。気が付いたら飛行機に飛び乗ってた」

 そんなこんなを話していたら、店のベルがカロンカロンと鳴り、

「Bonjour !」

「Bonjour. Je vais prendre la même chose.」

 冷たく言い放った仏人?のような人に、

「Oui !」

 変わらずコムギは元気に返事をした。そして、私に小声で言う。

「あの人がさっき話したもっとカッコいい人だよ。仏国に馴染み過ぎて見えないと思うけど、あの人も日本生まれ日本育ちの純日本人。じゃ、オーダー作ってくるから、後でね!」

 コムギちゃんが例の人の注文品を作り始めた。いつオーダーし、オーダーが通ったのか、良く分からなかったが。私は例のもう一人の日本人を横目で見る。その人はコムギちゃんが言った通り店の奥に座っていた。そして、サングラスを掛けたまま本を読んでいる。同じ日本人に見えない佇まいだった。

 コムギちゃんが注文品であろうクロワッサンと紅茶を私の隣に置くと、

「サク先生、こっち来て!」

「Qu-est-ce que ça veut dire ?」

「何でもだよ!こっち来て!話そ、日本人同士で」

「……あぁ、こっちか」

「そっち、そっち!ここで食べてよね!」

「……」

 サク先生と呼ばれたその人はカウンターに置かれた注文品を見ると、怠そうに私の隣に座った。

「ハルちゃん、これがサク先生。仏国ではItsuki Sacで、日本ではイツキ朔。文芸、絵画、彫刻の芸術家。この近くにアトリエがあるんだよ。そして、ウチの常連さん!」

「……こんにちは、朔です。初めまして」

 横目で挨拶され、サクさんはクロワッサンを食べ始めた。創作活動で疲弊しているせいか、気怠げなサクさんを笑いながらコムギちゃんが私に耳打ち。

「ハルちゃん。この人、口は悪いし態度も悪くて見えないと思うけど、私たちより歳上なの。人生の先輩っぽいとこもあったり、なかったりだけど。人生で悩んでること相談してみたら?あたしの良き相談相手でもあるから、保証するよ!」

「何か……?」

 無茶振り過ぎる。けど、コムギちゃんが言ったことには一理ある。そして、芸術家なら、違う変な人なら違う答えが返って来る気がする。オブラートに包んで……。

「サクさん聞いても良いですか?」

「Oui ……」

「他人と比べて悩んだ時、どうしたらいいですか?」

「……比べるのが悪いんじゃない?他人なんてそこに居るだけだし。人は同じものが無い、その個人だけでも芸術作品だよ。……アンタが何悩んでるのか知らないけど、人と自分を比べてる時間が勿体無い。……ってことで相談はお終い。自分も聞きたいんだけど、日本に知人の編集者って居たりしない?馬が合う編集者に出会えないんだけど」


 一週間、私はコムギちゃんとサクさんと過ごした。そして、サクさんの日本語で書かれた純文学を持って帰国した。

 今まで他人と比べてヘコんでいた私だが、仏国で自由に生きる二人に出会って悩んでいたことが吹っ切れた。

 今日は編集長の元に校正したサクさんの原稿を持っていく。編集者として、サクさんが命を燃やして書いた純文学を世に送り出すために。私が一人の人として再出発する為に!

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