第5話泥棒と警察

「よく辞めずに続けているなぁ」



 入部から一ヵ月、三人とも辞めずになんとか続けていました。朝練や覚えることの多さに肉体も精神も限界ギリギリでしたが、チュピくんとまっつんという運命共同体の存在に支えられていました。



「今日はドロケイやるぞ!」



 ある日、鬼嶋部長が何の前触れもなく『ドロケイ』をすると言いました。僕たちには言葉の意味がすぐには分かりませんでした。

 ドロケイ(ケイドロ)は、警察役(追う)と泥棒役(逃げる)に分かれる鬼ごっこの一種です。部員のモチベーション維持のために年に一回か二回実施される貴重なレクリエーションだそうです。



「最高だぜぇ!!」



 チュピくんは、ドロケイと聞いて舞い上がっていました。警察官を目指す彼にとって、このゲームは魅力的なのでしょう。僕は、ドロケイのおかげで苦手な走り込みの時間が減ることが素直に嬉しかったです。

 チームは学年別に分かれることになり、僕とまっつんが泥棒役、チュピくんが警察役に決まりました。



「ドロケイの間は無礼講だからな!」



 部長がニヤニヤしながら言いました。僕は無礼講の本当の意味を、「でも、調子に乗ったら許しません!」だとすぐに解釈して気を引き締めました。走りに自信がなかったので、階段の上の目立たない所から隠れて様子を見ることにしました。

 ゲームが始まるとすぐに移動をして、警察役が動き出すのを待ちます。



「逮捕するぞおおおおおおッッ!!!!」



 警察役のチュピくんはいつも以上にテンションがアゲアゲです。高校生の先輩だろうが、女子の先輩だろうが関係なく、突っ込みます。鬼塚コンビに向かっていったときは、「なんて命知らずなんだ・・・」と驚きました。

 彼は普通の人とはスケールが違います。怖くてとても真似できません。相手に関係なく正義を執行するという点では、警察官の素質があるかもしれません。

 しかし、小柄な女子の先輩を全身全霊で追いかけまわしている姿は、警察官というより危ない人に見えました。



「警察と泥棒を交代する!」



 チュピくんの活躍もあり、あっという間に泥棒役が全員捕まる結果になりました。走り込みよりもドロケイの方が楽なので、少しでも長引いてほしかったです。



「よっしゃ!次は泥棒だあああッッ!!!」



 チュピくんは警察官志望のはずですが、泥棒役に喜びのガッツポーズを決めていました。まっつんは、「ついに本性を現しやがったな」とボソッと呟きました。

 先輩からの指示で僕たちは二人がかりでチュピくんを捕まえることになりました。彼は僕たちよりも足が速いので直線的に追いかけては不利です。そこで、まっつんが隠れているところに僕が追い込んで挟み撃ちを狙うことにしました。



「泥棒さん、年貢の納め時ですよ!」



 まっつんが笑いながらチュピくんに言います。作戦は成功し、彼を狭い通路に追い込むことができました。彼は馬鹿正直にまっすぐ動くので、簡単に誘導できました。

 しかし、追い詰められた彼に諦めた様子はありません。正面突破されないように、僕とまっつんは腰を低くして彼の動きに集中していました。



「はあああああああッッ!!!!」



 チュピくんは、声を上げながら走り出すとフェンスをよじ登りました。フェンスを乗り越え、その先の草むらに着地すると走って逃げて行きました。

 僕たちは呆気にとられました。追いかけようとしましたが、裸足で草むらに入りたくありませんでした。また、彼の必死すぎる姿に正直引いていました。

 二人で相談して、深追いはせずに彼が戻ってきそうな場所で待ち伏せすることにしました。



「全員集合!戻ってこい!」



 待ち伏せしたもののチュピくんは現れませんでした。時間がかなり立っていたので先輩から集合の合図が出ました。すぐに全員が体育館前に集合します。しかし、いくら待ってもチュピくんだけは戻ってきませんでした。



「早く探してこい!」



 練習が遅れるため、鬼嶋部長が怒鳴りました。まさかの部員総出でチュピくんを探す事態になりました。高校二年生の先輩は体育館に残り、その他の部員で捜索します。学校中を手分けして探しますが、なかなか見つかりません。学校の外まで行ってしまったのでしょうか。



「おい!あれ見てみろ!」



 諦めて体育館に引き上げようとした時に、まっつんが高校校舎の方を指さしました。目を凝らすと、チュピくんが校長先生に連れられて歩いてきます。彼の胴着には、草むらでついたであろう小さな枝がたくさんついていました。



「ダメだよ!校門の上に登っちゃ!」



 校長先生の話では、チュピくんは高校校舎の校門の上によじ登っていたそうです。近くを通った生徒が驚き、たまたま近くにいた校長先生が注意したそうです。チュピくんも、まさか校長先生に逮捕されるとは思っていなかったでしょう。

 その後、未来の警察官の身柄は、校長先生から部長へ引き渡されました。鬼嶋部長は校長先生に何度も頭を下げていました。



「俺が何で怒っているかわかるか?」



 いつも怖い部長の顔がより険しくなっています。これからチュピくんに厳しい取り調べが待っていることは誰の目にも明らかでした。

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