つくもの師

音文 晶子

つくも物

 道具などが百年以上の時を経て様々な力を宿したもの。付喪神ともいう。


「枯れてるねぇ」

「人の事言えた義理かね。あんた」

 小さいお婆と灰色の髪をした女が、境内にある古びた本堂の縁側で、月見をしながら酒を飲み交わしていた。

 お婆は、正座した着物の腿に顎がつかんばかりに背中を曲げながら、皺に埋もれた口で女、師走に悪態をついた。

 師走は足を崩して手すりに肘を預け、気だるげに笑みを浮かべた。

 盃にはなみなみと注いだ酒が満ち、夜風が肌を撫で、指先をかすめては去っていく。

「しかたないさ。生業が生業だからね」

 師走が一口酒を飲む。

 お婆は眉をうごめかした。

「けっ、嫌みはお止しな、別嬪のくせしてぇ。婆の爺なんぞ、お前さんに婿がおらんのを心配するならまだし、鼻の下伸ばして呆れてまぁ」

「自分の手入れもしない女は、家のことも御座なりさね。やめときな」

「爺は婆のもんじゃ」

「これは失礼」

 先ほどまで夫婦のなんと空しい事かと愚痴を飛ばして、枯れてると言わしめたお婆は一転のろけて見せた。

 師走は微笑むと、月を見上げた。

 物言わぬ月は、夜闇に淡い月光を注いで、漆黒から物を浮かび上がらせている。

「なんじゃい。からかって楽しそうじゃの」

「婆がいい人なだけだよ。さて」

「今度はなんじゃ」

「月がちょいと雲に隠れた」

 不意に強く吹いた一陣の風に、師走の灰色の前髪が乱れた。

 力ない上まぶたの向こうの灰色の瞳は、すすきが左右に身をゆする様を映してから、閉じられた。

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