第17話 誇りを懸けた戦い-2

 『1対1で戦う』なんて言ったから見守ってるのに、防戦一方じゃねえか。

 やっぱり、マノン一人でラドガンを相手にするのは無理だろ。


 だけどさっき『憤怒の力』を使っちまったから、今の俺じゃ力になれねえ。


 くそっ、どうするよ……。


「ふぅっ! 絶対、負けない!」


 マノンの腕の体毛が伸びて、爪や牙が鋭くなっていきやがる。

 くそっ、あいつ、獣化をまた一段階強めやがった。


 いくら劣勢だからって、まずいだろ。理性は保てるのか?


 攻撃速度は間違いなく上がったな。

 ラドガンのスピードに、だいぶついていけるようになった。


「ヒョォォォッ! 我に本気を出させるとは! 生意気なぁぁああ!」


 なんだ? ラドガンの、あの両手を高く上げた片足立ちのポーズは。

 両手の先を尖らせて、ヘビの鎌首みたいだ。


「ヒョッ、ヒョヒョヒョァッ!」


 ラドガンのやつ、素早い突き技を繰り出しやがって。

 マノンの顔や身体に、細かい傷が増えていきやがる。


「私、負けない、絶対……ウ、ウォォン!」


 狼のような叫び声だと!?

 まさかあいつ、このままじゃ負けそうだからって、さらなる獣化をする気じゃ?


 獣化はほどほどにするっていう、ミーアとの約束を破るつもりかよ、あの野郎。


 くそっ、これ以上獣化したら、あいつの理性はぶっ飛んじまうぞ!


「ダメっ、マノン! それ以上はやめて!」


 ああ、ミーアのやつまで無茶しやがって。

 審判のくせにマノンの前に身を投げ出すとか、自殺行為だろうが!


 どいつもこいつも、イライラさせやがるやつらだ。


 ちきしょう! 間に合え!


 手の甲の紋章が、浮き上がる。


「ウリャァッ!」


 すんでのところでマノンを殴りつけて、ミーアを傷つけずに済んだぜ。


「マノン、それ以上獣化すんな! 理性をなくすぞ!」

「ふぅっ! ふぅっ!」


 だめだ、聞こえちゃいねえ。


「ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ、うぅっ!」


 マノンの目がラドガンを睨みつけた!


 みるみると全身が体毛に覆われて、顔つきも狼になっていく。

 もはや人よりも大きな一頭の狼。これが獣化の本当の力かよ。


「グルルルゥ……」

「おい、ラドガン! 悪いことは言わねえ、もう降参しろ。これ以上続けたら、獣化したマノンに殺されるぞ! ヤバいことぐらい、お前にだってわかんだろ!」


 完全に狼になっちまったマノンは、ラドガンを獲物として狙ってやがる。


「ウォォォオオオン!」


 完全な獣化を果たしたマノンが遠吠えをしたら、さらに一回り身体が大きくなりやがった。


 体操着が破れて、殺戮兵器のお出ましだ。


 マノンはラドガンを睨みつけたまま、重心を下げやがった。

 溢れ出す殺気が、こっちにまで伝わってきやがる。


「ウヒィィィッ! 負けだ! 我は負けを認めるぅぅっっ! だから、許して、許してくれぇぇっっ!」


 やっと降参したかよ。だけど間に合うのか?


「勝者、マノン・イーガンとアーク・ツリヤーヌ組! もう終わったから、正気に戻って、マノン!」


 ミーアが呼び掛けても、やっぱり何の反応もねえ。

 ちくしょう、理性がぶっ飛んじまったか。


「おい! マノン、俺たちは勝ったんだ! もういいんだよ、獣化を解きやがれ!」


 だめだ、俺の呼び掛けにも反応がねえ。


 今のマノンは、野生の獣だ。


 ガタガタ震えながら後ずさりするラドガンを睨みつけたまま、襲い掛かるタイミングを計ってやがる。


「ガルゥ……」

「マノン、ダメっ、人を襲ったらダメよ!」


 ミーアはまた自分の身体でマノンを止めるつもりかよ!

 今のマノンはそれじゃ止められねえぞ!


「くそっ、『憤怒の力』! もっと俺に力を寄越せ!」

『ふふっ、いいわ。あーしの力、貸してあげる♡』


 ブララーナの声が頭に響いた。

 力がみなぎる。


「オラァッ、間に合え! ぐぅっ!」


 突き出した俺の腕にマノンが噛み付きやがった!

 くそっ、腕が持っていかれ……て、ねえ!


 『憤怒の力』か!


 これならやれる。俺が止める!


「おい、マノン! こっちだ、こっちに来やがれ!」


 野生の動物って奴は、逃げるものを追いかける習性があるはず。

 おら、俺を追ってきやがれ! 囮になってやらぁ。


 閉じ込めるぞ、剣技場のすぐ外にある女子更衣室によ!



 剣技場からは飛び出したものの、女子更衣室に誘い込まなきゃならねえ。


「よぉし、よぉし、いい子だ。こっちだ、入ってきやがれ」

「グルルルル……」


 女子更衣室に足を踏み入れると、狙い通りにマノンも飛び込んできやがった。


「くくくっ、もう逃げられねえぞ」

「ガルゥッ……」


 鍵も閉めた。逃げ道を塞いだ代わりに、俺も逃げられねえがな。


 くそっ、緊張で冷や汗が出やがる。


 人の身体よりデカい狼を目の前にしてるんだから無理もねえ。


 しかもこの狭い室内だから、攻撃をかわす余裕もほとんどねえ。


 勝負は一瞬だな。


 ――バンバンバン!


 誰だよ、こんなときに更衣室のドアを乱暴に叩きやがるのは。


「ツリヤーヌくん! そこにいるの?」

「ミーアか。鍵を開けんじゃねえぞ。マノンが外に出てったら大変なことになる」

「でも、それじゃあなたが!」

「俺だって心中するつもりはねえよ。黙って待ってろ!」


 繰り返し叩くドアの音で、マノンの気が立ってやがる。


 静かに呻きながら、前傾姿勢を深めたな……来るか?


 ――来たっ!


 一直線に飛び掛かってくれたお陰で、避けるのに苦労はなかったぞ。


 よし、掴んだ! こいつは見事にフサフサの尻尾だな!


「痛てえかもしれねえが、許してくれよ! おりゃぁぁっ!」


 掴んだ尻尾を振り回して、全力の『憤怒の力』でマノンを投げ飛ばす。


「キャゥゥゥンッッ!」


 痛かったか? すまねえな、マノン。


「ここ、どこ」


 強烈に床に叩きつけた衝撃で意識を取り戻したか。

 骨格も顔つきも、もうすっかりいつものマノンだな。


 獣化ってやつは、解けるのは一瞬なのかよ。


 ゲームの知識が役に立ったぜ。

 完全に獣化しても効果があるかは賭けだったがな。


「ふぅ、なんとかなったぜ。だけどおまえ、いい身体してんな」

「い、い、いやぁっ!」


 今度は間違いなく、女の子の悲鳴だ。

 とっさに両腕で身体を隠したところを見ると、理性も戻ったみてえだな。


 ――ドンドンドン!


「今の声は何? アークくん、大丈夫なの? マノン、マノンは無事?」

「おい、ここを開けろ! お前たち何やってるんだ!」


 ミーアだけじゃなくて、やじ馬まで集まって来たらしい。

 マノンは未だに何が起こったのか、よくわかってないみたいだが。


「ここは女子更衣室だから、お前の服があんだろ? 早く着ろよ」


 顔を真っ赤にして、ロッカーの陰に隠れやがって。可愛いとこもあるじゃねえか。

 ついさっきまで俺の命を奪おうとしてたくせに。


 ん? もう着替えたのか。

 だけどその制服の下って、下着はつけてねえんだよな?


「見るな! 説明、必要!」

「ああ、そうだな。でもそれは、とりあえず外に出てからだな」


 更衣室のドアの鍵を開けたら、すぐさまミーアが飛び込んできやがった。


 ミーアは制服姿のマノンを見つけて、泣きながら抱きついてやがる。


「マノン! マノン! 良かった、獣化解けたんだね!」

「ミーア……。私、何も、わからない」

「今はいいよ! とにかく無事で良かった!」


 犠牲者は出さなかったし、これならなんとか穏便に済ませられんだろ。

 やれやれ、今回ばっかりは死ぬかと思ったぜ……。 

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