第2話 魔法

「あちちちちっ!」


 手のひらの真ん中に微かに炎が灯った、と思ったら火傷した。

 そんな俺を見て、ブララーナがクスクス笑ってやがる。


 くそっ、イライラするけどまぁいい。


 やっと手に入れたぞ。これが魔法か!

 感動のあまり、ゾクゾクと身体が震えやがる。


 どうやらこの悪魔、本物だったみてえだな。


「と~っても嬉しそうな顔しちゃって、可愛いわねぇ」

「うるせえな。初めてなんだから、ちょっとぐらい喜んだっていいだろ」

「ふ~ん、あーし、あーたの初めてに立ち会っちゃったんだぁ。じゃぁ蹴って?」

「またそれかよ。後でいくらでも蹴ってやるから、今は黙ってろ!」


 だけど、この程度の魔法じゃ話にならねえ。


 やっぱり魔法といえばアレだろ。ゲーム内で主人公が覚える回復魔法。

 アレを使えるようになれれば、主人公に取って代われるじゃねえか。


 そうなりゃ俺が、この世界の主人公だ!


「おい、ブララーナ。回復魔法はどうやりゃ発動するんだ?」

「無理よぉ。あーしが授けてあげられる魔法は火だけだもの」

「ちっ」


 なんだよ、使えねえな。

 くそっ、イライラする。


 だけど、火の魔法だっただけ、まだマシか。

 貴族社会で使われてる他の魔法は水、風、氷の系統。

 それに比べれば、物を燃やせる火の魔法は使い道があるに違いない。


 こうしてみると、主人公の回復魔法が特別なのが良くわかる。

 この魔法で対抗するには、上手いこと立ち回らなきゃならねえな。


 ちきしょう、チート主人公め。

 ああ、ムカつくムカつくムカつく!


「くっそー、なんで今日はこんなにイライラしやがんだよ!」

「それは、あーしと契約を結んだせいね」

「どういうことだよ」

「そりゃぁ、憤怒の悪魔のあーしと契約して力を手に入れたんだから、それなりの代償を払わなきゃならないってことよぉ」

「なんだと!? それを最初に言いやがれ!」


 あー、クソっ。


 最初にちゃんと聞かなかった俺も悪いが、後出ししやがって。


 とんでもない代償だったら、返品してやるからな!


「代償ってなんなんだよ」

「あーしの怒りの感情を、あーたに引き受けてもらうのが力の代償よ」

「はぁ? なんだそりゃ」

「きっとあーたがさっきよりもイライラしてるのは、あーしが柵に嵌ったときの怒りの感情がそっちに行ったのね」

「おい、待てよ。するとなにか? これからの俺は、お前の分までイライラしなきゃなんねえってことか? ああ、ちきしょう、イライラする」


 くそっ、怒りの感情とか変なもん押し付けやがって!


 だけど、考えようによっちゃ、その程度の代償で済むなら安いもんじゃねえか?

 いつもよりもイライラはするけど、そんなものは晴らせば済むだろ。


「ねぇ、そろそろ約束守ってよぉ。お・ね・が・い♡」

「よし、わかった、蹴ってやる。その代わり覚悟しろよ? ケツ突き出せ、こらぁ」

「ふふっ、やった♡」


 嬉しそうに、俺に向けてプリッとケツを突き出したブララーナ。


 こうなったら、遠慮なくやってやんよ。

 俺を騙して契約した罰を食らいやがれ!


 ――ドガッ!


「あぁっっん♡」


 おっ、なんかスカッとする。この蹴り心地は気分がいいじゃねえか。


「思う存分蹴ってぇ! あーしは悪魔だから、傷つかないしぃ」

「そこまで言うなら蹴ってやらぁ!」


 ほど良い弾力、見下ろす優越感、そして魅力的なケツ。

 しかも、蹴るたびに色気たっぷりの声をあげるからたまらねえ!


 おらっ、おらっ、おらぁっ!


「あぁんっ♡、あふんっ♡、あひぃぃんっ♡」


 調子に乗って5、6発蹴ってやった。


 なんだこれ、嘘みたいにスッとしたぜ。

 こんなに心が晴々としたのは、いったいいつぶりだ?


「あふぅん……スッキリしたみたいね」

「なんでお前までスッキリした顔してんだよ。気持ちわりぃ」


 憂さが晴れたのはいいが、ここは民家の庭先だった。

 庭に出てきた婆さんに、ブララーナの尻を蹴ってるところを目撃されちまった。


 くそっ、うぜえ。


「おい、見せ物じゃねえぞ! ブララーナ、ちょっとついて来い!」

「あーい」


 しばらく歩いて場所を変えると、そこは小高い丘で草むらが広がっていた。

 さすが郊外、そよぐ風も気持ちがいい。


 ブララーナのケツを蹴って、スッキリしたせいかもしれないが。


 俺は清々しい気持ちでゴロリと寝転がる。

 フワフワと漂うように付いてきたブララーナも、俺の隣に腰を下ろした。


「さっきはなんで柵に嵌ってたんだよ」

「かわいい子猫ちゃんを追いかけてたら、自分の身体の大きさも考えずに柵に飛び込んじゃって。それで、あんなみっともないところを見せちゃった、えへっ」

「ドジな奴、それでもほんとに悪魔かよ」


 ちょっと頼りねえけど、魔法は授けてもらったし八つ当たりだってできる。

 こいつは思ったよりも使えるな。


 そしてなによりも、悪魔のくせにすげえ可愛い。


 今まで気付かなかったけど、背中にはコウモリみたいな小さい羽が生えてやがる。

 そいつがパタパタと羽ばたくたびに、横目で見てもデカい胸がプルプル揺れる。


 しかもこいつが着てる黒いビキニはムッチリ食い込んで、こんなの下着とほとんど変わらねえじゃねえか。


 さっきは自分から押し付けてきたぐらいだし、ちょっとぐらいなら触っても……。


「ねぇ、あーた。そろそろ魔法の練習でも……ん? あーた今、何かした?」

「いっ、いいや、なにも」

「ふ~ん。一応言っとくけど、あーしの許可なくエッチなことしたら、あーたの命はなくなるから覚悟してね♡」


 その身体を見せびらかしておいて、エッチなことはさせないってふざけんな!

 くそっ、その内どさくさに紛れてコッソリ触ってやる。


 でも今は、そんなことより魔法だろ!


「おい、ブララーナ。もっと詳しく教えてくれよ」

「あらぁ、あーしに興味湧いちゃった? 何が知りたい? スリーサイズ?」

「違げぇよ、魔法だよ! 魔法の発動のさせ方を、もっと詳しく教えろってんだよ。さっきは火傷しちまったしな」

「ちぇー。まぁ、いっか。まずは頭にムムムムーって思い浮かべるの。そして慣れない内はパーじゃなくって、人差し指の先にググーンって感じで力を籠めて……」


 魔法教室が始まった……はずだけど、こいつは何を言ってやがんだ?

 とにかくイメージしろってことか。


「上手くいかねえな、ったく」

「そうじゃなくて、もっとこう、グワーッて気持ちを高める感じで」

「だから! おまえが言ってることは、わけがわかんねえんだよ!」

「イライラしちゃった? お尻蹴る?」

「あーっ、うるせえ! 蹴らねーよ!」


 説明が擬音しかないから、なんの参考にもならない。

 これじゃ、ほとんど独学じゃねえか。


 だけど今の俺は、ワクワクが止まらねえぞ。

 根気のない俺だが、魔法の練習はなんだか自分が強くなっていくような気がして、いくらでも続けられる……。


 夢中で色々と試してるうちに、あっという間に夕方。

 なんとか人差し指の先に、ちょっとした炎を安定して灯せるようになった。


「やっとこれだけかよ。安いライターじゃねえんだぞ」

「なぁに? ライターって」

「ああ、いや、こっちの話だ。しっかし、しょぼい火だな」

「そりゃぁまともに使いこなすには鍛錬が必要よぉ。もっと大きな力を使いたかったら、経験を積んだり熟練度を上げることね」


 そもそもこの世界の魔法は、そんなに強力じゃねえしな。

 生活を便利にする程度の威力がいいところだ。


 前世で見たアニメみたいに、街を壊滅させるような爆裂魔法をチュドーンってぶっ放せられれば気持ちいいんだがな……。


 おっと。いい加減に帰らねえと門限もあるし、そろそろ切り上げるか。


「ん? 帰る? 二人の愛の巣に」

「二人って……まさかお前、このまま付いてくるつもりかよ!」

「契約したんだから当たり前じゃない。これからは、いつでもお尻蹴ってね?」

「冗談じゃねえ。こんなエロい淫乱悪魔連れて帰ったら、みんなが腰抜かすぞ」

「失礼ね、でも罵られてちょっとゾクッとしちゃった♡ 普段は小動物にでも変身しとくから心配しないで。はいっ!」


 ブララーナが指をパチンと鳴らす。

 するとその姿がリスになって、スルスルっと俺の胸ポケットに潜り込みやがった。


「そんなことができんなら、柵に嵌ったときに変身すりゃ良かったじゃねーか」

「ああ、確かに。でもあの時は慌てて頭が回らなかったわ」

「ほんとにドジな奴だな、おまえ」

「でもおかげであーたと巡り会えたじゃない。これからよろしくね♡」

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