第16話 勘違いは加速する
俺は、感情を言葉に込めて誤解を否定した。
だというのに。
なぜ、大輝はなにか言いたげな顔をしているのだろうか。
「青空……。前にも思ったんだけどさ、否定したいのは分かるけど……そんな全否定するのはどうかと思うよ。特に前回なんか、本人の前だったし……。」
予想外の苦言を呈されて、固まる。
言葉をゆっくりと噛み砕いて。
……なるほど、そう納得する。
要するに、”そんな全否定したら相手が傷つくかもしれないだろ”と、そういうことなのだろう。
言いたいことは、確かに分かる。
分かるのだが。
「いや、だって……。」
冬川さんは俺との関係を全否定されたって傷つかないから。
そう言いかけて、すんでのところで口を閉ざす。
冬川さんは、俺と付き合ってないしそんな関係でもない。
そしてそれを俺にはっきり明言されたところで、まず間違いなく傷つきはしない。
それはよく分かっている。
……だけど。
俺がそれを分かっているのは、冬川さんが少なくとも1ヶ月前まで大輝のことを好きだったのを知っているからに他ならなくて。
そしてそれは、二人だけの秘密だから。
何も言えず、ぐっと言葉に詰まる。
冬川さんの名誉のためにも、勘違いを否定しなければならない。
そう思うのだけれど、否定するための手札は見つからなかった。
「千……相手がどう思ってるのかは、分からないしね。」
小さな声でそういう川井さん。
大輝もなにか思うことがあるようで。
きっと人気者の二人だから、人間関係で苦い経験もしてきたのだろう。
それこそ、そういう場面もあったのかもしれない。
……確かに、そう考えると俺の行動は、客観的に考えて良くないように見えるものだったのだろう。
でも、でも。
なんだか良くない方向に話が向かっている気がして、そして少し重くなった雰囲気に慌てる。
「俺はただ、冬川さんをちょっと心配してただけで……。部活も同じだし。」
言い訳のように、言葉を並べた。
余計に怪しい気がする。
自分でもそう思ってしまうが、そうはいっても誤解を解くためにできることなどない。
大輝と川井さんがこちらを向いて、そしてお互いに顔を見合わせた。
ちょっと申し訳無さそうな、二人の表情。
「そうだよね、ごめん。」
「変なことを聞いて悪かった。」
そう、謝られる。
意外にもすんなり分かってくれたようだ、とほっと息をついた。
冬川さんからしても、自分がいないところであらぬ誤解をされるのは気分が悪いだろう。
どうにかこうにか、うまく否定できたようだ。
そう力を抜いてホッとした……のに。
「それはそうと、一緒にお見舞いに行こうよ。」
川井さんの言葉に、俺は自分が甘かったことを知る。
「友達代表として、さ。」
頬がひきつるのを感じた。
友達代表。
これはまた、厄介な言葉だ。
なんでそこまでしてお見舞いにつれていきたいのだろうか。
そう疑問に思うが、あいにく今はそんな事を考えている暇もなかった。
「い、いや……その……川井さんが行けば十分な気が……。」
絞り出すように、遠慮したいオーラを全面に出して言う。
だって、迷惑だろう。
俺が家までお見舞いに行ったところで、きっと気まずいだけだから。
……そう、思ったのに。
ひゅうと、冷たい風が頬をなでた。
川井さんの顔が少し曇ったのを見て、なぜかぎくりとしてしまう。
どこか悲しそうな、どこか辛そうな顔。
冷や汗が、うなじをつたった。
「なあ、青空はさ。」
大輝が、川井さんに代わって口を開く。
抑え気味の、小さな声。
その声が暗いように聞こえて、不安になってその顔を見つめる。
何を、言われるのだろう。
わからなくて、不安が膨らんでゆく。
「冬川さんのこと、嫌いなのか……?」
大輝の口から発されたのは、予想外の質問だった。
質問の意味が一瞬飲み込めなくて、でもコンマ数秒で理解した後は考える間もなく答えが出て。
「違う!!」
自分でも、驚くほど大きな声が出た。
大輝の言葉に被せるように放たれたその声が、車両を貫くように響き渡る。
目を見開き、同じく目を見開いている大輝と目を合わせた。
車両を声がこだましたように聞こえたのは、気のせいだろうか。
ハッとして、あたりを見渡す。
少ないとはいえ、同じ車両には10人ほどが乗り合わせているわけで。
その視線の全てがこちらに集中しているのを感じて、俺はぎこちなく謝るように頭を下げた。
どくんどくんと心臓が鳴っている。
これは、なにに対するドキドキなのだろう。
注目されたことによる緊張?
強く否定した自分への驚き?
そうかもしれない。
とっさに大きな声を出してしまって、それが原因で注目を浴びたのだから。
鼓動が早まったって、無理はないだろう。
でも、俺はもう一つの原因を自覚してしまっていた。
そう、怒り。
どくんと、心臓が飛び跳ねる。
俺の心は、この質問に怒りを抱いてしまったようだった。
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