第4話 メッセージ

 ……いや、応援するとは言った。

 確かに、冬川さんと約束した。


 でもなんで。


 なんで、こんなことになってしまったのだろうか。


 オーバーキルもいいところである。


 俺は心の中で滝のように血涙を流しながら、しかしそれを悟られないように笑みを貼り付けた。


 表情筋が悲鳴を上げているが、笑みが引きつっていないことを願いたい。


 ……本当に、なんでこうなってしまったんだろう。


 目の端に浮かぼうとする涙を気合で抑えつつ、俺はここ2日の出来事を思い返した。







 全ては、冬川さんから届いたメッセージから始まった。


 昨日、風呂から上がり自室のベッドの上でスマホを開いた時……IINE(イイネ)というチャットアプリの通知が、目に入った。


 大輝と川井さんが付き合っていると発覚してから1週間。


 大輝とは普段通り接するように心掛けているし、川井さんのことを考えないように常に気を張ってもいる。


 そのせいで通常の数倍疲弊する心身を休息で癒そうと、最近はベッドの上にいる時間が長くなった。


 勉強……?

 そんなものは知らない。


 はあ、と小さくため息をついた。


 休息をとるためだとか見栄を張ったが、結局は自棄になっているだけである。


”お兄ちゃん、勉強しないとバカになるよ”


 一昨日、3つ下の妹が放った辛辣なセリフが頭をよぎる。


 失恋で……しかも自業自得な失恋で若干自棄になっている兄。

 そして中学校という慣れない環境に早々と適応して、友達を沢山作っているらしい妹。


 対比が綺麗すぎて、なんだか涙が出てきた。


 昔から、兄と比べてだいぶ活発な妹……若葉を思う。


 昔はお兄ちゃん大好きという感じだったが、最近は良く辛辣なことを言う。

 反抗期というほどではないし、別に八つ当たりされるわけでもないが、ただただ辛辣である。


 まあ、嫌われてないだけ良いだろう。

 万が一嫌われたら……恐ろしいことを考えそうになって、慌てて思考を放棄した。


 ……今の状態を若葉に見られたら、ひんやりした目に心をえぐられそうだ。


 想像するだけでダメージを食らう兄。


 少し浮かんだ目の端の涙を拭って、ぶんぶんと頭を振る。


 ネガティブになってはいけない。

 落ち込んでいる暇なんて、誰も与えてくれないのである。


 今は、通知が来ていることの方が大事だ。


 俺は緑色のアイコンをタップした。


 しかし。


"Chiyuki”


 一番上に表示されていた人物の名前を見て、さっきまでの落ち込んだ気分を忘れて思わず顔をしかめる。

 

 Chiyukiというのは言わずもがな冬川さんの下の名前だ。


 ……なんで、冬川さんが。

 思わず、そんな感想を抱いてしまう。


 いや、決して失礼な意味ではない。


 ただ、この間の出来事からまだ1週間しか経っていなくて、失恋の傷が癒えていなくて。

 冬川さんの名前から、なんとなく一連の出来事を思い出してしまったのだ。


 それに、冬川さんからメッセージが来るのはとても珍しいから。


 今までIINEでほとんどやり取りしたことがなかった冬川さんが、いったいどんな用事で連絡してきたのかまるで予想が付かなかった。


 それに、送られてきた内容も不穏である。


 自分の頬が引きつるのを感じた。


 右側には3件の未読メッセージがあることを示す3のマークが、名前の下には”どうしよう”という最新のメッセージが表示されている。


 ……どうしようって、なんだよ。


 思わずツッコみたくなる。


 何かを悩んでいるときに相談するような間柄でもないだろうに。


 普通、どうしようか悩んでいるときは親しい友人に聞くのものだろう。

 それこそ、川井さんあたりに。


 それをせずに俺に連絡をしているということは、きっと川井さんには言えないということで。


 川井さんに言えなくて、俺に言えること。


 嫌な予感しかしない。


 冬川さんの連絡が、あの件……大輝と川井さん絡みの話であるということは、容易に想像がついた。


 ……。


 もしかしたら、誤爆かもしれない。


 一瞬、そんな可能性が現実逃避気味に頭をよぎった。


 しかし、どう考えても冬川さんが俺に誤爆するとは思えない。


 理由は単純。

 冬川さんのトーク一覧画面において、俺の連絡先ははるか下の方に埋もれているはずだから。


 だって最後に話したのなんて、数カ月前である。


 きっと冬川さんも、このメッセージを送る為に友達一覧から検索にかけたか……もしくはクラスラインから探して俺の連絡先を見つけたに違いない。


 どう考えても、誤爆するには道のりが遠すぎるのである。


 ……だから、きっと、この連絡は大輝と川井さん関連の話なのだろう。


 息を吸い、吐いた。


 なんとなくベッドに横になり、風呂で濡れた髪が気持ち悪くてまた起き上がる。


 スマホをいったん膝に置き、頬をぱんぱんと叩いて心の準備を整えた。


「かかってこい」


 誰に言うでもなく、独り呟きながら俺は冬川さんとのトーク画面を開いた。


 ……。


 やはりというべきだろうか。


 連絡の内容は、大輝と川井さんに関するものだった。


 悪い予感というものは、往々にして当たるものである。


 思わず、天を仰いだ。


”優雨が池上君と喧嘩しちゃったって相談してきたんだけど、どう聞いてもお互いのことを大事にしすぎてるのが原因としか思えない。”


”でも、優雨は本気で気にしてるみたい。”


”どうしよう。”


 送られてきた3文を何度も読み返して、そしてベッドに倒れこむ。


 濡れた髪が下敷きになって気持ち悪い。


 でも、そんなことより。


「いや……どうしようと言われても……」


 思わずつぶやく。


 俺はこれを見て、どう反応するべきなのだろうか。


 というか。


 十中八九、誰かになすりつけ……任せたかっただけだろ。冬川さん。


 その心情が読めた気がして、頬が引きつる。


 半分惚気みたいな相談されて、でも本人は本気で悩んでいるから何も言えなくて。

 相談されたからには何か応えたいが、失恋の傷を掘り返された形になってまともに考えられなくて。


 結局、都合の良い奴そらに全部投げた。


 そんなストーリーが、ありありと目に浮かぶ。


 ……いや、もしかしたら巻き添えにしたかっただけかもしれない。

 うっぷんを晴らそうと。


 まあ、いずれにせよ悪趣味だ。


”頑張って。”


 とりあえず、既読無視は性に合わないので返信だけしておく。


 ……半分既読無視のような返信だが、あいにくまともに返すだけの余裕は無かった。


 適当なスタンプを追加で送って、IINEを閉じる。


 はあ、とため息をついた。


 喧嘩といっても、好きからくる喧嘩ならばきっとすぐに解決するだろう。


 そう投げやりに考えて、俺はゲームを立ち上げた。


 しかし俺は、……俺としたことが、見くびっていたらしい。

 

 大輝の律義さと心配性を。

 そして、川井さんへの愛を。

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