第五話
「これは素晴らしい公園ですね」
冷え込む日が多くなってきた十二月一日、公園が完成し休憩所施設の
すでに
「陛下、竣工式にてお言葉を賜りありがとうございました」
「お安いことです。ヨウミ君には
乗竜のことを言っているのだろう。あれから陛下は毎週と言っていいくらい恐竜の飼育施設を訪れていた。お陰で今では陛下が最もよく来られる水曜日が施設の定休日となっている。
もっとも飼育施設がオープンしていると展示のために何頭かは厩舎に閉じ込められてしまうため、自由に伸び伸びと施設内を走ることが出来るこの日を恐竜たちも楽しみにしているようだった。成体の恐竜には人間の子供の十歳程度の知能があるのだ。
それから九日後、公園のオープンの日が訪れた。このオープンセレモニーにも
なお、例によって高尾駅から日出村に続く沿道は日の丸の小さな旗を振る人たちで溢れかえっていた。警戒体制も厳重を極めており、多くの兵士や警察官が野次馬整理に当たっている。これが分かっていたのでスパは臨時休業とした。
当然多くのマスコミも押しかけてきている。
「それでは夏篠宮聖仁陛下よりお言葉を賜りたく存じます。陛下、よろしくお願い致します」
「本日、ヨウミ記念公園が開園の日を迎えたことを喜ばしく思います」
公園はヨウミ記念公園と名づけた。
「この公園は子供たちの健やかな成長をとの願いにより、ドイツを祖国とするヨウミレイヤさんが興された株式会社ハラルドハラルにより整備されました。なお多くの企業、人も公園整備に大きく貢献されています。
公園にはかつて世界大戦で活躍した戦車や戦闘機などが展示されておりますが、これはただ兵器を見世物とするためではなく、今日の平和が戦争で失われた国民の犠牲の上に成り立っていることを忘れないためです。
彼らの尊い命に思いを致すとともに、都民、国民の生命、身体、財産を守るため、長年にわたってこの国を守護してきた軍の皆さんのたゆみない努力に敬意を表します。
また、絶滅危惧種たる恐竜を保護し飼育されることを決められたヨウミレイヤさんにも、生物学の研究者として深く感謝の意を表します。
終わりに、これより積み重ねられていく歴史を通じて様々なことを体験、経験した子供たちが、皆さんが、今後も健やかに過ごされることを切に願います」
「夏篠宮聖仁陛下、お言葉ありがとうございました。続きまして第三皇女、夏篠宮和子殿下よりお言葉を賜りたく存じます。和子殿下、お願い致します」
「私は昨年の夏休みに初めて恐竜の飼育施設を訪れました。恐竜は今から二億三千万年もの昔にこの地球に誕生し、約一億六千万年の長きに渡り栄華を誇っておりました。
ですが中生代末期にあたる白亜紀の終わり、およそ六千六百万年前にほとんどが絶滅してしまいます。その中でわずかに生き残ったのは、鳥類を除けば飼育施設にいるのと同じ種しか確認されていません。
陛下と私の研究で、彼らには十歳の子供と同程度の知能があることが分かりました。生物学をテーマとする私にとりまして、彼らとの出会いは奇跡としかいいようがありません。
このような機会を下さったヨウミレイヤさん、本当にありがとうございます。皆さんもぜひ恐竜たちに会いに来られ、この公園でのんびりした一時を過ごされてみてはいかがでしょうか。
ご静聴、ありがとうございました」
「夏篠宮和子殿下、ありがとうございました」
その後、
なお、この日は天皇陛下と和子様が来るということで多くの小中学校から問い合わせが殺到し、恐竜飼育施設の見学には日本全国から三百を超える申し込みが寄せられたのである。
選ばれたのは小学校七校と中学校三校の合わせて十校。もちろん完全ランダムで選んだが、問い合わせてきた中に全校生徒数十五名の、とある地方の
ハラルが電話で連絡すると、受けた相手の校長先生が男泣きして何度も何度も感謝の言葉を繰り返していたそうだ。また日帰りは不可能な地方だったので、陸将補にお願いして軍の出張所に宿泊させてもらうことになったのである。
これでまた校長が大泣きしたのは言うまでもないだろう。きっと今夜は歓迎会のはずだから、そこでも泣くんじゃないかと思う。
なお、抽選に漏れた学校のため、陛下と和子様のお言葉は休憩所施設にて録画を視聴出来るようにした。それほど長い時間ではないので、子供たちも飽きることはないだろう。
「ヨウミさん、ヨウミレイヤさん!」
スピーチを終えたところで見知らぬ男性から声をかけられた。スーツを着ているもののなんとなくヨレヨレだ。しかし人の良さそうな顔は好印象である。
「どちら様でしょう?」
「花丸小学校の
「ああ、校長先生ですか。初めまして」
「この度は本当になんとお礼を申し上げたらいいか」
やめろ、泣くな!
「いえいえ、お気になさらずに」
「ほら、皆もお礼を言いなさい」
「「「「ありがとう」」」」
「「「「ございます!!」」」」
校長の周りにいた子供たちが可愛くお辞儀しながら元気に礼を言ってくれた。そこへ
「へ、へへへ、陛下ぁ!? 和子殿下までぇ!?」
「ヨウミさん、こちらの方は?」
「野口栄一さん、今回招待した花丸小学校の校長先生です」
「そうでしたか。遠いところをお疲れさまです」
「も、もったいない! 先ほどの陛下のお話には感動致しました!」
「それはよかった。子供たちのこと、これからもよろしくお願いしますね」
「は、はは、はいっ!!」
念のために言っておくと、校長の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。和子様はしゃがんで子供たちの相手をしている。側衛官も護衛官も割って入るような野暮をしないところはさすがと思えた。
ちなみにマスコミ連中と他の学校の先生たちもなんとかこちらに近づこうとしていたが、護衛官たちが完全にシャットアウトしている。
マスコミ各社から寄せられたセレモニーの取材許可要請には応じたが、陛下と和子様に対する取材関連は宮内庁の管轄だ。しかし面倒なことになりそうだったのでそちらは許可しないように根回ししておいた。
花丸小学校以外の学校の先生たちについては陛下や和子様と一言でも言葉を交わしたいところなのだろうが、俺の招待客は違うんだよ。二人の話をライブで聞けただけで満足しておきなさい。
間もなく陛下と和子様はセレモニー会場を後にする。明日は学園に行かなければならないので、和子様もうちに寄らずにそのまま陛下とご帰還だ。
お疲れさま。そしてありがとう。
■参考■
宮内庁:天皇陛下のおことば
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