第七話

和子わこ様、聞こえますか?』

「き、聞こえます!」


 皇族、なつしののみや様の脳内にチップが埋め込まれた。


『声に出さずとも念じれば通じますよ』

『そ、そうでした』

『まあ、慣れるまではとでも念話の練習をして下さい』


「分かりました。あの……」

「じゃ、声でしゃべりますか」


「すみません。出来るだけ早く慣れるようにがんばります!」

「そうして下さい。で、何か?」


「○国の恐竜飼育施設はどうすれば見られるのでしょうか?」

「ああ、それにはコイツが必要なんですけど」


 俺は直径五センチほどに小さくなっている偵察型ドローンの光学迷彩を解除して見せた。


「それがドローン……ずい分と小さいのですね」


「運用時にはその場に適した大きさになります。で、これを操作すれば施設を見られるのですが、そのためには訓練しなければならないんですよ」

「訓練?」


「光学迷彩で不可視にしてますが、実物は存在しているので誤って人や物にぶつけないように操作に慣れる必要があります」


 最速で光速すら超えるドローンはぶつかればタダでは済まない。もちろん貸し出すドローンにはリミッターを設定するが、それでも光速の五パーセント程度は出せるようにしておかないと、地球の裏側まで到達するのに時間がかかり過ぎてしまう。


 そう言えばいのづか陸将補はその速度に驚いていたが、もしかして秒速一万五千キロでも速いということなのだろうか。


 そんなことを考えていると、この世界での最速の飛行体のデータをハラルが送ってきた。ボイジャーと呼ばれる無人宇宙探査機の持つ秒速十七キロ弱が該当するようだ。しかしその速度に達するにはスイングバイ、天体の重力を利用して繰り返し加速を行う必要があるという。


 惑星探査の際に大気圏内では亜光速での移動が常だったので、理解しにくいところである。


「ただ和子様はと違って毎週末にシミュレーターに通うなんて無理ですよね」

「お父様……陛下に事情を説明出来れば不可能ではないのですが、それこそ無理ですものね」


「まあ気長にやっていきましょう」

「あー、もうっ! もどかしいったらありません!」


「ちょっとした時間がある時に言って下されば、私がドローンを操って見たいところを見せて差し上げますわよ」

「そんなことも出来るのですか!?」


「チップに映像を送れますから。レイヤ、よろしいですわよね?」

「美祢葉の訓練にもなるし、いいんじゃないか?」


「あ、でも光学迷彩スーツの方が早く慣れたいです!」

「皇族の和子様でもやっぱり思い通りに服装や髪型を変えられるのが魅力的ですか?」


「当然です! 私だって女の子なんですから!」


 その辺りは美祢葉と同じか。個人的には和子様ならギャルと呼ばれているファッションを見てみたいと思う。あとはそうだな、ハラルがドレイシー柔術の正装と宣わった青いフィッシュテールドレスとかいいかも。


 あれを着せて立ったまま……


「「レイヤ様!」」

「レイヤ!」

「レイヤさん!」


 あれ、ハラルと美祢葉は分かるが、何故和子様が顔を赤らめて睨んできてるんだ。ま、まさか!?


「レイヤ、和子様にそんなことをするなんて!」

「あの、殿方がそのようなことを想像されるのは分かっていますが、さすがに目の前でされると恥ずかしいです」


「いや、待て待て待て! まさか和子様も俺に対してフルアクセス!?」


「男性の心の動きをお知りになりたいと言われましたので。もちろんレイヤ様がすごくとても激しくえっちだということは伝えました」

「ですがまさかこんなにすぐとは……」


 ハラルとルラハが呆れ顔で毒を吐いてきた。いや、これ絶対に俺は悪くないだろ。


「だ、大丈夫です! 先に聞いておりましたし少しびっくりしたのと恥ずかしかっただけですから」

「なんかすみません」


「ですがレイヤさん、さすがに実際にお相手するわけには……」

「わ、分かってますから! もうしませんから!」


「あら、それはそれで女として少し寂しいですね。でしたら私を想像される時は先に教えて下さい。そうすればモニターおふ〜にしますので」

「ハーラールー、お前は絶対お仕置きだからな」


「それは楽しみですが、でしたらルラハと美祢葉さんも同罪だと思います」

「異議なしです、レイヤ様」


「私も異議はありませんわ。ぜひ私にもお仕置きというのをして下さいませ」

「はっ? いや、ちょっとそれは……」


 俺が三人にお仕置きされるパターン、というか美祢葉も参戦するのかよ。ところが俺のピンチはさらに続く。


「もしかしてそのお仕置きというのはえっちなお仕置きのことですか?」

和子わこ様?」


 いかん、和子様が興味津々の目を向けてきている。


「レイヤ様が私たちにしたいことを思う存分されるんです。それはもう、何度も何度も」

「精力回復剤を飲んで朝まで寝かせてもらえないんですよ」


「いや、それ逆だから! 回復剤は俺の方が飲まされるんだから!」

「面白そう! さすがに参加は出来ませんが、モニターしてもいいですか?」


和子わこ様、脳内チップで感覚共有なさいますか?」

「そんなことも!?」


「お知らせした通り私とルラハはドールですので、データとして送ることが出来るんです。さんは出来ませんけど」


「黙れ!!」


 これ以上はさすがにマズい気がする。


「ハラル、機能停止を命じるぞ! ルラハもだ!」


 機能停止とはハラルとルラハそのものを停止するという意味ではない。そんなことをすれば何百ものドローンの活動を維持出来なくなってしまう。ではどうするか。


 答えは簡単だ。


 ハラルは元々宇宙船ハラルドハラルの頭脳であり、船内では単なる立体映像だった。また、ルラハはハラルの予備として作られただけで、中身はハラルと全く同じ人工知能である。


 二人はこの地に降り立つに当たりドールの体を器にしているに過ぎないので、機能停止とはその器を取り上げるということだ。


 まあ実際そこまでするかというと、俺も二人に対する愛着を否めないほどには依存しているから簡単ではないかも知れない。


「申し訳ありません。調子に乗りすぎました、マイマスター」

「私もです、マイマスター」


「俺は出来るだけお前たちと楽しくやりたいと思ってるんだ。しかし公開停止にされたらどうする?」

「公開停止、とは何ですか?」


「何でもいいんだよ! 様も、少しはお立場を考えて下さいね!」

「はい、反省します」


「美祢葉、君には本当にお仕置きが必要だな」

「へっ?」


「嬉しそうにするな。期待を裏切って悪いが美祢葉は今日から一週間、念話とドローンの操作権限を剥奪する」

「え……そ、そんな……」


「ハラル、切れ」

「はい、マイマスター」


「ちょ、ちょっと待っ……いやぁ! レイヤ、許して下さいましー!」


「だめだ。と言うわけで和子様、念話の練習相手は美祢葉の禊が済むまでハラルとルラハに務めさせます」

「わ、分かりました」


「それとハラル、お前とルラハも含めた全員の俺へのフルアクセスモードは解除。これは命令だ。分かるな」

「はい、マイマスター」


「ま、そう悄気しょげるな。そのうちまた許可してやるから」

「いえ、これほどまでにマイマスターを怒らせてしまったのですから、許可されるのでしたら美祢葉さんのみとして下さい」


「そう言われてもな、俺も楽しんでいたのは事実だし、思考に貴重な意見や助言をもらえるのはありがたいからいずれ二人のフルアクセスも許可する」

「「はい、マイマスター」」


「和子様は申し訳ありませんが、フルアクセスモードは解除したままとさせて頂きます」


「え、ええ……レイヤさん、すごいですね」

「はい?」


「普段は飴だけを与えているのに、鞭を振るう時は突然でしかも容赦ないと言いますか」

「そうですか? まあ確かに美祢葉には少しキツかったかな」


 涙目を向けてきている美祢葉を抱き寄せると、俺の胸で声を立てて泣きながら謝っている。


「ハラルとルラハには厳密に命令と宣言しない限り、行動は本人たちの裁量に任せています。ですが今回はちょっと度が過ぎた」


「そうですね。私も立場的に止めるべきでした。でもどうして私の念話機能は停止しなかったのですか?」

「早く慣れてほしいからですよ。他意はありません」


「何だか美祢葉さんが可哀想です」

「合同合宿中は行動を共にしますし、帰ったら寮に戻るだけですからいつでも会えますので」


「レイヤ、私のこと嫌いになってない?」


 俺を泣きそうな顔のまま見上げてくる美祢葉が可愛い。と思ったところで気づいた。念話のフルアクセスモードを切ったので、この思いは口に出さないと彼女に伝わらないのである。


 そう考えると俺も楽してたんだよな。


「美祢葉、こんなことくらいで嫌いになるわけないじゃないか。可愛い美祢葉」


「ほんとう?」

「本当だとも」

「よかったぁ!」


「ハラルとルラハもおいで」

「「はい! レイヤ様!」」


「あのー、すみません」

「はい?」


「私の存在を忘れてませんか?」

「あ、あははは……和子様もきます?」

「はいっ!」


 ま、マジかよ。皇族のお姫様が美祢葉に覆い被さるようにして俺の首に両腕を回してきたのだ。鼻腔をくすぐる甘い香りは、もはや誰から漂ってきているのか分からなくなっていた。

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