第十三話

「ヨウミレイヤ君、突然呼び出してすまない」


 ○国の海賊船を撃沈した翌日、俺は再びありはら海運の社長室を訪れていた。部屋には社長の在原太確たかくと彼の娘でクラスメイトの、それに俺の三人だけである。


「いえ、相談があるとのことでしたが?」

「まあかけてくれたまえ。ヨウミ君、コーヒーでいいかな?」


「ええ、ブラックで」

、彼と私にコーヒーを」


「はい、父上様」


「まずは映像と報告に感謝する」

「いえ、契約ですので」


 太確たかくはテーブルにコーヒーが置かれ、娘が隣りに座ってからカップを手に取った。


「実は困ったことになってね」

「はい?」


「あの件でしば外務次官と島森しまもり軍務次官がやってくるんだよ」


 次官は各省庁職員のトップだが、上に立つ大臣たちよりも専門知識に優れている。決してお飾りではなくその道のプロなのである。


 誤解のないように付け加えておくと省庁そのもののトップは大臣だ。しかし大臣は職員ではないため次官が職員(公務員)のトップというわけである。


「次官が二人もですか?」

「どうやら海賊船撃沈の件が大問題になったようでね」


「なるほど、それで憲兵がうろついていたわけですね」

「私はこの建物から出ることを禁じられてしまった」


「次官たちの用件は何です?」

「まだ聞かされてはいないが昨日の今日だ。どうやって海賊船を撃沈したのかというところだろう」


 大臣や議員、軍のトップなどには偵察用ドローンを張りつけていたが、次官は守備範囲外だった。ハラルに念話で二人の次官に加え、全ての省庁の次官にドローンを向かわせるよう指示を出す。


「知らぬ存ぜぬを通すわけには?」

「いかないだろうね。あの状況は軍事衛星などで捉えられていても不思議ではない」


 ハラルから確かに衛星に捉えられていたとの念話が届いた。しかもそこには海賊を救助せずに立ち去るありはら海運のコンテナ船も映っていたと言う。どうやら言い逃れは難しいようだ。


「分かりました。そちらは対処しましょう。ところでさんも建物からの出入りは禁止されているのですか?」

「うん。娘には申し訳ないと思っている」


ゆめ学園への連絡は?」

「少なくとも今日と明日は欠席と伝えてあるよ」


「では私もありはら海運の用事で欠席すると伝えてもらえますか?」

「分かった」


「それとハラル……私の従者をここに呼びたいのですが構いませんか?」

「構わない。名前はハラルさんでいいのかな?」

「はい」


「では入り口で名乗るように伝えてくれ。もしそれで通じなければ私の名前を出してくれて構わないと」

「ありがとうございます」


 俺はスマホで通話するフリをしてハラルに念話を送る。それを見た太確たかく社長は内線電話で俺の欠席とハラルの来訪の件の指示を出してから、再びこちらに視線を向けた。


 社長が内線電話で通話中に俺は念話でハラルにもう一つ別の指示を加えた。これが今回の件の切り札になるはずだ。


 そしてその日、俺は訪れたハラルと共にありはら海運の来客用の部屋に泊まることになった。ハラルは光学迷彩で憲兵から姿を隠してきたので、彼らに尋問されることはなかったそうだ。


 建物の入り口にも憲兵がいたが、ちょっとした騒ぎがあって持ち場を離れていたらしい。何をしたかは聞かないことにしておこう。


 憲兵六人を従えて次官二人がやってきたのは、翌日の午前九時ちょうどだった。



◆◇◆◇



 応接室には全員入りきらなかったので、俺たちと次官二人、憲兵六人はありはら海運の会議室に移った。二カ所ある入り口には憲兵が二人ずつ立っている。逃走防止ということだろう。逃げる必要はないのだが。


「外務次官のしば努希ゆめきです」

「軍務次官の島森しまもり大夢ひろむです」


「社長の在原太確たかくと、こちらは娘のです」

「在原社長、そちらのお二人は?」


「ヨウミレイヤと申します。美祢葉さんのクラスメイトです」

「ハラル、レイヤ様の従者です」


「クラスメイトのヨウミさんとその従者の方が何故この場に?」

「今回の件に無関係ではないからですよ」


 次官は二人とも訝しげな表情を浮かべたが、銃を抜こうとした憲兵を制したのはさすがだ。


「だとするとヨウミさんは我々がここを訪れた用件をご存じということですか?」

「まあ、当たらずとも遠からずと思ってます」


「ふむ。では早速本題に入らせて頂きましょう。ですがその前に、ここでの話は一切を他言無用とさせて頂きます。この禁を破れば最悪、国家反逆罪に問われると認識しておいて下さい」


「それは恐ろしいですね。では話を取りやめるのいうのはいかがです?」

「ヨウミさん、用件が分かっていると仰ってましたが、それでもそんなことが通じるとお思いですか?」


しば次官殿、質問したのは私です。それとも質問に質問で返すのが外務省のやり方ですか?」


 今度は憲兵が制止を聞かずに銃を構える。しかし怯えたのはだけで俺とハラルはもちろん、太確たかく社長も全く動じた素振りを見せなかった。


「美祢葉さんが怯えています。銃を降ろすように言ってくれませんか?」

「ヨウミさんは堂々とされてますね」


「ええ。銃など我々には無意味ですから。しかし引き金を引いた瞬間、あの海賊船と同じことが次官殿と憲兵殿たちの身に起こると覚悟して下さい」


「なっ!? お前たち、銃を降ろせ!」

「ですが……」

「いいから言う通りにしろ!」


 憲兵全員が銃を降ろしたのを見て、島森しまもり軍務次官が口を開く。


「どうやらヨウミさんは海賊船の件を深くご存じのようだ」


「その前に、こちらからもここでの話は他言無用に願います。この禁を破れば最悪、同盟国のドイツが黙っていないとお考え下さい」

「ど、ドイツ?」


「ええ。私は日本人ですが、実家はドイツのヨウミ伯爵家ですので」


 あらかじめ俺の参加が分かっていれば調べておくことも出来ただろうが、彼らにとっては不意打ちに他ならないだろう。次官二人が互いに顔を見合わせ、今後の対応に苦慮していることがありありと窺えたのだった。

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