第十二話

「あれが海賊? が軍艦と言ってたのはこういうことだったのか」


 八丈島のはるか東の太平洋上で、ありはら海運のコンテナ船が○国の海賊船に追われていた。その海賊船だがどう見ても巡洋艦クラスの軍艦だったのである。


 巡洋艦とは様々な攻撃能力を備え、駆逐艦より大型で戦艦より足が速く航続力にも優れる軍艦のことである。ただし実際のところ定義は国の主張によるところが大きく、駆逐艦も大型になってきているため区別はあまり意味を成さないようだ。


 コンテナ船も対海賊用に武装しているものの、軍艦相手では火力が違い過ぎて全く意味を成さないだろう。巡洋艦(海賊)からの降伏勧告に対し、すでに白旗を掲げている状況だった。


「レールガンで仕留めますか?」

「いや、真上からエアバレット砲で艦体をへし折ってやれ」

「分かりました」


 海賊船の甲板上では、コンテナ船に乗り移るために船員が集まっている。放っておけばコンテナ船の乗員は最悪皆殺しにされるだろう。ありはら海運の社長、の父親在原太確たかくが○国の海賊に襲われた船の末路を悔しそうにそう語っていた。


 陸軍日出ひで村出張所で美祢葉から相談を持ちかけられた二日後、俺は在原海運の社長室に招かれ、その場で百億円の護衛ビジネスが成立したのである。


 期間は一年間。まさかそこまで早く話が進むとは思ってなかったが、それだけ被害が甚大なのだと父親に聞かされた。


 なお、初回に限り録画した海賊船の撃沈映像をで提供することになっている。ただし俺とハラルの会話は聞かれるとマズいのでデータには乗せない。


「海賊船に電磁シールド展開。全通信機能を遮断します」


 ハラルが無機質な表情と声で淡々と作戦を進めていく。


「コンテナ船に重力シールド展開。攻撃型ドローン、武装ロック解除。エアバレット砲、出力三パーセント。発射します」


 エアバレット砲の発射音は実に地味だ。攻撃型ドローンは海賊船の上空千メートル付近にいるので、甲板上に出ている者たちにさえボフッという音は聞き取れないだろう。


 映像では突然艦橋の後ろ辺りが派手に凹み、艦首と艦尾を海面から浮き上がらせて艦体がくの字に折れ曲がっていた。甲板にいた者たちは為す術なく海に投げ出され、運よく手すりなど掴めた者も滑ったり力尽きたりして落ちていく。


「申し訳ありません。出力が足りませんでした」

「うん? 十分じゃないか?」


「いえ、もう少しきれいにポッキリとやるつもりでしたので」

「あー、うん。次から頼む」


「二射目は不要ですか?」

「直に沈むだろ。撃たなくていいよ」


「分かりました。コンテナ船の重力シールドを解除し作戦を終了します」


 本来なら人道的観点からコンテナ船はたとえ相手がであっても、海に投げ出された者を救助しなければならない。しかし○国の海賊はしたたかで、助けられても恩を仇で返すような行為を繰り返していたのだ。


 コンテナ船の乗員はそれを知っていたのか、掲げた白旗を早々に下ろして沈み始めた海賊船に船尾を向けた。


「溺れる海賊たちの映像は削除してからありはら社長に送っておいてくれ」

「よろしいのですか? その映像も希望されていたはずですが」

「だってほら、あれだし」


 ヨゴレ、俺の知識の中に外洋に棲む人食いザメとして恐れられていたという記録があった。それがわらわらと集まってきて海賊たちを食らい始めていたのである。


 辺りの海は真っ赤に染まり、恐怖に怯えて逃げようともがく者を水中に引きずり込んでいく様は見ていて吐き気を催すばかりだ。さすがにこの映像は見せられないだろう。


「あんな外洋に投げ出されれば、運良く救助されない限り口渇こうかつで持って三日がいいところだろ」

「海水は飲み水にはなりませんからね」


「あれも自分たちがしてきたことの報いだ。ざまあ見ろとは思わないが、冥福を祈る気にもなれないな」


「ではやはり救助はされないと?」

「必要ないだろう」


「承知しました。ドローンを帰還させます」


 その他いくつかの海域で○国ではない海賊に襲われた船があったが、そちらの撃退後の始末はありはら海運の船に任せることにした。



◆◇◆◇



「次官、○国から抗議が届いております」


 外務次官のしば努希ゆめきは、モニターに映し出された抗議文に軽く目を通すとファイルを閉じて削除した。


「以前在原ありはら海運から海軍に出動要請があったと記憶しているが、あれは蹴ったんじゃなかったのか?」

「はい。海軍は作戦行動を起こしておりません」


「しかし抗議文には巡洋艦が撃沈されたと書いてあったぞ」

「海軍は関与を否定しておりますし、確かに現地に向けて艦艇が出撃した形跡もありません」


「潜水艦じゃないのか?」


「衛星からの映像ですと魚雷やミサイルでの攻撃とは見えず、何とも不可解なやられ方をしてるんです」

「映像があるのか。見せてみろ」


 しば次官は映し出された映像に怪訝な表情を浮かべるしかなかった。○国の巡洋艦は何の前触れもなく、突然真上から巨大な岩でも落とされたかのように中心付近が陥没、艦体がくの字に折れ曲がって沈んだのである。


 しかもそんな岩の姿はない。むろん新兵器を開発したなどという報告も上がってきてはいなかった。


「何だこりゃ!?」

「ね、不可解でしょう?」


「この映像は○国も見ているのか?」

「間違いなく。あちらさんはありはら海運のコンテナ船が新兵器を積んでいるのではないかと疑っているようですね」


「民間の船に新兵器なんか積ませるかよ。そもそもそんなモンねえし」

「どうしますか? 向こうは次官級協議を求めておりますが」


「戦争をちらつかせて情報を得ようって魂胆だろ」

「まあ、そうでしょうね」


「あの沈められた巡洋艦に国旗は?」

「掲げられてませんでした」


「だとするとか。前にありはら海運が○国に海賊船の件で抗議したことがあったよな?」


「ええ。それに対する返答は"我が国に海賊行為を行うような国民はいない"だったと記録があります」

「じゃ、それで突っぱねてやれ」


 ――貴国の求める次官級協議には応じられない。理由は以下の通り――


・大日本帝国は貴国の艦艇を撃沈していない。

・大日本帝国は撃沈された艦艇を海賊船と認識している。


ありはら海運のコンテナ船が人命救助を怠ったのは遺憾ではあるが、海賊船はこれまで数多の船員を無残に殺していた。よってこれは海賊共の自業自得とし、在原海運に責はないものとする。


・貴国も映像を見ただろうが、あのような攻撃を可能とする兵器を大日本帝国は持ち合わせていない。


・撃沈された艦艇が海賊船ではなく貴国の巡洋艦とされるならば、これまで貴国の軍艦が我が大日本帝国の海運船舶に対し繰り返し海賊行為を行っていたことになる。その場合、貴国は我が大日本帝国ならびに海運各社に対し速やかに賠償する必要があり、それは決して小さな額ではないと断言する。


・改めて問う。撃沈された海賊船は間違いなく貴国の巡洋艦なのか。


 この文書を(電子で)送ってから数時間後、○国から撃沈されたのは巡洋艦ではなく海賊船であり、次官級協議の要求を取り下げる旨の連絡が届いた。


「おい、ありはら海運の社長にアポを取れ。大至急だ!」

「えっと、用件は何です?」


「今回のあれ、在原海運が知らないわけがないだろ」

「なるほど、あの兵器をどこが開発したか聞き出すんですね?」


「そんななまっちょろいモンじゃないぞ。あの兵器はヤバい。軍務次官の島森しまもり大夢ひろむ殿にも至急報告とありはら海運へ同行を打診しろ。憲兵も何人か連れていく」


「しかし自然災害と逃げられたらどうされます?」

「自然災害なら海賊共を救助しなかった理由がつかないだろ」


「あ、確かにそうですね」

「大体あんな自然災害があってたまるか!」


 在原海運が二人の次官の訪問を受け入れる日程は二日後と決まった。

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