第十話

 寮から日出ひで村までは、メンバーのたっての希望で俺の自動車エルフォートで向かうこととなった。まずは新宿から首都高に乗っておよそ一時間のドライブである。


 途中渋滞もなく八王子インターを降りて、そこからさらに一時間ほどで目的地の日出村に到着した。


 そのまま自動車エルフォートを自宅の敷地に停めるわけにはいかないので、軍の出張所の駐車場を使わせてもらう手はずとなっている。


「すごい!」

「大っきい!」

「ようこそ、大日本帝国陸軍日出村出張所へ」


 出迎えてくれたのは猪塚いのづか陸将補本人だった。もちろん護衛の兵士に囲まれているが、俺が皆に紹介したところで全員固まってしまったのは言うまでもないだろう。彼らにとって陸将補は雲の上の人物なのだから。


 俺とハラル、ルラハ以外の全員が直立敬礼したので仕方なく合わせた。陸将補が笑いを堪えていたのは少し悔しい。


「あ、あれはまさか……!?」


「AH-64E、アパッチ・ガーディアンだね。皆さんを乗せて遊覧飛行というわけにはいかないが、コクピットを見せてあげるくらいは出来るよ。撮影は禁止だけどね」

「本当ですか!?」


 妙に興奮しているのは世界を股にかける超有名劇団の座長の一人息子、浅井あさいつばさだ。彼はミリオタ(ミリタリーオタクの略。兵装や軍関係に強い関心を持つ人のことを言う)なのだろうか。


 ちなみにアパッチ・ガーディアンは世界最強の攻撃ヘリと称されたAH-64D、アパッチ・ロングボウの後継機である。俺の元いた地球ではアメリカ合衆国のボーイング社が開発元だったが、こちらでは日本が同社の開発を主導したようだ。


 ふらふらとヘリに向かおうとする浅井の首根っこを掴んで、俺たちは案内に従って出張所内へと向かった。さすがにその時点で陸将補は去っており、女性兵士が部屋へと先導する。いや、待て。


「皆さんのお世話をさせて頂く若林わかばやしはるかです。滞在中、分からないことなどがあれば気軽に声をかけて下さい」


 どうしてドレイシー柔術の門下生の彼女が世話役なんてやってるんだ。しかも当然、彼女は俺たちに気づいている。もっともそんな素振りを微塵も見せないところを見ると、こちらの意図は陸将補から伝えられているようだ。


「可愛らしい兵士さんですわね」

「ふふ。ありがとうございます」


 在原ありはら美祢葉みねはが呑気にそんなことを口にする。ソイツは柔術のインターハイ優勝経験者で、ドレイシー柔術の門下生だけどな。小さいし確かに顔は可愛いと認めるが、実際は負けず嫌いで性格も荒々しいぞ。


 最近はハラルやルラハに試合を申し込み、コテンパンにやられまくっているらしい。しかしその都度成長が見られるため、二人も指導が楽しいと言っていた。


「この後のスケジュールですが、試験のお勉強をされるとのことですので第六会議室にご案内します。昼食もそちらにお運びする予定ですが構いませんか?」

「お昼は食堂ではございませんの?」


「兵士たちも利用しますので」

「私たちは一緒でも構いませんわよ」


「あの……汗と油の匂いが少しかなり

「そ、そうですの。分かりましたわ。会議室の方へお願い致します。皆さんもそれでよろしくて?」


 全員が苦笑いしながら肯く。


「午後は軍学についていのづか陸将補閣下が直接教鞭を取って下さいます。一時間ほどですがよろしいですか?」


「り、陸将補閣下が直接!?」

「そんな、もったいない!」

「何という幸運!」


「み、皆よく考えるんだ。これで赤点なんか取った日にはどうなるか……」

「「「「「ぐっ……」」」」」


「軍法会議モノでしょうね」

「「「「「ひいっ!」」」」」


 若林め、学生をからかうんじゃない。


「夕食は午後七時頃に会議室に運びます。お風呂は皆さんスパをご利用と伺っておりますが、間違いありませんか?」

「間違いありません」


「では午後十時より少し前にお迎えに上がります。それまでの間にアパッチをご覧になりたい方は案内しますので、給仕の者に伝えて下さい」


 翼はすぐにでも行きたそうな顔をしているが、週末とはいえ有事に備えている昼間の見学は不可能で、彼の様子に気づいた若林からもそのように説明されていた。


 昼食、猪塚陸将補の軍学講義とテスト勉強、夕食とスケジュールを消化し、早々に翼はアパッチの見学に出ていく。驚いたことにを除く面々もなかなかない機会だからと、彼についていってしまった。


「レイヤさん、ご相談があるのだけど」


 風呂までの間、部屋で寛ごうハラルたちとイチャつこうと思って会議室を出ようとしたところで、俺は美祢葉に呼び止められた。


「レイヤさんのお部屋に行ってもよろしいかしら? もちろんハラルさんとルラハさんも一緒で構いませんわ」

「いいけど……」


 俺はハラルとルラハに交互に視線を向けたが、二人も彼女の意図は分からないようだった。

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