第四話

 予定より早い午前十一時を少し過ぎたところで、俺たちは目的地である山羊山やぎやま公園の駐車場に車を停めることが出来た。週末にも関わらずすんなり入場出来たのは迦陵かりょうみなとのお陰である。


「うちの親がここの筆頭株主なんだよ」


 さすがは財閥の令息というわけだ。つまり俺たちが入ったのは一般用ではなく関係者用の駐車場だったのである。ちなみに一般用の駐車場にはすでに空きを待つ列が出来ていた。


「湊坊ちゃん、お待ちしておりました」


磯貝いそがいさん、坊ちゃんはやめてくれないかな。皆の前で恥ずかしいよ」

「これは失礼しました」


「紹介するね。彼は磯貝時温ときはるさん。ここの園長だよ」

「皆さま初めまして。当園の園長をやっております磯貝です」


 年齢は六十歳とのことだが、白髪が混じっているものの髪は比較的ふさふさしている。きっちりとスーツを着込んでおり、スタイルもいいので好ましい品が感じられた。


 全員名前だけ言って挨拶を済ませると、みなとが芝桜の状態を尋ねる。


「開花はどんな感じ?」

「まだ三分咲きといったところでしょうか」

「やっぱり少し早かったみたいだね」


「それでも花は若いのできれいですよ」

「花が若い?」


 思わず疑問を口にしたのは木納きのうしおりだ。揶揄する意図はないが、メガネをかけた地味少女である。


「多くの花は咲き始めが一番きれいなんです。とは言いましても満開と言われる状態が一番なのですが、人間に例えるなら同じ二十代でも二十歳と二十九歳では違いますでしょう?」

「なるほど」


「磯貝さん、それあまりあちこちで言わない方がいいと思いますよ。木納さんは納得してくれたみたいですけど」

「これは迂闊でしたね」


 まあ、例えとしては分かりやすかったのではないかと思う。満開状態が二十代だとして、二十歳は満開になったばかり。二十九歳は間もなく枯れ始めるというところだ。


 もちろん人間が二十九歳から枯れ始めると言いたいわけではない。しかし肌の艶や張りを考えるなら、そこそこ的を射ているのではないだろうか。


 そんな話をしている間に、ボディーガードたちはバーベキューの機材や食材を降ろしていた。バーベキューが出来るのはここから徒歩で十分ほどのところにある専用のガーデンだ。すでに一般客が入れないよう場所を確保してあるとのことだった。


 筆頭株主の権力ってやつか。


 さらに驚いたのは、職員が使うカートが用意されていたことである。四人乗りだが職員の一人が運転するので、客として乗れるのは一台につき三人まで。それが三台あった。


 ボディーガードたちは徒歩になるが、彼らは元々予定外の付き添いなので致し方ないだろう。荷物はカートに乗せられるので、手が塞がらないだけマシと思ってもらうしかない。


 なお、カートの振り分けはクジ引きではなく俺とハラル、ルラハで一台。湊と美祢葉みねはしおりで一台。劇団座長の一人息子であるつばさと銀行頭取の次男弘達ひろよしに、磯貝園長を加えた三人で一台となった。先頭は案内役でもある園長搭乗車両である。


 カートの速度は安全のため、徒歩とさほど変わりはない。その三台のうち、俺たち以外のカートをいかつい黒服の男たちが囲んで進む。初めはこちらにも付こうとしたのだが、不要だと伝えたら反論もせずに離れていった。


 職務に忠実だと思っておこう。実際必要なんてないしな。


「なんかごめん」

「申し訳ありません」


 弘達ひろよしがそれぞれのボディーガードを睨んだ後、カートを俺たちの方に寄せて謝ってきた。


「気にしなくていいよ。職員のお兄さんも困ってたし」


 というかお兄さんは思いっきりビビっていたのだ。初めはハラルとルラハが乗ると分かって鼻の下を伸ばしていたのだが、黒服に囲まれたとたんに見て分かるほど震えて出したのである。


 他の二台のカートを運転する職員は、二人とも三十代後半と思われる女性だった。


 バーベキュー専用ガーデンに到着すると、パーティションで囲まれたかなりの面積の敷地に案内された。正直俺たち八人どころかボディーガードたちを加えても広すぎると言わざるを得ない。


 このせいで一般客が割を食っていると思うとさすがに申し訳ない気になってくるよ。俺と同じような考えの持ち主はおそらくしおりだけで、他は慣れっこなのか普段からそうなのかは分からないが気にしている様子はなかった。


 とは言え栞も夢の葉学園の生徒であることに変わりはないのだから、単に俺の独りよがりの可能性もある。どっちでもいいか。


「手際がとても素晴らしいですね。ハラルさんとルラハさんは普段からお料理されるのですか?」

「はい。私たちにとってはレイヤ様の健康維持も仕事の一つですので」


 ハラルたちの手際に感心しているのは美祢葉みねはである。社長令嬢には専属の料理人とかが付いていそうだよな。


「こんな美人二人に言われて羨ましい限りだよ、レイヤ君」

みなと君だっていつも女の子に囲まれているじゃないか」


 ところで俺はボディーガードたちの視線が気に入らなかった。彼らは明らかにハラルとルラハを嫌らしい目で追っているのだ。彼女たちもそれには気づいているようで、何とかしてほしいとの念話が飛んできていた。


 そこで俺は弘達ひろよし美祢葉みねはにそれとなく注意してもらうことにしたのである。


「弘達君と美祢葉さん、ちょっといいかな」

「ん? どうした?」

「何かしら?」


「ハラルたちが二人のボディーガードからあまり気分のよくない視線を感じるそうなんだ」

「「えっ!?」」


「さっきから彼女たちがアイコンタクトで知らせてきてるんだよ」


 二人が顔を向けずにそれぞれのボディーガードを目で追う。


「確証はありませんが、確かに女の立場ですと疑わしいですわね」

「僕は分からないけど在原ありはらさんはそう感じるんだ」


「どちらかと言うと弓倉ゆみくら君のボディーガードですわよ」

「本当に!?」


「追い出しましょうか」

「うん、友達に嫌な思いをさせたくはないからね。追い出そう!」


「二人とも済まない」


「何を言ってるのさ!」

「そうです。謝らねばならないのはこちらですのに」


 二人の問い詰めに当然否定を返していたが、主の令息と令嬢に逆らうことなど許されるわけはない。結局ボディーガードは全員パーティションの外で警護することとなったのである。


 なお、決め手となったのは美祢葉のこのセリフだ。


「女は男がどこを見ているか敏感に感じますのよ」


 俺もハラルたちに向ける視線には気をつけることにしよう。

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