第十二話

 ドレイシー柔術道場の話をしよう。


 現在、道場に通ってきているのは大日本帝国陸軍高尾駐屯地から四名、武蔵野駐屯地から三名、秋津駐屯地から三名の合わせて十名の女性兵士である。全員二十代だが前半から後半まで年齢は幅広い。


 そんな彼女たちは陸軍の日出ひで村出張所に建設された仮宿舎で生活を送っている。高尾駐屯地からなら車でそれほどかからないのでそちらに住めばいいと思うのだが、目下の任務がドレイシー柔術の習得なので、道場に近い方が都合がいいとのことだった。


「ハラル、見込みがある人はいる?」

「軍人だけあって午前中二時間の走り込みは問題ないようです」


「あんまりムキムキにしてやるなよ」

「いえ、彼女たちがそれを望んでいるのです」

「そうなの?」


「程度の差はあれ、全員何らかのセクハラを受けていたそうなので、そういう目で見られること自体に嫌悪感を覚えていると言ってました」

「あー、なるほどね」


 大変に同情はするが特に動くつもりはないし、俺が何かしたところで解決出来るような問題でもない。陸海空全てのセクハラ軍人に制裁を加えることなど不可能だからだ。俺の仕事でもない。


「道場は男子禁制なのでとても安心していられるそうです。レイヤ様は例外と言っても道場には入られませんので」

「特に用事がないからな。あっても使ってない時に行けばいいし」


「その点は皆さんも感心していましたよ。最初はオーナー面して何やかんやと理由をつけて覗きにくるものだと思っていたようです」

「ハラルとルラハがいるのに他の女に興味なんか湧かないさ」


「嬉しいことを言ってくれますね」

「今夜はハラルと二人でたっぷりサービスして差し上げます」


 実は俺が道場に通う女性兵士と顔を合わせたのは、ハラルたちの主人として紹介された時の一度きりだ。その際の視線があまり好意的とは思えなかったので、以降は会うのを意図的に避けるようにしている。


 おそらく美少女二人を従えているというところも気に入らなかったのだろう。だから歓迎会と称したバーベキューにも参加しなかった。


 そのバーベキューも男子禁制で、道場の敷地内でハラルとルラハを交えて行われたのである。さすがに兵士だけあって準備の手際も大したものだったとハラルたちが驚いていた。


 あと、彼女たちはかなりの量を食ったそうだ。


「来週は九州から女性兵士を招いて試合か」


 実はこれが熊の件で抗議した時、猪塚いのづか陸将補に試合相手を探してほしいと相談した結果だった。


「はい。九州全域から特に柔術に優れた十人を招いて、トーナメント方式で試合の予定です」


「初日は二戦して五人まで絞り、翌日はその五人の総当たり戦で先に二勝した二人が決勝進出だったな」

「はい。一日休みを入れて四日目が決勝戦となります」


「九州から来た選手はどこに泊まるんだ?」


「本人たちから道場に寝具を用意してほしいとの要望があり、親睦を深めるためこちらの女性たちも共に道場に泊まりたいとのことです」

「許可しよう。来るのは女性兵士だけか?」


「いえ。彼女たちが所属する駐屯地から司令と参謀が付き添ってくるようです」

「その人たちは出張所に?」


「はい。来客用の部屋がありますので」


 出張所は二階建てで建築面積約二百坪の巨大兵舎だ。部屋ならいくつもあるだろう。


「じゃ、寝具は二十組か。さすがにベッドは置けないから床敷の布団になるな」

「立川のルルポートかヌトリなら揃いそうですね」


「いや、配送が間に合うならネットショッピングとやらで買った方がいいだろう。さすがに自動車エルフォートに二十組の寝具は入りきらないんじゃないか?」

「では検索してみます」


 敷き布団に掛け布団、枕とそれぞれのカバー、念のため冷え込んだ時を考えて毛布も用意する。さらに低反発のマットレスも買っておけば、硬い道場の床でも体を痛めることはないだろう。


 道場にはキッチンも浴室も完備してあるし、温泉を利用したければ特別にスパのチケットを渡してもいい。食事はキッチンで自炊か、無料ではないがスパのフードコートに行けば色々なメニューが楽しめる。


「寝具はヌトリのサイトにありました。在庫も十分のようですし、配送も今週末で可能です」


「ならそれをポチってくれ」

「ポチ?」


「ネットショップで物を買うことをそう言うらしいぞ。知らなかったのか?」

「ああ、確かにデータベースにありました。変なことをご存じなんですね」


「ポチって割とポピュラーな犬の名前だと思ってたから印象に残ってたんだよ。どうしてタマはないのかなってさ」

「確かに"ポチる"はあっても"タマる"はありませんね」


「"タマる"って言えば"溜まる"の方か」

「レイヤ様、溜まってるんですか? します?」


 話が横道に逸れたお陰で、真っ昼間からハラルとルラハの柔肌と甘い香りを堪能することになった。わざわざ文字の違いを口にしなくても、考えたことは脳内チップを通じて伝わるのである。


 十分に満足してシャワーで汗を流してから、俺は大切なことを思い出した。


「配送先は天然温泉スパリゾート日出村で頼む」

「道場に直接ではないのですか?」


「配送するドライバーが男性だと搬入出来ないだろ。スパ宛なら上野うえの乙原おとばるに運ばせればいい」

「なるほど」


 上野梨奈りんなと乙原あやりは共にスパの従業員で、ハラルたちのように内蔵武装はないが戦闘能力を備えたドールだ。不用意に恋愛対象にならないよう、あくまで俺の主観ではあるが容姿は中の下である。


 ハラルが言った通り、注文した寝具は全て週末に届いた。そして週明け月曜日の早朝、九州から選手の女性兵士十人と博多、筑前ちくぜん前原まえばる、大分、鹿児島の各駐屯地から司令、または副司令と参謀長が到着したのだった。

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