第九話
「ここハ……?」
薄暗い部屋の中でジェームズは目を覚ました。しばらく朦朧としていたが、すぐに自分の身に起きたことを思い出す。ネイビーシールズの元同僚に裏切られた事実をだ。
「気がついたかね?」
「お前ハ……!」
部屋に灯りが灯され、眩しさに眼を細めてから声のした方に目を向ける。そこには満足そうな表情の
二人の左右には彼を裏切った元同僚二人と、両側から屈強な男たちに押さえつけられている、黒く艶やかな肩甲骨までのストレートヘアに栗色の大きな瞳と長い睫毛の女性が見える。
「
「ジェームズ!!」
慌てて助けに行こうとしたが、椅子に括りつけられていて身動きが取れない。
「優羽を離セ!」
「ジェームズ、君には忠告したはずだったが?」
「優羽は関係なイ! こんなことをしてタダで済むと思っているのカ!?」
「心配ないよ。君たちには死んでもらうのだから」
「なッ! 何故優羽まで殺す必要があル!?」
「目撃者だからさ」
「ふざけるなッ!!」
「た、助けて……」
「優羽……頼ム! 私はどうなってもいイ! 優羽を助けてくレ!」
「そうだな、これだけの器量だから薬漬けにするのも一興かも知れないな」
「いやぁっ!」
「ウルサイ! シズカニシロ!」
突然暴れだした優羽を押さえるために二人が力をこめる。その拍子に彼女の足が戸倉の顔面を蹴り飛ばしていた。
「くっ! 女ぁっ! 殺せ! 今すぐ殺せ!」
「やめロー!!」
「あぐっ!」
ジェームズの元同僚の一人が優羽の胸にコンバットナイフを突き刺す。それまで彼女を押さえつけていた男たちが力を抜くと、そのまま倒れて動かなくなってしまった。
「優羽……ウソだロ!? 優羽!」
「君が素直に忠告を聞いていればこんなことにはならなかったんだがな」
「戸倉ァ! 殺ス! お前は必ず殺ス!」
「はっはっは! どうやってだ? それより聞きたいことがある。今回の件は誰の差し金かな?」
「言うわけがないだろウ!」
「まあそうだろうね」
戸倉が優羽を刺したのとは別の、もう一人のジェームズの同僚に肯いて見せる。すると彼は傍らに置いてあった注射器を手に取った。
「元シースルズならこれが何かは分かるな?」
「
「聞かれたことに何でも素直に答えたくなる薬だ。ただしその後は廃人になるがね。もっとも終わったら殺してやるから心配しなくていい」
『ジェームズ、落ち着いて聞け』
その時、念話でレイヤの声が届いた。落ち着いて、というのは顔色を変えるなという意味だ。
『助けてやるが、全員を一人で制圧出来るか? ただし戸倉と雪車水は殺さず捕らえろ』
『武器がないから難しい』
『なら相手の目を奪う。それなら可能か?』
『目を奪う?』
『視力を奪うということだ』
『そんなことが……いや、それなら可能だ』
荒唐無稽な話だが、あのヨウミレイヤなら出来るのだろう。疑念や思考は無意味だ。
『よし、やれ!』
ふっと体が自由になった。椅子に括りつけていた縄が解けたのである。それと同時に戸倉たちが一斉に悲鳴を上げながら自分の目を覆っている。奇襲に慣れた元シースルズの同僚たちも同じだった。
これらは全て偵察型ドローンを使った支援だが、光学迷彩で姿を隠しているので誰一人その存在に気づいてはいない。
ジェームズはまず元同僚の一人からコンバットナイフを奪うと、そのまま喉に突き刺した。それを引き抜き、もう一人の元同僚の頸動脈を切る。辺りが血に染まるが構わず、優羽を押さえつけていた男二人も素早く喉を切り裂いて絶命させた。
そして
「何だ! 何が起こっている!?」
「戸倉議員、アンタは手を出してはいけない相手に手を出しタ」
「その声は……ジェ、ジェームズか!? 何をやっている!? 早く殺せ!」
「無駄ダ。アンタと雪車水以外は全員殺しタ」
「何……だと……!?」
「本当はアンタらも殺してやりたいが、ボスが殺さず捕らえよと言うのでナ」
敵にレイヤの名を知らせるのは得策ではないので、彼はボスと呼ぶことにしたのである。
『ボス、優羽ガ……』
彼女の死体が視界の片隅に入り、ジェームズは改めて激しい怒りを感じた。
自分が初めて愛し、愛してくれた愛しい優羽はもうこの世にいない。今すぐにでも戸倉と雪車水を殺して復讐を成し遂げ、自分も彼女の許に行きたいと願わずにはいられなかった。
優羽は自分のせいで落とさなくてもいい命を落としてしまった。そのことを彼女は許してくれるだろうか。いや、許されなくてもいい。ただ、彼女に謝りたい。
優羽に逢いたい……
『あー、そのことだがな』
『……?』
『ジェームズ、優羽が何者でも愛せるか?』
『何者でも愛せル? 何を言っていル? 私は優羽を心から愛していル! 私には優羽しかいなイ! 優羽しかいらなイ! だけど優羽ハ……』
『だそうだ。優羽、再起動しろ』
『はい、マイマスター』
「!!!???」
突然、倒れていた優羽が体を起こす。胸にはまだコンバットナイフが刺さったままだったが、それを彼女は事もなげに自分で引き抜いた。
「ゆ、優羽?」
『ジェームズ、優羽の胸を見てみろ』
『胸?』
『血が出てないだろ?』
「はッ!?」
言われて初めて気がついた。彼女の胸には血が滲んだ跡もなく、倒れていたところに血溜まりどころか一滴も血液が残されていなかったのである。
『お前は血だらけだからな。遣いの者に着替えを持たせた。着替えたら優羽と一緒に俺のところに来い。説明してやる』
戸倉たちの身柄も死体の処理も任せろとのことだったので、ジェームズはわけが分からないまま到着した迎えの車に乗り込むのだった。
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