第八話

 季節は巡り本格的な寒さを感じる日が増えてきた十二月、のべ床面積およそ三千坪の広大さを誇る二階建ての温泉スパが完成した。


 正式名称は『天然温泉スパリゾート日出ひで村』。


 開業は年が明けた一月十日だが、その前の正月三が日が過ぎた一月四日と五日が八王子市市長をはじめとする市の役員と軍関係者。六日から八日までの三日間を日出村村民と、隣の成瀬なるせ村住民に無料で解放するプレビューデイとなっている。


 また、これに先立って完成した二棟の従業員寮も二階建てだ。単身者用の四畳半ワンルームの全三十室が一棟、地方から来た物産店の店員用は六畳と四畳半が一部屋ずつで全十室が一棟である。


 いずれもキッチン、風呂、トイレ付きだが温泉は引いていない。従業員用の寮費は月二万円で男性は一階、女性は二階に。物産店用の寮費は三万円とした。


 竣工式典には八王子市市長も招かれ、大日本帝国陸軍高尾駐屯地司令、新高徳しんたかとく寛起ひろおき大佐の他、多くの士官も参加した盛大な催しとなった。


 他に大日本帝国陸軍日出ひで村出張所と名づけられた二階建て、建築面積約二百坪の兵舎もすでに完成している。


 実は計画当初は四階建てにすると言ってきたのを俺が断固拒否した。本来ならそんな声は聞く耳すら持たれないはずだが、土地の無償供与の一件で負い目を感じていたのか、あっさりと階数制限が承諾されたのである。もちろん場所も俺が出した要求が通った。


 もっともその代わりに最初の予定では三十坪ほどだった建築面積が、二百坪にまで拡張される羽目になった。


 それにしても不思議だったのが、スパが開業していない段階で警備兵の常駐を始めていたことである。やはり温泉が目当てなのだろうか。


「あとは開業を待つだけだな」

「レイヤ様はずい分村に協力的ですね」


「元の地球に帰れる見込みがない以上ここで生きていくしかないんだから、友好な関係を築いておいた方がいいだろう?」

「生きていくだけなら居住用ポッドがあれば十分だと思いますけど」


「他人との交流に興味が湧いたんだよ。あっちでは向こう側が透けて見えるくらい希薄だったからさ」

「感情型(人工知能)の私でもあまり理解出来ない理由ですね」


「頭の中にチップのない人間は考え方も行動も予測困難だから面白いんだ」

「そんなものですか」


 大事なことを思い出した。


「ハラル、スパの総支配人と事務長をドールにやらせたいから作製を頼む」

「男性ですか? 女性ですか?」


「こだわりはないけどどっちがいいと思う?」

「こちらでは女性は男性より低く見られる傾向がありますので、どちらも男性がいいと思います」


「だよなあ。そこをあえて女性にしてみるのも面白いとは思うけど、無難に男性にしておくか。戦闘能力ありで内蔵武装はなしだ」

「かしこまりました」


「それと従業員として若く見える男女を二体ずつかな。この四体にも戦闘能力を付けておいてくれ」


 新たなドールの容姿はあくまで俺の主観が基準だが中の下とした。不用意に恋愛対象にされても困るし、かと言って嫌悪感を抱かせるわけにもいかない。その辺りが妥当な線を狙ったつもりだ。もちろん好みは人それぞれということは理解している。


 数日後、従業員研修も一段落したとのことで、俺は村役場で会議に参加していた。


「レイヤ君が連れてきてくれた下曽我しもそがつとむという人は実に頼もしい。総支配人は彼しかいないと思ったわい」

「事務長の水谷みずたに星亨ほしゆきさんは役場で働いてほしいくらいです」


 村長と琴美が二体のドールを褒めたたえている。むろんドールということは伝えていないし、伝えられるわけがない。他の役人たちもドールの仕事ぶりを思い出しているのか、目を閉じて何度も肯いていた。


 そんな彼らだが、最初は顧問という立場を利用して俺に都合のいい人材を送り込んだのだと考えていたらしい。他に従業員として雇ったことにした四体のドールに関しても、遊び仲間程度にしか思っていなかったようだ。


 ところがその四体、年齢設定が二十九歳の篠原しのはらとおる、二十七歳のみなと晃士こうじ、二十四歳の上野うえの梨奈りんな、十九歳の乙原おとばるあやりも最終的には高い評価を受けていた。


 そのため彼らにはいくつかある部門のリーダーを任せることに決まったのである。


「寮の方はどうですか?」


「希望者が多くてのう。村民は後回しにするしかない状況じゃよ」

「村民からも希望者が?」


「そうなの。家から独立して一人でやっていきたいって動機。何かあればすぐに家を頼るんでしょうけど」


 琴美が苦笑いしている。


「村民以外の外から通ってくる人たちの方は……」

「レイヤ君の発案通り高尾駅からバスをな。中田急なかだきゅう観光が運営を引き受けてくれたよ」


「従業員の送迎だけでは採算に合わないって言われたけど、利用客用にシャトルバスの定期運行もお願いしたいと言ったらもの凄く乗り気になってたわ」


「社員証があれば従業員用のバスは無料なのか」

「そちらは村が負担することになってます」


 役場の財務課長、籔内やぶうち茂雄しげおが表情を変えずに言った。ハラルが役場のデータベースから得た情報では三十九歳とのことだが、四十代後半に見える。苦労が多いのだろう。


「清掃は業者に委託するんですね」

「人を雇うよりプロに任せた方が安心じゃからの」

「確かに」


「敷地内にプレハブを建てさせてほしいと言っておるのじゃが」


「費用負担は業者が?」

「うむ」


「であれば許可します。その方が効率的でしょうし」


 他に従業員が生活に必要な食料品や生活必需品を販売する店も欲しいそうだ。これは軍の出張所で勤務する兵士も利用するだろうとのことで、十分に採算が見込めるだろう。


 すでに大手コンビニエンスストアのいくつかから名乗りが上がっており、俺が土地の利用を許可すればすぐに店舗の建設が始まるという。


「いいでしょう、許可します。ブランドは決定しているんですか?」

「ソーロンがいいと思う。他の大手二社も悪くはないのじゃが、変わり種の新商品を次々に開発しているようでな」


「揚げ物以外の商品も店舗内で調理ですか。弁当のお米まで炊きたて提供とは……魅力的ですね」

「じゃろう?」


「店のオーナーが個人ではなく直営というのも好感が持てます。ソーロンでお願いします」


 コンビニエンスストアの利点は全国で変わらない品質と販売価格にある。ほとんどの商品が定価販売だが、品質を落として利益を貪っても客はそれを敏感に察知する。その辺りをきちんと理解しているのが大手コンビニエンスストアなのだとハラルが教えてくれた。


 加えてソーロンだけは、店員の雇用を積極的に村民から募集するとのことだった。さらに他の二社とは違い、地域担当マネージャーより俺や村の意見が優先されるという条件も選定の理由である。


 ソーチケ(ソーロンチケット)というシステムを使ってスパの入場券を前売りしてくれるのもポイントが高い。


 すでにこのスパの評判は全国に広がりつつあり、旅行業者からツアーや団体客受け入れの問い合わせも殺到しているとのこと。上々の滑り出しじゃないか。


 そして間もなく、天然温泉スパリゾート日出村は開業の日を迎えるのだった。

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