第七話

――前書き――

本日より連載再開します。

今日と明日の日曜日は午前と夕方以降で二話ずつの更新です。

よろしくお願いします(^^)/

――前書きここまで――



 およそ一万三千坪の土地は難なく入手出来た。温泉スパの経営を日出ひで村が担うことになったため、もろもろの敷設も村の事業となったのである。


 俺は地主として土地を貸すだけになったと考えていたが、どうやら顧問という立場を与えられるらしい。それを知ったハラルが俺の隣に座り、こんなことを言い出した。


「レイヤ様、今後お金の出入りが頻繁になるようでしたら、今とは別の金融機関にも口座を開いておいた方が都合がいいと思います」


「確かに。駅前に高尾信用金庫ってのがあったよな」

「銀行ではなく信用金庫になさるのですか?」


「地域への貢献になるみたいだからさ。営業を呼びつけるよりこっちから出向こう」

「分かりました。でしたら背広をお召し下さい」


「背広?」


 ハラルが脳内チップに背広の映像を送ってきた。


「これが背広か」

「ビジネスシーンでは正装です」


「分かった。色は白がいいな」


「白はあまりおすすめしません」

「うん?」


「悪目立ちする可能性があります。無難に紺がいいと思います」

「ならこのサンプルと同じにするか」


 わざわざ着替えずとも、光学迷彩で簡単に見た目を変えられるのは便利極まりない。こちらの地球の人間が着替えをあまり厭わないというのには理解に苦しんだが、光学迷彩スーツのような物はないからと言われて納得した。


 帝鉄(大日本帝国有鉄道の略)高尾駅まで自動車エルフォートで向かうと、四階建てのレンガで出来た四角い建物が見えた。高尾信用金庫、通称"たかしん"と呼ばれ親しまれる、主に中小企業や個人を相手にする金融機関である。


 口座開設などハッキングすれは簡単だが、今後のことを考えて正規の手順を踏むことにした。


 車をたかしんの駐車場に入れ、俺はハラルと共に一階の新規客用の窓口へ向かう。幸い他の客が少なかったので、順番待ちの番号札を取る必要もなく手続きに入ることが出来た。


「ヨウミレイヤ様ですね。当高尾信用金庫にお越し頂きありがとうございます。本日は新規お口座の開設ということでよろしいでしょうか」


 担当は名札に佐々木ささき玲子れいことあり、ポニーテールにした栗色の髪が艶やかで可愛らしい顔立ちをしている、おそらくは二十代前半の女性だった。


 柔らかく微笑む彼女はうっすら青いシャツに白のリボン、グレーのベストとスカートがよく似合っている。周囲を見ると男性行員も同じカラーで、リボンの代わりに白とグリーンのストライプ柄のネクタイ、ボトムはスラックスだった。


「ええ、お願いします」

「戸籍の照会をさせて頂きますので、こちらの同意書にサインをお願い致します……ありがとうございます」


 客には見えない向きのモニターに向かっていた彼女は、しばらくして五センチ角のセンサーのような物をカウンターに乗せた。ハラルの念話曰く、静脈認証装置だそうだ。


「ではこの上に手のひらをかざして下さい……ありがとうございます。確認が取れました」

「最初にいくら預け入れればいいですか?」


「特に決まりはございません。なくてもお口座は開設可能ですよ」

「そうですか」


「ヨウミ様は口座を事業などの決済にご利用予定はございますか?」

「いずれは利用するかも知れません」


「でしたらこちらの当座預金もセットになったスーパー総合口座をお勧め致します」


 当座預金とは簡単に言うと、利息がつかない代わりに預金保険制度で全額が保護される、主に事業決済に利用する口座である。開設には金融機関の審査が入るが、戸籍情報から得られた俺の資産状況であれば全く問題がないとのことだった。


 元いた地球ではすでになくなっていた制度だが、こちらでは現役のようだ。セットになったとは言うものの、単に通帳が統合されているだけらしい。将来的に会社などを設立した場合は、切り離して会社名義に変更することも可能なのだそうだ。


「ではそれでお願いします」

「かしこまりました。お連れ様のお口座はいかが致しますか?」

「彼女のは作らなくていいです」


「ではお通帳が出来ましたらお呼び致します。よろしければこちらの"オンラインアプリのしおり"をお読みになってお待ち下さい」


 キャッシュカードは一週間ほどで郵送されるとのことだったので、オンラインアプリとやらのダウンロードをハラルに頼んだ。どうも俺はスマホというのが苦手だ。


 ところがこのアプリの利用にはログイン情報が必要で、それらはキャッシュカードと共に送られてくるそうだ。だったら最初からそう言えよと思ったが、しおりに書いてあった。


 それから間もなく通帳を受け取った俺たちが村に戻ると、留守番していたルラハから村役場に行くように言われた。温泉スパの件で話があるそうだ。ハラルを降ろしてから、俺はそのまま車で向かう。


「レイヤ君、忙しいところを呼び出してすまないね」


 役場の応接室で村長の重田しげた恒夫つねおが立ち上がって迎えてくれた。他に事務員の琴美ことみもいる。


「いえ、大丈夫です。温泉スパの件と伺いましたが」

「そうじゃ。実は軍に開業を届け出たところ、二つ条件を出されての」

「二つですか?」


「一つは月に一度、軍の貸し切りの日を設けよとのことじゃ」

「はあ? まさか無料じゃないですよね?」


「利用料は取れん。飲食費や土産物などには金を払ってくれるそうじゃが、全て二割引きにせよと言われた」

「せこい……」


「レイヤ、軍に聞かれたら首が飛ぶわよ!」

「それで二つ目は何です?」


「うむ。こっちの方が問題でな。敷地内に兵舎を建てて兵を常駐させると言われたのじゃよ」


「もしかして治安維持のためですか?」

「表向きは、じゃな」


 人が多く集まるところには、反乱を未然に防ぐ意味合いで軍が警備兵を常駐させるという法がある。先日ショッピングモールのルルポートにいた兵士たちがその一例だ。犯罪なども取り締まってくれるので、目を付けられさえしなければ頼もしい存在とのことだった。


「表向き? 裏があると?」


「兵舎にも温泉を引けと言われたのじゃよ」

「はい?」


「しかも壁で囲って露天風呂にしたいそうじゃ」

「完全に娯楽施設じゃないですか」


「軍のお偉いさんも招くから、相応の場所を確保せよですって」

「何だ、そりゃ」


「スパの貸し切りは福利厚生で、兵舎は保養所みたいなものだと思うわ」

「断る選択肢は?」


「ないわね。断れば開業の許可も下りないでしょうし」


 琴美が呆れ顔で言った。

 仕方がない。いずれはそれらを取り上げることにしよう。


「地代、請求出来ますかね?」

「無理じゃろうな」


「もしかして建設もこっち持ちですか?」

「そこはワシも気になって聞いてみたんじゃが、兵舎は機密の関係で自分たちで建てると言っていた」


 正直、警備兵など必要はない。トラブルを起こした客は即刻退場させるし、犯罪者はドローンの目が逃がさないからだ。村から見れば彼らの常駐はメリットもあるだろうが、俺たちには皆無と言えた。


「仕方ないですね。兵舎は村から一番遠いところに建ててもらいましょう」

「どうして?」


「スパに来る客を全て監視出来るだろ」

「ふーん。で、本当の理由は?」


「うちの土地を覗かせないためだよ」


 俺はしたり顔で琴美の質問に答えたのだった。

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