第四話

 数日後の建設費用の見積もりではおおよそ五千万円とのことだった。もちろん温泉の敷設も込みだ。思っていたよりずい分と安い。


「なら前金は五千万でいいか?」

「え!? いや、材料費は三千万くらいだからまずはそれでいいんだが」


「全額前払いするよ。足が出たら後で請求してくれ」

「レイヤがそれでいいなら……」


「温泉とは別に普通の湯殿も頼む。湯船はどちらも檜をつかって、俺たち三人が足を伸ばして入れる広さが欲しい」


「お前……三人で入るのか?」

「いや、広さの話だよ」

「そ、そうか。分かった」


 当初の工期はおよそ一カ月程度とのことだったが、俺が一日短縮される毎に百万円を支給すると言ったら二十日で完成してしまった。もっとも銀行システムのハッキングで得た金なので、出費は痛いわけでも何でもない。


 ハラルによると俺の口座には現在、数百億円が確保されているらしい。利息だけで不自由なく暮らしていける額だそうだ。


 そして今日は物件の明け渡しの日である。高さ三メートルの土地を囲う壁も、この辺りには熊が出没するらしいので頑丈に造ってもらった。もっとも重量シールドを纏わせるので、熊はもちろん相手が恐竜だろうと戦車の大砲だろうとビクともしないだろう。


「家の横に同じくらいの広さを壁で囲んでくれと言われてその通りにしたが、理由は何なんだ?」


「家族で日なたぼっこしたりバーベキューしたりするためだ。来客があってもそこだけは目隠しするんだよ。だから俺たち以外は立ち入り禁止だな」

「そういうことか。出来ればバーベキューには呼んでほしいが」


「そのうち落ち着いたら呼ぶよ。庭の方だけどな」

「楽しみにしている」


 集会所の部屋を利用でするのも今夜が最後(実際は居住用ポッドで寝ていた)となるが、正式に村に移り住むことを祝して俺たち三人の歓迎会を催してくれるらしい。村人の半数以上が参加するとのことだ。


「レイヤ、気をつけろよ」


「何をだ、来人らいと?」

「ルラハちゃんのことだよ」


「ルラハがどうかしたのか? てか呼び捨てにするんじゃなかったっけ?」

「ああ、何となく照れくさくて」

「そんなもんか」


「それよりルラハちゃんだよ。ハラルちゃんはお前の彼女だからそれほどでも……いや、ハラルちゃんもか」

「二人がどうしたんだ?」


「狙ってる男が多いってことだ」

「あー、それか」


 温泉銭湯の往復で視線を感じるとか、よく話しかけられるとか言ってた。まあ、あの容姿で人当たりの良さを考えれば当然かも知れない。


 しかし残念だな、男共。ハラルはもちろんだが、俺はルラハとも熱い夜を過ごしているのだ。初めは驚いたが、ハラル曰くルラハも同じ自分なのだから三人で楽しみましょうとのことだった。


 いや、ハラルレベルの女性ドールが二人も相手なのだから、思い出すだけでどうにかなりそうだよ。まあわざわざそんなことを教えてやる必要はないが。


「村にも若い女性はいるんだろ?」

「いるにはいるが、ハラルちゃんとルラハちゃんを見ちまったらな」


「二人は無理だと思うぞ」

「どうしてだよ?」


「ハラルは俺の彼女だから当然だが、ルラハは自分より弱い男には興味を示さないからさ。二人とも強いぞ」

「強い?」


「国では名を知らぬ者がいないほど格闘技なんかで有名だったんだ」

「そ、そうなのか? じゃレイヤも……?」


「そういうことだ。まあ、あまり言いふらさないでほしいけどな」


 狭い村のことだ。言いふらすなというのに無理があることは承知している。しかしまさか今日の今日でこんなことになるとは夢にも思っていなかった。


 それは歓迎会でのこと。


「それでは皆さん、新しい村の仲間に乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 集まった村人が多すぎて集会所では入りきらず、会場は急遽集会所前の広場になった。村長の重田しげた恒夫つねおが乾杯の音頭を取ると、婦人会の人たちが忙しなく料理や飲み物を運んでくる。


 総勢四百人超え、実に村人の三分の二以上がここに集結していた。


「それではここで新村人を代表してヨウミ・レイヤさん、一言お願いします!」

「「「「おおーっ!!」」」」


 司会進行は山岸やまぎし琴美ことみ、村役場の事務員で二十三歳とのこと。人懐っこい笑顔が可愛らしく、実際の年齢より若く見える。自称十八歳のハラルたちと変わらないと言っても過言ではないだろう。


「この度村に迎え入れて頂きましたヨウミ・レイヤと申します。これからよろしくお願いします。えー、男性の皆様、そちらのハラルは私の彼女ですのでちょっかいをかけないように」


「「「「わはははっ!!」」」」

「「「「うるせーぞー!」」」」

「「「「そうだそうだ!」」」」

「自分だけいい思いしてるんじゃねー!」


「皆さんお静かに。ヨウミレイヤさんにお聞きしたいことがあります」

「山岸さん、俺のことはレイヤと呼び捨てでいい。聞きたいこととは?」


「では私のことも琴美で。え-、噂によるとそちらのハラルさんとルラハさんはとてもお強いのだとか」


 俺が来人に視線を送ると、バツが悪そうに目を背けた。あの野郎!


「まあ、そうですね。否定はしません」

「そして特にルラハさんは自分より強い男性にしか興味を持たれないと?」


「ははは。強ければいいというわけでもないと思いますけどね。ルラハ、どうだ?」


『ルラハ、すまん』

『いえ、構いません』


 チップを通して念話で謝罪すると、彼女はニッコリと微笑んで俺の横に立ちマイクを握った。


「初めましての方もそうでない方も、ハラルの双子の妹ルラハです」


「「「「ルラハちゃーん!!」」」」

「「「「可愛いよーっ!!」」」」

「「「結婚してくれー!!」」」


「「「ハラルちゃーん!」」」

「レイヤと別れて俺と付き合ってー!」


「おい、今のヤツ出てこい!」

「「「「わはははーっ!」」」」


 もちろん俺も本気で怒っているわけではない。隣のルラハは苦笑いしているが。


「私が強い男性にしか興味がないというのはある意味本当です。いざという時に守ってくれるような方でないと……」


「「「「守るよ!!」」」」

「「「「俺が守る!!」」」」


「皆さん、お静かに! 特に男性はうるさいです!」


「琴美ちゃーん! 税金オマケしてーっ!」

「「「「ぎゃはははっ!」」」」


「私には可愛いとか結婚してとかではなく税金オマケしてくれですか、そうですか。来年度から独身男性には新たに独身税を設けることにします!」


「「「「えーっ!?」」」」

「「「「横暴だぁーっ!!」」」」


 収拾がつかない歓迎会はなおも続く。

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