第二話
偵察型ドローンがもたらした情報は驚くべきものだった。それは俺の期待が現実に変わったと言っても過言ではない。
「解析の結果ですが……」
ドローンは地球の各地を探索し、現状のあらゆる状況を知らせていた。
「座標上は太陽系の地球で間違いありません」
「座標上、ねえ」
「海洋比率もほぼ同じです」
「ほぼ、ねえ」
「大気成分もレイヤ様が十分に呼吸可能です」
「十分に、ねえ」
「結論を申し上げますと、やはりパラレルワールドだったと……」
「やったぜ!」
ただしドローンが文献などをスキャンした結果、この地球の時間は二十世紀後半から二十一世紀前半辺りだそうだ。
また、俺が元いた世界とは違って第二次世界大戦では日本・ドイツ・イタリアの三国間同盟軍が勝利したらしい。日本国の正式国名は大日本帝国、東アジアから東南アジアにかけての大東亜圏にオーストラリアを含めた一帯の盟主だった。
なお、アメリカ合衆国は広島に原爆を投下した戦争犯罪国として、敗戦後に莫大な賠償を課せられると共に、三十一の州が日本の植民地となっている。長崎への原爆投下は未然に防がれたのがこの世界の歴史だった。
「現地の服装はどんな感じ?」
「チップにデータを送りました」
「主流は二十世紀頃のものだな」
季節は秋だから丸首セーターにジーンズを選んだ。もっとも実際に着ているわけではなく、これも光学迷彩によるものである。俺が今着ているスーツにはこの他に防汚、温度調節機能なども備わっている。
もちろん重力シールドで貫通力の高いエアバレットガンの弾も通さないし、衝撃もほとんど伝わらない。露出している頭や手なども同様にシールドで護られている。
二十世紀から二十一世紀のレベルでは、飢え以外で俺を殺すことはまず不可能だろう。
「流行はドイツの民族衣装のようです」
「やはり戦争に勝ったからか?」
「はい。男性はレーダーホーゼン、女性はディアンドルが人気ですね」
「この紐付きのハーフパンツは好みじゃないが、女性のディアンドルは可愛いと思う」
「こんな感じでしょうか」
ハラルがドレスっぽいディアンドル姿になる。
「美人は何を着ても似合うな」
「お褒め頂きありがとうございます。この姿のドールを製造しますか?」
「よしてくれ。お前とまともに会話が出来なくなる」
「私の意識を載せても構いませんよ。もっとも愛玩ドールのように喘ぎ声を出すタイミングは分かりませんが」
「演技しますって公言するな!」
「ふふふ。現地の通貨はドルではなく円ですのでお間違いにならないで下さい」
「分かった」
それからハラルは通信機器だと言って平べったい板のようなものを手に取らせてきた。
「これがスマートフォン……博物館の映像で見たことはあるけど実物はこんな感じなのか」
「通話もこれで行います」
「通話? 映像はこの画面に映し出されるのか?」
「そのような機能もありますが、現地では耳に当てて音声のみで会話するのが基本です」
「もしもしって言うんだっけか」
「はい。第一声はだいたいそれです」
「ま、通話なんてしなけりゃいいだけだな」
「どうせ帰れないんですから、この地で生身の伴侶を見つけてはいかがです?」
「お前やドールたちの容姿に見慣れているから難しいと思う」
「人は見た目じゃないって仰ってませんでしたか?」
「最重要ではないが重要であることに変わりはないよ」
ドールは見た目も然ることながら、およそ使用者が喜ぶ言動や態度、仕草を見せるのだ。そこには好みも合わせてプログラムされているから、ドールと分かっていても愛着を感じずにはいられないのである。
俺がハラルに人肌が恋しいと、さもドールに飽きたかのように言ったのは半分強がりみたいなものでしかなかった。
「でしたらやはり私の意識を載せたドールを連れていかれます?」
「ドールに戦闘能力はないから、万が一があったら危険だろう」
「そのように作ることも可能ですよ」
「それはドール法で禁じられているし、ヨウミ家三男の俺でもバレたら家と機構から破門されるよ」
「でもあの地球にはそんな法も機構もありません」
「言われてみれば確かにそうか」
ハラルの姿をしたドールというのは魅力的でしかない。子供を残したいわけではないし彼女は感情型人工知能なので、言動や行動パターンは今いるドールとかなり違うだろう。
「よし、二人で暮らそう」
「えっ!? 本当にいいんですか?」
「ん? 冗談で言ってたのか?」
「そうではありませんが、私とまともに会話が出来なくなると仰られたので許可されるとは考えておりませんでした」
「普段は
「常時同期するのでその感覚は理解出来ませんが、よろしければ連れていって下さい」
「分かった。ドールの製作を始めてくれ」
それから数日でハラル型ドールが完成した。頭脳がハラルなので、通常のドールと違ってメンテナンスも彼女自身で行える優れものだ。
俺と同じように重力シールドを身に纏い、両手のひらと足の裏にはエアバレット砲が備わっている。手のひらや足の裏を標的に向けて発射する仕様だ。肘と膝から先が砲筒の役割を果たすと思えばいい。
その威力は俺が携行するエアバレットガンよりも強力で、厚さ十センチのタングステン鋼を貫通するほどだとか。ガンはその半分の五センチだったはず。
「およそ九千キロのシベリア鉄道に日本の新幹線技術が導入されてます。全区間開通は昨年のことのようですが」
「お? リニアじゃないのか。でもジャポン州やるじゃん!」
「いえ、合衆国ジャポン州ではなく大日本帝国です」
「そっか、併合されてないんだもんな」
「はい。他にもいくつか異なることがあります」
「例えば?」
「深い森には恐竜種が棲んでいることです」
「恐竜種!?」
「大きいものでも体高は三メートル程度ですが、人間が襲われることもあるようです」
「絶滅したんじゃなかったのかよ」
「この世界では絶滅しなかったんでしょうね」
「ま、俺たちの敵ではないだろうが」
「ドール体の私はエサにはなり得ませんし」
それから俺とハラルは地球への着陸計画を練る。場所は日本の高尾山という山の山間にある小さな村の近くに決めた。
「土地は入手出来そうか?」
「持ち主がいない千坪の土地があります。登記は済ませました。その際戸籍が必要でしたので、そちらも併せて作っておきました」
むろん登記はハッキングでシステムのデータを書き換えただけだ。ハラル曰く、大規模なシステムが導入されているが、まだまだ
余談だが戸籍は顔写真入りで、三年に一回本人が役所に出向いて写真を更新する必要がある。すでに死亡しているのに届けを出さず、年金やら何やらを不正に受け取る犯罪を防ぐ意味もあるようだ。
ところで村は
「よくそんなところに住んでいられるな」
「コミュニティはしっかりしているようですし、移動は自動車という乗り物があります。最寄り駅まで片道一時間もかかりませんよ」
「電気で走るあれか!」
「いえ、化石燃料から精製したガソリンやディーゼルで動きます」
「ガソリンやディーゼル!? そんな骨董品が現役なのかよ」
「もちろん現役です」
「なるほどなあ。自動車を持たない人の生活必需品はコミュニティの若者が買い出しに行っているのか。俺たちも協力しなければならないかもな」
「近隣住民として受け入れてもらえればいいのですが」
「村八分とかいうやつか。くだらない」
「孤立しても私たちであれば困りませんけどね」
他にも俺はハラルから、日出村についての様々な情報を聞かされる。なお、自動車の購入はこの時に決まった。郷に入っては郷に従えというやつだ。
「間もなく着水します。重力シールド、磁気シールド異常なし。衝突コースに潜水艦影確認、回避します」
「潜水艦?」
「日本国のものか他国のものかは今は分かりません」
「どっちにしても見つかることはないよな?」
「ぶつかりでもしない限りあり得ませんが、ぶつかったらあちらは無事ではいられないでしょう」
「まいっか。見つからない限り捨て置こう」
宇宙船ハラルドハラルは水深約六百メートル、浦賀水道のかなり深いところに着底させた。
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