惑星探査から帰還した地球は……

白田 まろん

地球への帰還

第一話

「ハラル、結局あの星は移住には向かないんだな?」

「はい。総合スコアが七十二ですので」

「大気も水も問題なかったのにずい分と低いな」

「総合スコアですから」


 第三百二番目の探査対象惑星に名はない。新たな星の名は人類が移住可能となって初めて付けられるからだ。ここが移住可能であれば惑星レイヤ、俺の名が付けられるはずだった。


 アメリカ合衆国における五十一番目のジャポン州、旧日本国と呼ばれた地域にあるヨウミ財閥宇宙開発機構の人間なら誰でも知っていることだ。


 会話の相手は緩くウェーブがかかり、くびれた腰までの金髪を揺らす美少女である。冷たい感じはなく少し垂れ気味の大きな瞳が愛らしい、外見だけで惚れてしまうには十分な美貌を備えていた。もっとも――


「お気持ちは嬉しいのですが……」

「心を読むなって」

「仕方ありませんよ、伝わってしまうのですから」


 ハラルはこの宇宙船ハラルドハラルの頭脳、いわゆる感情型人工知能で、触れられそうなほど鮮明な姿は単なる立体映像ホログラムである。彼女とは俺の脳内に埋め込まれたチップを通して声を発することなく会話も可能だが、それだけに考えていることも筒抜けだった。


「一年以上旅をしてようやくたどり着いたのに無駄足だったか」

「このまま地球に帰りますか? それとも三百三番目に向かいますか?」


「帰ろう。そろそろ人肌が恋しい」

「人嫌いのレイヤ様が人肌恋しいとは」


「うっせ! 言ってみただけだ」

「やはりドール相手では味気ないですか」


「肌の質感も匂いも表情も声も人間生身と変わりはないんだけどな」

「ではコールドスリープに入られる前にお祝いをしましょう」


「お祝い? ああ、そうか、明日は四月十日。俺の誕生日だったか」

「はい、一日早いですけど二十歳の記念すべきお誕生日です。地球に帰った時は二十一歳になられてますが」


「コールドスリープ中の細胞は年を取らないんだからそのまま二十歳でいいだろ」

「レイヤ様のご自由に」


 船内に壮大なオーケストラを思わせるグッドモーニング・トゥ・オールの演奏が流れる。実はハッピーバースデー・トゥ・ユーはこの曲の替え歌なのだ。


 ハラルドハラルには俺以外の人間は乗っていない。ドールというのは孤独を紛らわせるための相手や、性欲処理のため道具のことである。人間と変わりない程に会話も出来るし、ドールと知らなければ恋してもおかしくないくらいに容姿も仕草も俺好みだ。


 実際ヨウミ宇宙開発機構の中には生身の人間より従順なを好む者も少なからずいた。それは女性とて変わりはない。


 人間同士のコミュニケーションが脳内チップによりゴーグルなどの外部器具なしにVR(バーチャルリアリティ、現実ではない空間)で可能な現在、好んで直接相対する者が少ないのも実情だった。


「それではワープ準備に入ります。レイヤ様はコールドスリープボックスに入って下さい」

「分かった。一年後にまた会おう」

「お休みなさい、マイマスター」


『タキオンマスカー展開』

『エネルギー減衰率三パーセント』

『量子化率上昇値ニ異常ナシ』

『船体加速、速度光速ノ四十パーセント』

『エネルギー減衰率……』


 無機質となったハラルの声が脳内チップから伝わってきた。しかしそれらは間もなく意識外に飛び、俺は約一年間の眠りに就く。


 次に目覚めるのは海王星軌道付近でワープアウトした後、火星軌道辺りに至った頃だろう。そんなことを考えながら俺は目を閉じたのだが――



◆◇◆◇



『……ルドスリープ解除……』


「お目覚め下さい、レイヤ様」

「ハラル……もう着いたのか?」


 そうか、一年経ったのか。コールドスリープ中は細胞の活動自体が停止しているため、夢を見た記憶すらない。見ないのだから当然とは言えるが、意識はどこに行っているのかといつも疑問に思う。


「いえ、タキオンマスカーが不可解なエネルギーを受け船体が減速。現在は光速の約三十パーセントで航行中です」


 ワープ航法は船体をタキオン粒子で覆い、エネルギーを減衰させることで可能となる。それが通称タキオンマスカーだ。つまりそのタキオンマスカーが予期せぬエネルギーを受ければ速度が落ちてしまうというわけである。


 ただしそのようなことはこの船を護る重力シールドによって阻まれるので、通常では考えられないことだった。


「ん? 不可解なエネルギーって言ったか?」

「はい」

「現在の位置は?」


「星図では海王星軌道までおよそ二千三百三十億キロ、地球まではさらに約五十億キロ弱……ですが……」

「今の速度だと一カ月くらいか」


「ただ、すでにエネルギーの影響はなくなっておりますので、数分でワープ可能な状態に復帰します」


「いや、ここからワープは必要ないだろ」

「それと他にも報告が……」


「歯切れが悪いな。遠慮せずに言ってみろよ」

「レイヤ様が二十歳になられてから半年、まだ十月なんです」


「ん? それがどうし……はぁ!?」

「ええ、本来ならこんな宙域ところまでたどり着いているはずがないのです」


「タキオンの加速が想定以上だったとか?」

「あり得ません」


「ワームホールに突っ込んだんじゃ?」

「もしそうなら、いくら頑丈なこの船でも素粒子レベルまで粉々にされてます」

「うーん……」


「気になるのはタキオンマスカーが受けた不可解なエネルギーです」

「ああ、そんなことを言ってたな」


「私が解析できない未知のエネルギーです」

「この船、ハラルドハラルを減速させるほどの、か」

「はい」


「とにかく機構に連絡だ」

「それが……」

「どうした?」


「すでに通信を試みているのですが全く反応がないんです」


「反応がない? 応答がないではなく?」

「はい。受信の波長さえとらえられません」


「まさか俺たちが探査に行っている間に人類が滅亡したなんてことはないよな」


「分かりません。太陽系の至るところにあるはずのコロニーや研究所、観測所などの施設の反応もありませんし、未知の攻撃を受けた形跡もありません」

「おいおい、どういうことだよ!?」


「考えられるとすれば……」

「すれば?」


「時空の流れを越えてしまった……」

「パ、パラレルワールドか!!」

「現実的ではありませんが」


「ま、まあ、そうだよな。理論上は存在するとしてもあり得るわけないよな」


 だがそれは戻った者がいないだけで、絶対にあり得ないとも言い切れない。


「ハラル、偵察型ドローンを送れ。タキオンマスカーのエネルギー減衰値を調整して一日でたどり着かせろ」

「承知しました、マイマスター」


 分類上ドローンと呼ばれているが、偵察型は直径五センチほどの球体だ。光学、重力迷彩に加え一切の波長を反射しないステルスモードを備えている。四機のドローンはすぐに船外に飛び出していったが、さすがに宇宙空間では肉眼での視認は不可能だった。


 この偵察型ドローンには千キロ先の蟻の足まで解像するメインアイ、その蟻の足音まで拾うサウンドセンサー、サーモセンサー、電波センサーなど偵察に有用な機能が満載だ。


 ハラルドハラルが搭載しているドローンには他に戦闘型があり、そちらは五センチの球体から最大で全長七メートルの大きさに展開される。最大で、というのは大きさが可変だからだ。


 バルカンレールガン一門、小型エアバレット砲一門を装備し、偵察型と同様のステルス性能も併せ持つ。なお、小型エアバレット砲は北海道島を破壊する威力を持つが、その名の通り空気を圧縮して弾丸とするため真空の宇宙空間では使えない。


 ハラルドハラルにはこれらのドローンがおよそ五百機搭載されていた。


「なあ、ハラル」

「何でしょう、レイヤ様」

「ワクワクしないか?」


「さて、この状況でワクワクするというのは理解出来ませんが」

「パラレルワールドが本当に存在するかも知れないんだぞ」


「そうだとしたら、元の地球に戻れる可能性は限りなくゼロに近くなりますよ」

「まず戻れないだろうな」


「怖くないのですか?」

「怖い? 楽しみでしかないさ。ドローンからの情報が待ち遠しいよ」


 俺はそう言うとハラルに微笑みかけるのだった。



――あとがき――

ジャンルSFでよかったのかなぁ

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