第20話2-10 マチカの影
2ー10 マチカの影
昼食後は、僕は、畑に出るか、森に入るかどちらかだった。
今日は、森に行くことにした。
2、3日前に仕掛けておいた罠にクッカがかかってないかと僕は期待していた。
クッカは、小柄な山羊の様な魔物だ。
長い毛足に全身を覆われたクッカを、僕は、何頭か捕まえて村で家畜として飼うことを計画していた。
今、村には、10羽ほどのツチドリが飼われていた。
もちろん、僕が言霊の力で眷属にしたものだ。
僕は、いつもなら1人で森へ入るのだが、今日は、フランシスと一緒だった。
「魔の森へユヅキが1人で入るなんて、信じられない!」
フランシスは、僕に言った。
「私もあなたの護衛としてついて行こう」
僕は、言霊の力を知られたくなかったのでフランシスについてきて欲しくなかった。けれど、彼女の使命感に燃える表情を見ていると断ることができずに、彼女と一緒に森に入ることになってしまった。
村から少し離れた崖の辺りに罠は仕掛けてあった。
僕らがそこに行くと、白いモフモフが罠にかかっているのが見えた。
しかも、モフモフの側には、離れがたそうに子クッカまでがいた。
僕は、フランシスに気づかれないように、そっとクッカにだけ聞こえる声で呟いた。
「お前たちは、僕の眷属となれ」
そして、クッカの足に絡まった縄をほどくと、クッカと子クッカを連れて僕らは、村へと帰ろうとした。
そのとき。
森の茂みの中から何かが現れた。
僕が振り向くより速く、フランシスが叫んだ。
「マリアンヌ?」
はい?
振り返った僕の前に黒い長い髪を背で三つ編みにした、色の白いメイド服を着た美少女が立っていた。
目があった瞬間に、あの声が聞こえた。
わたしを離さないで、約束よ・・ユヅキ・・
僕は、そのとき、理解した。
そうか。
この子は、マチカなんだ。
僕が転生したように、マチカもこの世界に転生していたのだ。
「マチカ・・」
僕は、少女に呼び掛けた。だが、少女は、眉1つ動かすことはなかった。
「フランシス様、アウデミス様がお待ちです。はやくお戻りください」
「でも、マリアンヌ・・」
フランシスが消え入りそうな声で言った。
「ここは、魔の森、だ。一度入れば、もう、出ることはできない」
「問題ありません」
マリアンヌと呼ばれた少女は答えると、手を森へとかざした。
「ファイアーボール!」
少女の手のひらから炎が吹き出し、一瞬で森の一部が焼き払われた。
「さあ、フランシス様」
マリアンヌがフランシスを促した。
フランシスは、よろよろとマリアンヌの方へと歩いていくと、一度だけ、僕の方を振り返った。
「ユヅキ、いろいろありがとう。この数日のこと、一生、忘れない」
そうして、フランシスは、外の世界へと帰っていった。
マリアンヌ、も。
背を向けたマリアンヌに、僕は、呼び掛けた。
「マチカ!」
マリアンヌは、決して振り向くことはなかった。
2人が去った後、みるみる内に森は、ふさがり外への道は、閉ざされた。
僕は、クッカの親子を連れて、1人、村へと帰った。
家の前で待っていたオルガが僕にきいた。
「フランシスは?」
「彼女は」
僕は、答えた。
「外の世界へ、帰った」
「そんなこと」
オルガが言いかけて口を閉ざした。
「フランシスは、この森から出ていったのか?」
「ああ」
僕は、頷いた。
フランシスが外に帰ったことは、村の人々にとって衝撃的なことだった。
「ここから出られるのか?」
だけど。
翌日には、みな、普段と変わらない生活に戻っていた。
まるで、フランシスなんて、この村に来なかったかのように。
僕は。
あの少女。
マリアンヌのことが忘れられなかった。
もう一度、会いたい。
彼女に。
マチカに。
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