冬眠
やなの
冬眠
眠ることが好きだ。
身体を休めるためには寝るのが1番の薬であるというのはその通りであり、苦痛から逃れるための手段としても有効であると思う。
腹痛や頭痛などの物理的な痛みにも、精神的な辛さ、苦しさからも寝ている間には追われることがない。
睡眠とは生きるために必要な生命活動のひとつでありながら、無防備で、生を全うする上で感じるべき苦痛から逃れられる矛盾した存在であると私は考える。
私には苦手な時間というものが多々あるが、その中の一つが何もすることがなく、考えだけがぐるぐると頭の中に回る時間だ。
いや、この時間においては苦手なんて生易しい言葉では片付けることを許すことはできない。
大嫌いである。
睡眠をする前にこの大嫌いな時間はやってくる。
心地の良い矛盾を感じるためには大嫌いな時間を過ごさなればならない。
世の不条理である。
嫌な考えがあるぐるぐると回る。
嫌な考えしか回らない。
ネガティブに支配され心を蝕んでいく。
辛い。
辛い。
逃げ出したい。
現実を直視し、自分の元来明るくはない性格のせいで何もかもに押し潰される。
一番の重さを与えてくるのは自分の思想だ。
思想に潰される。
思想は現実と価値観でできあがっている。
私は潰されることに耐えられない弱者である。
弱者である私は明るい画面に目を向ける。
そこは現実ではない。
非現実に逃げる。
無機物から溢れ出る光が私を包み込む。
その光は決して暖かくはない。
人工物であるそれは、何者かによって作り上げられた幻想の仮想世界と私とを繋いでいるだけである。
睡眠に逃げるために非現実世界に逃げる。
それは最も悪手だろう。
まるで麻薬だ。
そんなものに頼る私は精神が弱いのだ。
ましてや、今や誰もが手に入れることが容易いもの逃げている。
私は弱者である。
森の中で強者であるはずの熊は冬眠をするという。
生物学的に見たらそれは当然とも言える行為だが、そんなことを議論するのではない。
冬眠。
それがない人間は生物学的には進化した存在になるのだろうか。
しかし、人間は食物連鎖的な観点で見ると熊より強者にあたるかもしれない。
生物学者でないのでこれは俗物的な考えになるわけだから真に受けてもらっては困る。
が、しかし、この俗的な考えをする私の頭で考えると熊を食らうことができる人間は強いのだ。
まアしかし、食物連鎖の頂点にいるという俗説が蔓延ってあるのはフィジカル的な根拠でないことは私でも理解る。
所謂頭の良さを持ってして頂点を気取っている人間の他の動物にはないであろう欠陥は精神的苦痛を与える個々に備わっている思想力であると私は思う。
この思想に私自身が苦しめられているということは、人間はそれぞれ、重軽異なる思想に押し潰されることが、これまた頻度も異なるだろうがある。
生命体として冬眠というものを失いこの思想力を得たのいうのなら全く欠陥した生き物である。
人間はやはり弱者ではないだろうか。
人間ではなく己が弱者であるだけというなら私は冬眠がしたい。
冬眠 やなの @yananodesu
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