第二部 ミルファク・コーポレーション

 異世界ミルファク・ワールド。

 ここは、花々しき中世貴族社会を再現したような世界。見るものすべてがキラキラ輝いている。きらびやかな宮殿に続く道。宮殿の手前の庭園で華やかなお茶会が開かれている。

 女性たちが着ているドレスは、コルセットで絞られたウエストと大きく広がったスカートが特徴のドレス。装飾もフリフリも半端ないわね……てか、髪型でっか。首鍛えないと……

「メイ、こっちだぞ。置いていくぞ」

「あ、はーい。すぐ行きます」

 こうして、私はハルトに連れられるままに、宮殿の一室に入る。この世界の異世界運営会社のひとつ、ミルファク・コーポレーションのオフィスだ。そしてピトン社長と面談。

「わが社は最高級の転生として貴族階級への転生を保証しています。これが私たちの強みです」

 確かに、さっきのような貴族生活は女性なら一度は憧れるもの。コルセットはきつそうだけど……お茶もお菓子もおいしそうだったわ。

「ぜひ、後程。貴族たちのお茶会にもゲスト参加してください」

 やった! そうこなくっちゃ!

「いえ、まずは企業査定作業を先にさせていただきます。お茶会は時間が余ったらということでお願いします」

「了解しました。それでは、経理部長のアキオに準備をさせます」

 ああ……お茶会参加したかったのに……ハルトのバカ、頑固石頭、仕事と結婚しちゃえ!

「ん?メイ、何か気になることでもあったか?」

「い、いえ。さあ、はやく企業査定を始めましょう」

  

 お茶会を逃して泣きそうな私。そんな気持ちなんて気付きもしない鈍感バカハルトと一緒に、企業査定作業を開始したんだけど……結局、一日中作業に没頭するはめになっちゃったじゃないの……気がついたら、もう深夜。お肌が荒れちゃったらどうするのよ……

 すると、経理部長のアキオが部屋に来た。かなり爽やかで受け答えもしっかりした青年だ。

「遅くまでご苦労様です」

「いえいえ、これも仕事ですので全然平気です」

「さすがですね。実は宮廷晩餐会を開いていたのですが……お仕事熱心なので声をかけられませんでした。またの機会に」

 ……宮廷晩餐会? ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの開催されているんなら早く言いなさいよ。仕事なんて放りだして参加するのに……えーん。私は気付かれないように横を向きつつ涙を拭った。


 そして漸く初日の仕事が終わった。

「弊社の専属メイドをしております、ユナと申します。今日はもう遅いので、よろしければゲストルームへご案内します」

「ありがとうございます。では今日は一旦作業を中断します」

 こうしてゲストルームなるものに案内された私たち……部屋の前に着くと、ユナが恐る恐る口を開く。

「実は本日はヴァーゴ・ホールディングス社様の慰安旅行と重なってしまいまして。お部屋が一つしか準備できておりませんがご理解くださいませ」

 ハルトは慌ててユナに聞き直す。

「え?……いくら超大手のヴァーゴが来ているからって……もう一部屋なんとかならないの?」

「申し訳ございません」

 深々と頭を下げるユナ。さすがのハルトもこれ以上文句も言えないみたいね。

「ハルトさん。私、同室でも気にしませんよ。初めてじゃありませんし……」

「初めてじゃないって、おい、誤解を招くような発言は……」

「さ、入りましょう」

 そういうと、強引にハルトの腕をとって部屋に入る。うん。なんか、これ、癖になりそう。

   

 さすが貴族の宮殿。狭い部屋だけど豪華ね。

 シャンデリアが間接照明を作り出す。壁には絵画や彫刻、暖炉、煌びやかな、装飾家具。そして、部屋の奥には……フリルカーテンがついた天蓋ベット。まさに貴族のお姫様のお部屋ね。

「簡単なものですが、食事をご準備しております」

「それはありがたい。さすがにお腹すきました」

 中央のテーブルにはオープンサンドが並んでいる。サーモン、チーズ、卵、キャビア……どれもおいしそう。その横には、ワインクーラーに冷えたスパークリングワイン。

「じゃあ、乾杯しよう」

「はい。お疲れさまでした」

 お酒を一口飲むと、体中に一気に染み渡る。オープンサンドもおいしい。晩餐会は逃しちゃったけど、まあ、いいか。

「ユナさん、最高に美味しいです。迎賓館のシェフ並みの腕前だ」

「ワインも素晴らしいわ。高級ソムリエ級ね」

「恐れ入ります。国家一級メイドの資格を持っておりますので一通り嗜んでおります」

 そういうとチョコっとお辞儀をして、部屋を辞するユナ。女性の私が見ても、可愛いなぁ。


 それにしても、ハルトは今日も仕事の話ばかり。口数が多いのは、相部屋で緊張してるからかしら。もう、二回目なんだからそろそろ羽目を外してくれてもいいのに。

「ああ、おいしかった」

「本当ですね。それでは紅茶でも入れましょうか」

「お、いいね。ここの紅茶は最高だ」

 私は席を立って、紅茶を取りに……あっと、足がからまっちゃった。ばたっ。きゃー。がしっ。期待通り、倒れかかる私を両手で抱えて支えてくれるハルト。

「大丈夫か?」

「あ、ご、ごめんなさい。少しお酒が回っちゃったみたいです」

 体重をもう少しハルトに預けてみる。顔もちょっと近づけて……小さな声で囁くように……

「ハルトさん……ベット、ダブルですね。今日はこのまま一緒に……」

 その瞬間、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。けど……

「また、からかうのはやめてくれ。まったくいつもいつも……」

 ありゃ、突き放されちゃったわ。もう……女の子がこんなに積極的に雰囲気作っているのに。なんて堅物なのよ、バカハルト。

   


 翌日は休日というのに、やはり企業査定を続ける私たち……

「煌びやかな貴族世界を維持するためのコストが掛かっているとはいえ……経費率が高すぎで異常です」

「そうだね。ちょっと、調べてみる必要がありそうだな」

 そしてしばらくすると、契約書をチェックしていたハルトが小さな声で私を呼んでいることに気が付いた。

「経費台帳のここを見てほしいんだ」

「……コンサル費用ですね」

「ああ。こっちも……こっちも……」

「たしかに。でもコンサル雇うことに問題があるのですか?」

 異世界運営は簡単ではない。おかしい話ではないとは思うんだけど……

「実はこれらのコンサル費用の契約書が見当たらないんだ」

「え? それって……」

 ……架空取引の可能性があるってこと?

「少し確認してくる。メイは他のコンサル費用のチェックをしておいてくれ」

 そういうと、ハルトは走って部屋を出ていった。

   

 ひとりで台帳調査か……何十年ぶりだろう。

 ……あれ? ……ん? やはり……過去3年の台帳にも、毎年約5億カルマのコンサル費用が発生しているわ。

 発注先は、FAVITO社、VOTIFA社、TAVIFO社……これって、全部『F、V、T、A、I、O』のアルファベットを使っている。


 いわゆるアナグラム?


 それらの取引の仕訳を切ったのは全てイオカという人物。

 絶対偶然じゃない。これは明らかに人為的な隠ぺい工作だ。やばい、こんな経験は私の数多の経理人生の中でも初めてだわ。心臓がどきどき……ちょっとわくわく。

 そこに、経理部長のアキオが入ってきた。

「どうですか、何かわかりましたか?」

「そうですね……」

 どうしよう。ハルトが帰ってきてからの方がいいかしら。でも……悪の芽は早めに摘まないと。私は今までに分かったことを丁寧に説明した。

「……なるほど。これは確かに、問題ですね。で、犯人はわかりますか?」

「はい。どの取引もイオカという人が実行しているようです」

「……イオカですか? そんな人物はこの会社にはいませんね」

 アキオの声が冷たく感じる。

「え? そんなはずは……」

 私はアキオの顔をみてギョッとした。口元は笑っているけど目が笑っていない。まさか……

 背筋がぞっとして慌てて立ち上がったが、アキオの方が一瞬早かった。部屋の扉をふさがれる。かちゃっ。鍵を掛けられた。

「今日は社長も誰も出社していないからちょうどよかったよ」

「……あなただったのね」

 アキオ……AKIO。イオカ……IOKA。これもアナグラム。気付くべきだったわね。

「で、どうするつもりかしら?逃げられないわよ」

「そうかな。まだ俺が犯人だと気付いている者はいない。君を殺して、四次元空間に逃げこめば逃げ切れるさ。逃亡資金は十分プールしている」

 確かに……って、このままじゃ私殺されちゃうんじゃない? やばいな。なんとかして外に異常を伝えないと。間に合わないかもしれないけど……

 私は唐突に椅子を掴むと、窓に向かって投げつけた。窓のガラスが大きな音を立てて割れる。そこしか逃げ道はない。だが……

「い、痛い」

 腕を掴まれた。逃げられない。万事休すか。

「こいつ、悪あがきしやがって」

 怒りに満ちた表情で、アキオが私の手首をひねり上げた。

「さて、このまま殺すのはもったいないくらいのエロい体だ。せっかくだから楽しませてもらおうか」

 そっちの展開? たしかに、それなりに美貌とナイスバディには自信はありますけど。でも、こんなところでこんなやつに魅入られてもね……

「悪いけど、外見だけのイケメンボーイには興味がないの。内面おこちゃまのぼくは帰ってママに甘えなさい」

 私に睨みつけられたアキオは不敵な笑みを浮かべる。そして、私のドレスの胸元を掴んで……


 ビリビリビリー!


 ドレスの前面が下まで引き裂かれる。

「きゃああああー、ちょっと。なんてことするのよ」

 慌てて右手で隠したけど……見えてないでしょうね?

「いいじゃねえか。誰もいない密室だ。楽しもうぜ」

「私、そんな趣味ないわよ」

 口では抵抗できても力は全く敵わない。

 こういうとき、ドラマだとだいたい花瓶とかでガツンとやっちゃうパターンだけど、なんでここに花瓶ないのよ。あるのは紙ファイルの束だけ……豆腐よりは硬いけど、ピンチを逃れられるほどの武器にはならなさそう。気が利かないわね。

「ほら、その手をどけてごらん」

 ニヤニヤしながら近づくアキオが、胸を隠している私の右手を掴む。絶体絶命。

 いやだ、助けて……

 その瞬間。

 どがん!

 鍵がかかっていたドアが木っ端みじんに吹き飛んだ。

「そこまでだ。アキオ。おれの大事な新入社員の手を放せ」

「な、なに?」

 もう……遅刻よ。もう少しで間に合わなくなるところだったんだから……

   

 ハルトは私の方に近づくと、着ていたスーツを脱ぎ、さっと私の肩にかけてボタンを締めてくれた。

「くそ、こうなったらお前たちも道ずれだ」

 アキオが胸元からピストルを取り出す。

「ハルトさん、あぶない……」

 私が叫んだ瞬間、黒いゴスロリの陰が目に前に立ちふさがった。メイドのユナだった。アキオが発狂しながらピストルをユナに向ける。

 ユナは「こっちを見ないでくださいね」と言って男たちに背を向けると、メイド服のスカートの前側を捲し上げた!

「えっ……何してるの?」

 私の驚きを意にも介さないユナ。

「メイドのスカートは四次元ポケットになっていますので……」

 そして、スカートの中からガトリングガンを取り出して、今度はそれをアキオに向ける。

「その豆鉄砲で、毎分4千発連射するこの銃と勝負をなさいますか?」

 淡々と語るユナの口調が敬語だからなおさら怖い。六本銃身を突きつけられたアキオはその場でピストルを落として膝から崩れ落ち、駆け付けた警備員に取り押さえられ、事件は決着したのだった。


「まったく……なんで、オレがいないときにこんな無茶なことを」

「す、すみません」

「前回といい、今回といい、メイに関わると大変な目に合うことばかりだ」

「……すみません」

 グーの根も出ない。

「……とはいえ、一人で残してしまったおれのミスでもある。怖い思いをさせて、その、ごめんな」

 ……たしかに、ちょっと怖い思いしたわ。だから、今ならちょっとは甘えられるかしら。

「はい、私、怖かったです~」

 そして、思いっきりハルトの胸に飛び込んだ。ハルトは……ぶっきらぼうな表情のまま、やさしく包み込んでくれた。やっぱりハルトの胸って暖かくて気持ちいいな。ふふふ、ウソ泣きがバレてないことを祈る。


「あの、なんでハルトさんはアキオが犯人だって気づいたんですか?」

「経理部に行って決裁ルール調べたんだ。そしたら、全決裁が経理部長のアキオの独裁になっていたってわけさ」

 そっか。最初から経理部長が怪しいと睨んでいたのね。さすがハルト、最強エージェントといわれるだけあるわね。

 その後、社長のピトンも遅れながら現場に駆け付けた。

「ハルトさん、メイさん、本当に、この度はお詫び申し上げます」

「いえいえ、とんでもない。ユナさんに助けてもらいました。ユナさんありがとうございます」

「とんでもないです」

「ここだけの話、実はアキオは貴族の家柄なのですが……宮廷の権力抗争に敗れて借金がかさんでいるようでして……」

 ……宮廷抗争……貴族も楽じゃないってことなのね。

「このようなことがあっては、買収を進めてもらうことは難しいですよね」

 ピトンはしょぼんとしている。一方で、ハルトはすがすがしく答えた。

「社長、懸念材料は消滅しましたので、予定通り買収の提案をさせてください」

「ほ、本当ですか?」

「はい。キャッシュフロー4億カルマの13倍、52億カルマで提案します」

 え?ちょっと……そんなに高値? おどろいたのは私だけではないみたい。提示を受けたピトン社長自体が一番驚いているようだ。

「それはおかしいです。我が社のキャッシュフローはほぼゼロでした」

「いえいえ、不正が解消したので、これからこの会社は年間4億カルマを稼げます。だからフェアな価格を提示したい」

「……ありがとうございます。それでは、ぜひよろしくお願いいたします」

 なるほど。あくまでフェアを突き通すのね。やっぱり、見込んだ通りだったわ。まじめちゃんハルト君の魅力よね。こうして、契約は無事に完了した。


「それでは、契約成立を記念し、そして不正の解決のお礼もかねて……今晩はぜひ宮廷晩餐会にお越しください」

 え? うっそー? ついにきたー!? あこがれの宮廷晩餐会!

 あ、でも……私、ドレスが……高かったのにビリビリ……さすがにこれでは晩餐会には行けないわ。仕方ないわ。今晩もユナのオープンサンドで我慢ね。

 ……と思っていたら、ハルトが前向きな回答を出した。

「新しいドレスをひとつ至急拵えたいのですが」

「わかりました。この国の最高の仕立て屋を紹介致します」

 ……んー! ハルト! 私はハルトに抱きついた。今回はウソ泣きじゃないかも……

   

 私も色々経験をしてきたけど、中世皇族の晩餐会に呼ばれるのは初めて。もうドキドキの連続だったわ。

 まず、この国の王様と女王様への謁見。そのあとは晩餐会。お食事は本当においしかったわ。濃厚なスープ。お魚の洋酒蒸し。羊もも肉の蒸し焼き……もしかして……

「これって、ユナさんが作ったんじゃない?」

 そばにいたユナが顔を赤らめて答える。

「一応、国家一級メイドなので、この程度は嗜みと言いますか……」

 ……すごい、晩餐会の料理まで作っちゃうなんて……メイドってそんなすごい仕事なのね。


 その後はダンスタイム。

「あ、あのさ……」

「はい?」

「おれ、ダンスは得意じゃないけど……よかったら踊るか?」

 ……もう、ハルト。かわいい。お姉さんにすべて任せなさい。こうして、ふたりのチークタイム。なんて素敵な夜なんでしょう。


「お疲れ様」

 部屋に戻ると、ハルトがソファに身を投げ出して宙を仰ぎながら言った。

「お疲れさまでした」

 そのまま、ソファで雑談を続けていると、やがてハルトも疲れが出てきて、まどろんできた。そろそろかしら?

「ねえ、ハルトさん、話は変わるんですけど。コルセットがきつくて……この紐、ほどいてもらえますか?」

「ん?うん、いいよ」

 ハルトが背中のひもを引っ張ると、コルセットがほどけて床に落ちる。私はハルトに背を向けながら、コルセットの抑圧から解放されて暴れる自分の両胸を両腕で抑え込む。今の私、下着っぽいパニエしか着ていない。ショーツほどではないけど、やっぱり少し恥ずかしいわね。

「ハルトさん、このパニエも外してもらえますか……」

 そこでハルトはふと我に返ったようだ。顔を思いっきり赤らめて……

「か、からかうなっていってるだろ。はやく着替えろ」

 もう、相変わらず堅いんだから。

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