恋は五月病より強し
新生活の第一関門といえば、ゴールデンウィークを越した辺りにみんながかかるアレだろう。
「だり~……」
大学生初の大型連休明け。俺はいつもより重く感じるリュックを背負い、大学へと続く坂をだらだら歩いていた。立派な五月病である。
昼過ぎという時間帯もあり、ちらほら大学から意気揚々と出てくる奴らもいる。だけど俺と同じく構内へ向かう連中の目は、心なしか死んでいるように見えた。そうだそうだ、と俺は内心同意する。
「みんな、連休明けはつらいよな」
「お前と一緒にすんな」
いきなり、肩を叩かれた。おわ、と声を上げれば、同級生が俺の肩に腕を回して「はよ」と耳元で囁く。耳にかかる吐息がこそばゆくて、ふるりと背中が震える。
「ひょわ」
「はは。かわい~」
「こら!」
俺が憤慨して腕を振り回しても、ひょいと避けられてしまう。背が高い奴は、俺を見下ろしてにやりと笑った。授業で一緒になることが多くて、自然とつるむようになった友人だ。
いつも、彼は俺に挨拶と一緒に「かわいい」と言う。はっきり言ってイケメンからの「かわいい」は、かなり心臓に悪い。俺はちょっと不貞腐れて、肘を彼の脇腹にぶつける。
「恥ずかしい、セクハラ。かわいくないっての」
「ん~?」
喉を低く鳴らして、懲りずに俺の方に頭を傾ける。彼のさらさらした髪からなんかいい匂いがして、俺は少し動揺した。なんとイケメンは、いい匂いもするらしい。少し胸が高鳴って、いけない、と口元を引き締めた。この男の隣にいる一か月間、ずっとこんなことばかりだ。
「そういえば、ゴールデンウィーク何してた?」
彼は俺の腰に腕を伸ばし、きゅっと自分の方に引き寄せた。距離が近くて心臓が跳ねる。
「ち、近いって」
「俺は地元に戻って、あっちの友達と遊んでたんだけど」
腕を突っ張って離れようとする俺を無視して、彼はスマホを開く。
「これ。最近新しくできたラーメン屋のラーメンだって」
何の変哲もない醤油ラーメンの写真。それが実は、俺にくっつく口実でしかないんじゃないか、なんて。自分の突拍子もない考えに、視線が泳いだ。頬が熱い。彼が俺を抱く腕に、少し力が籠った。
「ちょっと、こっち」
彼はマイペースに、建物の影へと俺を引き込む。五月の爽やかな日差しが遮られ、少し涼しい風が頬を撫でた。俺が頬を冷やそうと手を当てていると、彼はその大きな手を、俺の顔を覆うようにぴったりとつけた。
「な、なに」
「チョロいなぁって」
あ? と低い声で凄んでも、彼は上機嫌に目を細めた。今すぐ鼻歌でも歌いだしそうな様子に、ますます俺の眉間の皺が深くなる。
「ごめんごめん」
俺を弄ぶ張本人は、俺の指を、彼の指の腹で撫でた。その感触にまた胸のあたりがざわついて、指が浮いて丸まる。そこを彼にあっさり絡めとられ、捕まえられた。
なんだこれ。付き合ってるみたいじゃん。思わず唾を飲み込んだ俺に、彼は弾んだ声で言った。
「付き合ってるみたいだね」
「は、はぁ?」
裏返った声を上げる俺に、奴は顔を近づける。あと五センチくらいで唇がくっつくんじゃないかって距離で、楽しそうに俺に微笑みかけた。
「俺、ゴールデンウィーク明けがめちゃくちゃ楽しみだったの」
だって、と彼は続ける。
「お前に会えるから。何を土産話にしようかなって、ずっとそればっかり」
絡まった指がじんわりと熱くて、俺はオーバーヒート直前だった。必死に頭を回転させて、なんとかこの空気から逃れようとする。
「み、みやげばなし、すれば?」
「うん」
彼の声が優しくて、羞恥心で胸が痛い。彼は俺の名前を呼んで、「たくさん話そうね」と絡めた指に力を込めた。彼の指の腹で俺の手の甲をなぞる、その手つきがなんとも言えず色っぽい。
「ばか!」
いっぱいいっぱいの俺が思わず罵倒すれば、彼は心底嬉しそうに笑った。
「俺、五月病じゃない五月なんて、今年がはじめて」
「うらやましいよ」
悔しくて減らず口を叩けば、彼は「うん」と、よく分からない返事を寄越した。その熱のこもった低い声を、俺はしばらく忘れられそうにない。
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