再生計画 : 2024年6月
【とっくに枯れていた】
ローエ星系第五惑星マラッタは資源惑星として、採掘機械がいくつも稼働する工業惑星だ。大気は淀み、草木は枯れ、動物は死に絶え、海洋は汚染尽くされていた。
人間が生活するには困難を極める環境であるが、作業員としてこの星で働くブッシネッロ・ユウキは、仕事を終えて帰宅後、唯一の楽しみである地球の映像を見ていた。いわゆるネイチャー動画で、人類の故郷、母なる星である地球の大自然を撮影した動画である。
人類が宇宙に飛び出してから数百年。今や銀河系各地に散らばった人類は、地球での記憶を持っている者はほぼ皆無で、こうした記録映像でしか見ることができなかった。
青い空、緑の木々、空を飛ぶ鳥たち、大海原を泳ぐ巨大な魚、川で魚を捕る猛獣たち、どれを見てもユウキにとっては魅力的で、繰り返し繰り返しこの映像を見ながら、プレート飯を肴に晩酌と洒落込んだ。すべて配給された合成食品ではあるが。
この星の住人はほぼ掘削作業員で占められ、日用品や食料品はすべて会社からの配給となるため、基本的に買い物をする必要はない。
ユウキが住む街にある商業施設は、スクリーンが360度ある〔アラウンドシアター〕を中心に、運動施設やゲーム・カジノ施設などがある娯楽施設と、飲食店街やスーバーマーケットが一緒になった複合商業施設となっていて、贅沢品などはここで調達することになっている。
しかし、すべての商品が高額であり、これらの施設は支配階級や上流階級の、会社上層部や統治機構関係者が利用するためにあるのだ。
労働階級のユウキにはほとんど手が出せない代物ばかりであるため、いつも配給品で済ませている。それこそ贅沢をしなければ、生きていくのに困らないのだ。
とは言え、劣悪環境下での労働と、合成食品による栄養不足により、多くの労働者が落盤事故や病気などで命を落としていく。ユウキの同僚もすでに数十人と亡くなっているのだ。彼もいつ命を落とすか分からない。
こんな生活を送るユウキにとって、青く輝く地球はまさにユートピアであり桃源郷であり、憧れの地であった。
しかし、今日同僚に見せられた映像は、信じられないものだったのだ。
そのせいか、美しい地球の映像を見ても、いつもの様に気持ちが晴れやかになり、ワクワクするような湧き上がる感情がまったくと言って良いほどなかった。
仕事中の休憩時間に、地球を憧れていると標榜していたユウキへ、地球の最新情報が手に入ったと言って、同僚がその映像を見せてくれたのだ。
ユウキは期待に胸を膨らませながら、彼が再生した映像に見入った。
ところが、そこに映っていたのは、ユウキが思い描いていた地球とは似ても似つかない、赤茶けた地球だったのだ。
宇宙から見た地球に映像がよっていくと、地上の映像に切り替わった。
そこには、青い空も、緑の木々も、空を飛ぶ鳥たちも、大海原を泳ぐ巨大な魚も、川で魚を捕る猛獣も一切なく、砂塵が舞う赤茶けた大地が広がり、廃墟と化した高層ビル群が今にも崩れ落ちそうな状態で、辛うじて建っていた。
そう、地球はとっくに枯れていたのだ。
ユウキは、この映像を見せた同僚につかみかかった。
「こんなの嘘だろ!俺を馬鹿にしてるのか!」
しかし、同僚はすまなそうに言った。
「これが現実だ。作り物でもないし、CGでもない。第一こんな映像を作って何の得があるんだよ。」
ユウキは、同僚の襟首をつかんだまま、その場に
【悲しいくらいに暖かい】
枯れ果てた地球の映像を見せられたブッシネッロ・ユウキは、その後も長い間、気持ちが落ち込んだままだった。採掘機を操作していても、心ここにあらずで、ミスが目立つようになり、監督官から激しくどやしつけられることも増えた。
これまで、真面目にミス無く仕事をしていたユウキには考えられないほど、彼の精神は落ち込んでいた。
いつか地球に行くつもりでコツコツ貯めていた貯金を切り崩して、商業施設の飲み屋街に繰り出し、酒を浴びるようになってしまった。ここには一杯で合成酒が数十杯から数百杯は飲めるだろう高級酒が、当たり前のように売られていた。つまみ一皿も合成食料が数十人前にはなるだろう金額だ。
それでも、ユウキは合成酒じゃない酒と、合成食料じゃないつまみを頼み、浴びるように飲んでいた。
悔しかったのだ。青々とした地球にどれほど憧れていたのか。ユウキにとってはまさに心のよりどころだったのだ。
その地球が赤茶けた、まさに今自分がいるこのマラッタと同じだったのだ。
人類は母なる星を破壊し、それだけでは飽き足らず、このマラッタも同じ運命に陥れていたのだ。
ユウキは裏切られたような気分だった。好きな女の化けの皮を剥がしてしまったような、嫌な気分に陥り、このやるせない気持ちを、高級酒を煽ることで紛らわせようとした。
しかし、飲み慣れない酒は、彼の口には合わず、美味くもなんとも感じない、ただのアルコールにしか過ぎなかった。
つまみ一皿を平らげ、2杯目の酒を飲み終えようとグラスを持ち上げた時、後ろから声を掛けられた。
「失礼ですが、ブッシネッロ・ユウキさんですね。」
振り向くとそこには色白の、あまり健康的とは言えない、痩せ細った女性が立っていた。
「ん?あんた誰だ。どうして俺の名を知っている。」
ユウキは訝しみながらも、誰何した。
「私はトゥイエン・ウィエン・ファムと申します。あなたに折り入って頼みがあり参上しました。」
トゥイエン・ウィエン・ファムと名乗った女性は、馬鹿丁寧にお辞儀をしながら返事をした。
「そのトゥ……なんとかさんが、僕に何の用だ。そっち系の話なら間に合っているから。」
ユウキは、その手の女性が、自分をカモにするために声を掛けたのだと思い、警戒レベルを跳ね上げた。
「トゥイエン・ウィエン・ファムです。呼びづらければトゥイエンとお呼びください。
詐欺や売春では決してありません。あなたにお願いがあって参りました。ここでは周りの耳目もありますので、場所を変えましょう。お代は私が精算しましたから。」
ユウキの疑念をはっきり否定されてしまい、その上代金まで払って貰ってしまっては、詐欺や売春を疑う余地はなくなったが、まだ警戒レベルは上げたままだ。
「そうか、それはごちそうさん。で、どこへ行くんだ。」
「今はそれを申し上げるわけにはいきません。ここを出てからきちんとお話します。」
「わかったよ。おごって貰っちゃったら、ついていくしかないか。」
警戒レベルは上がったままだが、ユウキは渋々了承し、残っていた酒をあおってグラスを空にすると、いつも愛用している帽子を被り、立ち上がる。
給仕に「ごちそうさま」と言って、トゥイエン・ウィエン・ファムに続いて店を出た。
まだ早い時間帯だ。店の外には金持ちと思われる上流階級の連中が、買い物や飲食を楽しんでいた。
トゥイエンは「こちらです」と言って、ユウキを先導して歩き始めた。
ユウキは彼女の怪しい雰囲気を後ろから眺めながら、仕方なくついていった。
どうしてついて行く気になったのか、ユウキには分からなかったが、彼女の切羽詰まった様子と、どこか悲しいくらいに暖かい雰囲気に惹かれたのかも知れなかった。
【求められたら求めるだけ】
ブッシネッロ・ユウキは、トゥイエン・ウィエン・ファムに連れられて、郊外の岩山に隠された秘密扉の奥にある、彼女たちの隠れ家に連れてこられていた。
エレベーターで降りた地下にも関わらず、映像でしか見たことのない自然がユウキの目の前に広がっていて、木々や草花が咲き誇る庭園に建てられた一軒家が、彼女たちの隠れ家だった。
レトロな外見とは裏腹に、一軒家の中は壁一面に機器やモニターが埋め込まれた広間で、10人ほどの女性たちが忙しそうに操作していた。
広間の中央にある大きなテーブルの一角に座り、ユウキはトゥイエンから、ここに連れてこられた理由の説明を受けていた。
「まずは、私たちが人工生命体であることはお含み置きください。」
彼女の第一声がこれだった。
彼女によると、人工生命体とは、レ・ティ・ホン・ニュン博士により作り出された生命体で、合成精子と合成卵を受精させて作り出された人間だということだ。
彼女たちが人工的に作られた人間だというのが信じられないぐらい、自分とまったく区別つかないほど人間らしかった。
それもそのはず、彼女たちは遺伝子操作をされているだけで、その他は人間とまったく変わらない成長過程を辿っていたのだから。
そのため、見た目は変わらないが、身体能力は人の数十倍はあり、体力、記憶力、反応速度、すべてにおいて人間とは比べものにならないほどである。
ちなみに、ユウキがネットで無作為に探した、1000文字ほどの文章を一瞬見せただけで、一言一句違わずに暗唱して見せた時は、彼女の能力を信じざるを得なかった。
「君たちが凄い人間だと言うのは理解した。で、自分をここに連れてきた理由は何だ。」
ユウキは、こんな凄い人間たちが、自分を必要としている理由がまったく想像できなかった。自分はしがない労働階級の人間であり、掘削重機を動かす以外何の取り柄もない。そんな自分を必要とするなんて、酔狂以外の何物でもないと、ユウキは考えていた。
「私たちがあなたを必要とする理由は、遺伝子の提供です。
私たちは遺伝子を合成する技術がありますが、その遺伝子パターンは限られており、このままではいずれ先細りしてしまいます。そこで、新たな遺伝子パターンを知る必要があるのです。」
彼女によれば、ユウキの皮膚細胞を採取し、遺伝子を分析し、その遺伝子パターンを元に改変、改良を加え、従来の遺伝子パターンと交配させて、新たな人工生命体を作るというものだった。
「もう一つの理由は、こちらの方が重要なのですが、統治機構に反乱を起こすためのリーダーになって欲しいのです。」
現在彼女たちは、この星をかつての緑豊かな星に戻そうと計画をしているが、統治機構の監視が厳しく、計画が思うように進んでいないのだ。
ただ、統治機構が所有している保安部隊は、ロボットとアンドロイドのみであり、ロボットは内蔵されたプラズマ・センチネルと言うブラズマ銃を基本的に使用し、アンドロイドは人間の警備部隊が使用するネビュラ・エンフォーサー3000と言うレーザー銃をメイン武器にしている。
それに対し、人工生命体の彼女たちが使用する武器は、軍から横流しされたインターステラー・マーシャルIM-15と言う荷電粒子銃を独自に改造したモデルで、型落ちしているが、保安部隊を凌駕する火力は充分あり、人工生命体である彼女たちの方が、身体能力も知能も優秀であることを加味すれば、戦力としては体制転覆するには充分である。
しかしながら、リーダーがいないため、体制転覆後の統治機構を運営できないと言う。そこで、そのリーダーとしてユウキに白羽の矢が立ったのだ。
ユウキが選ばれたのは、特段身体能力が優れているとか、特段頭脳が明晰であるとか、特段何か非科学的な特殊能力を有しているとか、そんなことでは一切なく、その理由はただ一つ、地球の自然に憧れ、心の底から自然に心酔していると言うことだった。
ユウキは、トゥイエンの申し入れに逡巡した。彼に他人を引っ張り、先導する能力は皆無だ。仕事では万年使われる身、人を使うなんてことはしたことなどなく、ましてやリーダーに成るなんてまず無理な話である。
しかし、トゥイエンにとってそんなことは関係ない、ユウキがこの星を緑の星にしたいと願うだけで良いのだと言う。
「私たちはあなたに反乱を指導して欲しいのではないのです。あなたの自然に対する気持ちに共感しているのであり、皆の心を繋ぐハブになって欲しいのです。
私たちが守りたいのはここにある緑の自然であり、この星の命なのです。そのために必要なのが統治機構を倒すことであって、目的はそこではないのです。」
トゥイエンの言葉には、切羽詰まった、鬼気迫る感情が溢れ出ていた。
ユウキは、飲み屋で会った時に感じた、彼女の悲しいくらいに暖かい雰囲気が、実は優しさや人知を越えた能力によるものではなく、彼女の心に秘めた緑の星を取り戻すという熱い想いが醸し出しているのだと感じた。
統治機構も、相手に要求をするなら、自分たちも要求されることを覚悟しなければならない。他人に求められたら、相手に求めるだけである。この当たり前の道理を、彼らに叩きつけてやるだけである。
トゥイエンから熱い想いで請われたのであれば、ユウキはその願いを叶えるべく全力を尽くすだけである。
ユウキは、彼女の言葉に心を決め、反乱組織のリーダーに収まることにした。
その後、ユウキはトゥイエンを始めとした人工生命体のメンバーと作戦会議を重ねていった。作戦と言っても、各地に散らばっている人工生命体のメンバーが既に数万人からいて、統治機構や採掘会社にも深く潜り込んでいるらしいので、そこから上がってくる情報をもとに、作戦が練られていった。また、労働争議を装ったデモ活動や、市民を扇動した略奪など、様々なアプローチが計画されていた。
ただ、闇雲に統治機構と対立しても、統治機構や採掘会社に依存している人々にとっては、はた迷惑な話で、単にこの星を解放すれば良いと言う話ではない。
この星には、現在およそ20億人が住んでおり、これだけの人口を、解放後統治するのは大きな問題であり、ユウキやトゥイエンたちが頭を悩ます問題なのだ。
しかし、こうしてユウキは反乱組織のリーダーと成り、緑の星を取り戻すべく奮闘することに成ったのだ。この反乱が成功するかどうかは、神のみぞ知るということだ。
マラッタが緑の星に戻れるかどうかは、ユウキの手腕に委ねられた。
ユウキは、人工生命体の彼女たちとともに、この星の自然を必ず取り返すと心に固く誓った。
<完>
【後書き:2024年6月】
ご一読いただきありがとうございます。
2024年6月に提示されたテーマは【とっくに枯れていた】【悲しいくらいに暖かい】【求められたら求めるだけ】です。
今回はもの凄く難易度が高く、苦戦を強いられました。
【とっくに枯れていた】とは環境破壊が進んだ惑星をすぐに思いつきましたが、問題は後ろの二つです。【悲しいくらいに暖かい】は何をもってこの感情になるのか、また【求められたら求めるだけ】というのも要求されたら要求し返すと言う、何かハンムラビ法典の様なものを想像したが、結局支配階級との対立構造で落ち着きました。
少し設定が粗くなり、強引になってしまった部分もありますが、これをきっかけに、思索の海に出かけていただければ幸いです。次回は7月になります。よろしくお願いします。
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