第45話 釣り人……と、漁師?

 見慣れたオレンジの街並みを視界におさめた途端、ふつふつと湧き上がるこの思いをどう表現するべきか。


「――……僕は、帰ってきたぞー!」


 拳を天に突き上げる。でも、声は小さい。ここ――はじまりの街にはプレイヤーがたくさんいるからね。あんまり目立つ行動はしたくない。


 密かに喜びを噛み締めて、るんるんと街中を歩く。

 カミラと別れてから、わりと必死に飛んで駆けてバトルして、ようやく帰ってこれた。体力と魔力の回復速度を上げるスキルがなかったら、結構危うかったかもしれない。


「うっかり忘れない内に、転移ピンを設定してこようっと」


 設定する三か所はもう決めてる。

 ランドさんの薬店前とレナードさんの錬金術工房前、西の港近くだ。一番関わりが深い人たちと、利用頻度の高いエリアを選んでみた。

 レストさんの酔いどれ酒場も迷ったんだけど、そこはランドさんのところと近いからやめたんだ。


 てくてく街を進んで、順調に転移ピンを設定していく。


 ついでにアリスちゃんとお話したいな、って思ったけどいなかった。残念。でも、ランドさんとはちょっとお話できた。

 最近は薬草の納品が多くて、体力回復薬の需要も高くて、大変みたい。お疲れ様です〜。


 レナードさんともちょこっとお話。今は依頼を受けたアイテムを製作中らしい。

 世間話って感じで「最近なにを錬金した?」って聞かれたから、「魚の下ごしらえたくさんしたよ!」って答えておいた。


 すごく微妙な顔をされたので、そろそろちゃんと錬金術を活用しようと思う。なに作ろうかなー?


 工房に行ったついでに、近くの錬金術ギルドも訪ねて、ストレージから必要なアイテムを引き出した。

 そして、最後の転移ピンを西の港傍に設置しようと思って街中を歩いてたんだけど……果物屋さんが見えて、ハッと気づく。


 果物屋さんから出てたミッション、結局どうなったんだっけ? 第二の街との流通を回復させたら達成ってことだったはずだけど。


「こんにちはー」

「おや、いつぞやの小さな冒険者さんじゃないか」


 果物屋のおばさまにちゃんと覚えてもらえてた。

 とりあえず、報告してみよう。

 報告するのは、第二の街への流通を妨げてたモンスターが倒されたこと、新たにモンスターが湧いたこと、街道整備中だけどすでに小規模の商隊なら通れるようになってることだ。


「――そうなんだねぇ。それなら、もうじき果物も入ってくるだろうね」


 おばさまがホッと息をつく。安心したみたいで良かった。


〈ミッション『果物店の困りごと』をクリアしました。報酬三千リョウを入手しました〉


 アナウンスもあった! 報告が必要だったんだね。もしかしたら、報告しなくても、実際に果物が流通し始めたタイミングでクリアになってたのかもしれないけど。

 どちらにせよ、無事ミッションを達成できて嬉しい。


「あんたも色々がんばってくれたんだろう。これ、持ってきな」

「おお? 大量のりんごだー」


 渡された袋の中にはゴロゴロとりんごが詰まってた。美味しそう。

 ありがたくもらって、おばさまに別れを告げる。ミッション達成できて、ちょっと身軽になった気分だ。



「るんるんる〜ん」


 スキップしながらやって来たのは西の港。バトルフィールドに入る手前に転移ピンを設定したから、本日の目的はもう完遂だ。ということで――。


「楽しい釣りの時間だよー。【召喚】スラリン!」


 人気がない浜辺までやって来て、漁という名の釣りを開始。僕の釣人としての勘が、今ここで釣れと訴えてる。大漁の予感がするね。


「きゅぴ!」

「いつも通り魚とろうね。できたら、エビとか貝もほしいな~」

「きゅ……きゅぴぴ!」


 スラリンはちょっと考えるように体を斜めにした後、気合いあふれる眼差しで跳ねた。なにか良い方法を思いついたのかな? 楽しみにしてるよー。


 僕は釣り竿と釣り餌を準備。

 釣りライフを快適にするために、釣り竿は【普通の釣り竿】にバージョンアップしたんだ。釣具店で見かけて、即決したよ。


 釣り竿自体に物理攻撃力+5、体力+10の効果があって、一人で釣りやすくなったんだ。

 この釣り竿、下手な武器よりステータスへの効果が大きいのでは?


 ステータス自体を上げるのは、どうしても魔力攻撃力とか素早さとかを優先しちゃうんだよねぇ。

 釣り竿を良くするだけで補えるなら、千リョウくらい安いものです。


「釣り餌は錬金術製!」


 レシピは痺海月ビリクラゲ粘海藻ネバウィード真鰺リアルアジ

 色々と試した結果、これが一番食いつきが良くて、さらにモンスターへの麻痺効果が生じる釣り餌っていう最強さだったのです。


 釣り餌がモンスターを攻撃するってヤバくない?

 毒を使ったら、釣った魚に影響が出そうだけど、麻痺効果なら問題ないもん。


「大物狙いで――いっけ〜」


 目的の場所まで投げて、後は待つだけ。

 最近はスラリンが真鰺リアルアジまでの大きさの魚なら獲れるようになったから、僕はそれより大きな魚を狙うんだ。


 いつかかるかなー、とのんびり海を眺めてたら、なんか緑のプラ袋みたいなものが漂ってきた。


「――って、スラリンじゃん!」


 なにしてるの? いつも地引網みたいな漁をしてるのに、今日は遊泳気分だったのかな。


「あ、魚がかかった! けど、スラリンが気になるぅ!」


 当たりがあって、踏ん張って釣り糸を巻き取りながらも、スラリンに視線を向けちゃう。――あ、海に潜った。スラリン、泳げたんだねー。


「んん? なんか海が引き潮になってるような?」


 遠くなってきた海に首を傾げてたら、大きくなったスラリンが海上に顔を出した。ちょっとずつ見える部分が大きくなっていく。中には魚がたくさんいるみたい。


「おっと……僕も釣れた! 初めてのやつだー」


 釣り竿の先には赤い魚体。これは……?


――――――

赤目鯛レッディメダイ

 海で釣れるモンスター。深海域に生息し、暗いところでも視野が広い。奇襲攻撃を得意とし、海中でバブル攻撃(暗闇の追加効果)を仕掛けてくる。攻撃力は高くないが、素早いため、バトルに持ち込むことが困難。得意属性【火】苦手属性【風】

――――――


 金目鯛かな? 高級魚じゃん!

 煮付けのイメージだけど、刺し身でもいける? たくさん釣って、アレンジしていきたいなぁ。


「やったね。次いこ〜」


 るんるんしながら、二投目開始。

 それはそうと、スラリンはどうなったかな?


 視線をスラリンの方へ戻したら、ちょうど砂浜に上がってきたところだった。大きな体でゴロゴロ転がってる。運動会の大玉ころがしを思い出すなぁ。


「スラリン、なにをしてたの……って、その中にいるのは……!?」

「きゅぷ」


 スラリンがぴゅーっと海水を吐き出すのと同時に、捕らえてきた獲物が砂浜に落ちていく。

 おなじみの痺海月ビリクラゲ粘海藻ネバウィード真鰺リアルアジなどにまじって、エビがビチビチ跳ねてたり、貝が転がってたり、最高の成果じゃん!


「獲ってきてくれたんだね! わざわざ海に潜ってたのは、もしかして砂浜の中を探ってたから?」

「きゅぴ」


 頷くスラリンに感激する。

 僕の要望をがんばって叶えようとしてくれたんだ。こんなの喜ぶに決まってるよ。


「ありがとー! 大好きだよ、スラリン! 頼りになる〜」

「きゅぴぴ!」


 元通りの大きさに戻ったスラリンが嬉しそうに跳ねているのを眺めて、にこにこ笑う。


 エビと貝が手に入ったし、作れるレシピの幅が広がるねぇ。洋風メニューも作りたい。レシピを調べてこなくちゃ。



******


◯NEWアイテム

【普通の釣り竿】レア度☆

 釣具店で買える釣り竿。使用すると、釣り中に物理攻撃力+5、体力+10の効果がある。


【麻痺餌】レア度☆

 釣り餌。錬金術のオリジナルレシピで製作されたアイテム。食いついたモンスターに麻痺状態を付与する。

 レシピ:痺海月ビリクラゲ粘海藻ネバウィード真鰺リアルアジ


◯NEWモンスター

赤目鯛レッディメダイ

 海で釣れるモンスター。深海域に生息し、暗いところでも視野が広い。奇襲攻撃を得意とし、海中でバブル攻撃(暗闇の追加効果)を仕掛けてくる。攻撃力は高くないが、素早いため、バトルに持ち込むことが困難。得意属性【火】苦手属性【風】


虎柄海老タイガーエビ

 海で獲れるモンスター。跳ぶように泳ぐ。通常、海藻に隠れているため見つけるのが困難。攻撃力はほぼない。得意属性【火】苦手属性【風】


桜小海老サクノコエビ

 海で獲れるモンスター。集団で行動し、敵一体に対して群がるように攻撃する。主な攻撃手段は噛みつき。一体での攻撃力は低い。得意属性【火】苦手属性【風】


桜乃大海老サクノオオエビ

 海で獲れるモンスター。小さめの魚系モンスターや甲殻類モンスターを容易に捕食する強靭な顎を持つ。主な攻撃は『はさみ』『噛みつき』『テールアタック』。得意属性【火】苦手属性【風】


桜浅蜊サクノアサリ

 海で獲れるモンスター。砂地に生息する。攻撃力はほぼないが、硬い殻で身を守っている。得意属性【火】苦手属性【風】


桜紋蛤オウモンハマグリ

 海で獲れるモンスター。砂地に生息する。敵を殻で挟んで攻撃する。硬い殻で身を守っている。得意属性【火】苦手属性【風】


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