第16話 大人な雰囲気に憧れます
リリとルトと別れて、宿のところまで帰ってきました。
「えっと、隣の酒場……」
宿の前を通り過ぎて発見。居酒屋とバーを混ぜた感じのお店。
扉には準備中って書かれてた。今は夕方頃だし、開店までまだ時間があるのかな。今日分のお肉が必要なんだったら、いいタイミング?
「こんにちはー」
カラン、と鳴る扉を押し開ける。鍵がかかってなくて良かった。
「うん? ……ああ、もしかして君は、ジルが肉の納品を頼んだっていう冒険者かい?」
「そうです。モモっていいます」
ちょっと丁寧に話しちゃうのは、酒場の店主であるジルパパが予想より上品な感じだったから。
グラスを拭きながら静かに笑う感じ、大人の男って印象があって憧れる。……でも、僕が思い描いてた酒場のイメージとは全然違った。お洒落なバーとかイタリアンレストランで働いてる人っぽい。
「そんなに硬くならないでいいよ。僕はレスト。ここの店主さ。お肉の納品をしてもらえるのは、本当にありがたいんだよ」
ジルパパ改め、レストさんが作業をやめて微笑む。なんか色気のある人だなぁ。
気後れしながら近づいたら、調理スペースに招かれた。ここに肉を出してほしいんだって。調理スペースには料理人らしき人もいた。
「お、肉の到着か?」
「僕を食べるみたいに言わないでー」
ムッとしながら言い返す。ガハハッと豪快に笑われた。……これくらい粗雑な方が、ちょっと気楽だね。
「良い肉付きだと思ってな。わりぃ」
「本気で肉として観察されてた、だと……!?」
衝撃を受けてたら、さらに笑われた。レストさんが「失礼な物言いはおやめなさい」と言いながら、勢いよく頭をひっぱたいてる。……見かけによらず、バイオレンスですね?
「これは、この店のシェフなんだ。ガットという名だけど、覚える必要はないよ」
「は、はい……」
レストさんとガットさんのこの感じ、仲が良いからだよね?
さっきのリリとルトとは全然違ったタイプのコンビだなー。ちょっとびっくりしちゃう。
とりあえず、お肉出しておきますね。お金ちょうだい。
「……随分とたくさんあるなー」
「ありがたいね」
取り出した肉の山に、ガットさんとレストさんが驚いてる。
スライムが次々におかわりを持ってきてくれるから、たくさんとれたんだよ。あれはバトルじゃなくて、もはや狩りって言うのが正しい気がする。
「全部買い取りしてくれるの? 色つけてくれるって聞いたんだけど」
「うん。今日はこの街に旅人がたくさん来ただろう? みんなが買い食いをするものだから、肉不足が深刻でね。明日以降は、彼らが狩ったお肉が街に出回ると思うんだけど」
なるほど、今回の依頼は単発ってことね。少し残念。ランドさんみたいに継続納品依頼は望めないか。
でも、色つけてくれるのは事実みたいだし、それには感謝しよう。
「そっか。全部買ってくれるならありがたいよ。今後は冒険者ギルドに買い取りに出せばいいし」
「いや、持ち込んでくれるならいくらかは買い取るよ? 冒険者ギルドに手数料をとられない分、高くしてあげられるし」
レストさんとみつめあう。
冒険者ギルドに素材を買い取りしてもらうのは、メニューからできるから楽なんだ。レストさんには今日みたいに持ち込まないといけない。
でも、その手間分買い取り額が増えるなら、所持金がカツカツなときはありがたいかも。
「……わかった! 時間がある時は持ってくるね」
「今日みたいに準備中でも、営業中でも、いつでもいいよ」
契約成立の証に握手。
僕の手を軽く握った途端、レストさんが「ふわふわ……」と呟いて口元を緩ませてた。
もしや親子揃ってモフラーですか? 抱きつくのはノーセンキューね。あれは女の子限定です! ジルの場合は不意打ちだったけど。
「
ガットさんが感心した感じで言う。もっと褒めてくれてもいいんだよ? ほぼ、カミラの功績なんだけどね。
「しばらく
「そりゃ残念だ。だが、こんだけ
肩をすくめた後、ガットさんが肉を数え始める。
「——
お、結構高値かも。僕、ちゃんと事前にギルドでの買い取り額調べてきたんだ。一割くらい高く買い取ってくれるみたい。
「いいよ! 全部でいくらになる?」
「五千三百リョウだな」
ガットの言葉の後、レストさんがすぐにお金を用意してくれた。
所持金五千九百リョウになりました! またお金持ちだぞー。装備買ったらすぐ消えちゃう額だけど。
〈シークレットミッション『酔いどれ酒場の危機を救え』をクリアしました。酒場から依頼が出されるようになります〉
「確かに受け取りましたー。あ、そうだ。今夜はここのご飯食べられる?」
「いいぞ。すぐ食うなら、肉を焼くくらいしかできねぇが」
レストさんも頷いてくれた。わくわく。りんご以外で初めてのご飯だよ。
「お酒は飲んでもいいの?」
「そりゃー……」
「ダメだろうね。モモは年齢確認をしてないだろう?」
頷きそうだったガットさんの言葉を遮って、レストさんが言う。
年齢確認ってなんだっけ……? あ、そういえば、ゲームの設定にあったような。初期設定は未成年ってことになってるのか。……僕、まだ変更不可だ。
お酒、飲んでみたかったなぁ。
「ノンアルコールのカクテルを作ってあげようか?」
「え、いいの?!」
酒場の雰囲気を楽しみたい。というわけでノンアルコールカクテルをオーダーしました。どんなのかな? レストさんが僕をイメージして作ってくれるんだって。
酒場の店内に戻って、カウンターに座る。もう開店時間になってたんだ。お客さんも来たみたい。
次第にざわめきが満ちる店内の雰囲気に、ついご機嫌に体が揺れちゃう。こういうところで食事をするのは初めてだ。冒険者ギルド周辺のうるささとは違って居心地がいいなぁ。
「——おまたせ。桃のシロップを使ったノンアルコールカクテルだよ。炭酸も使ってるけど大丈夫?」
「うん、美味しそう!」
大好物の桃だー。細いグラスの中には淡いピンク色のドリンク。もしかして桃の果肉も入ってる? 炭酸と一緒に桃の香りが弾けて、いいにおい!
一口飲んでみたら、甘いだけじゃなくてちょっぴり苦味もある。これ、グレープフルーツかな? 甘酸っぱい感じはラズベリーとか?
厳密に言ったらジュースみたいなものなんだろうけど、大人な雰囲気があってさらに美味しく感じる。
「うまうま……」
「喜んでもらえて良かったよ」
ちょっとずつ堪能する僕を眺めて、レストさんが微笑んでる。その背後からガットさんが出てきて、「ほらよ」ってご飯を出してくれた。
しっかり焼かれた
……ノンアルコールカクテルには合わない気がするけど、まぁいっか。
飲み物と一緒に出してもらったナッツを食べてから、お肉に取り掛かります。
「……うまっ!」
語彙力なくてごめんね? でも、噛んだ瞬間に肉汁が溢れてきて、それがちょっと酸味のあるソースとあいまって、本当に美味しいんだよ。付け合わせの野菜まで美味しい。肉汁の旨味が染みてるんだもん。
え、ゲームの中で食べるものってこんなに美味しいんだ?
「——食道楽に走っちゃいそう」
「ふふ、それも楽しそうだね」
レストさんが笑ってる。本気にしてないな? 僕、本当にそうしちゃいそうなくらい衝撃を受けてるのに。
「料理人になるにはスキルが必要だぞ。俺が弟子にとってやってもいいが」
「え、本当に? でも、生産職に料理人ってないはずだけど」
どういうことだろう?
僕が首を傾げたら、レストさんとガットさんが視線を交わして肩をすくめた。
「確か、旅人がなれる職業は限定させたんだったかな?」
「職人の保護とか聞いたな。だが、後々は制限が解除される予定なんじゃなかったか?」
「そうだね。それに、専門の職業にならなくてもスキルは入手できると思ってたけど」
「それで間違いないはずだぜ」
すごく重要な会話を聞いてる気がする。
後々、プレイヤーが転職できる生産職が増えるって考えていいんだよね? 戦闘職のテイマーと同じパターンか。
スキルは今のままでも覚えられるみたいだし、ガットさんに弟子入りするのもいいかもなぁ。自分で美味しいご飯作れたら楽しいし、商売もできるかも?
でも、まずは錬金術士に弟子入りからしないと、さすがにね。
「じゃあ、時間できたら、弟子入りしてもいい? 今はちょっと忙しいんだよね」
「もちろんいいぞ。好きな時に声をかけろよ」
気のいい笑みを浮かべて、ガットさんが調理場に戻っていく。
美味しいお酒(ノンアルだけど)とご飯を食べれて、料理スキルを入手する方法までみつけられたなんて、すごいラッキーだったな!
******
◯NEW
・レスト
酔いどれ酒場の店主。隣にある宿の女将の夫で、ジルの父。上品なバーテンダーのような雰囲気だけど、時にバイオレンス……?
・ガット
酔いどれ酒場の料理人。肉料理が得意。豪快な性格。弟子入り歓迎!
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