令嬢だけど皆金目当てなのでドMの変態に決めました

角 秋也

1-有能でパーフェクトな住所不定無職

お付きのメイドに世話されながらシャワーを浴びる朝。今日はいつもと少し違う。


「お嬢様、今日会う男性はどういった方なのでしょう?」


「学歴優秀、社内での成績も完璧。なんでもそつなくこなす、パーフェクトな男よ」


メイドに髪を拭いてもらいながら答える。


「素晴らしいですね。流石はお嬢様の将来の伴侶!」


そう、今日は伴侶を迎えに行くのだ。


「……ええ。ところで六浦むつうら? 今日の髪の拭き方が少し雑ね」


いつも通り難癖をつけてメイドの胸を叩く。思いっきり。


「きゃいんっ!」


頬を紅潮させる六浦。


「私は貴方の主人。細心の注意を払って世話するのは当然よ。その無駄に大きい乳に栄養を吸われた脳に刻み込みなさい」


「はっ、はい!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


早朝、河川敷。橋の下で汚れたスーツを着た眼鏡の男が座っている。


全く、最低な格好だ。私に相応しくない。今すぐにでも最高級のスーツを仕立ててやりたい。


佐仁田さにたね?」


彼に声をかける。


「ええ。貴方は……龍造寺りゅうぞうじグループの……朱音あかねさんでしたね。お久しぶりです」


「ええ、久しぶり」


「それで、財閥の令嬢でいらっしゃるようなお方がこんなホームレスもどきに何のご用で?」


そう。優秀なのにこいつは現在住所不定無職なのだ。


「率直に申し上げると、一つの条件付けをして、私と結婚を前提にお付き合いしましょう、という話をしに来たの」


単刀直入に話を進める。


「ふむ……色々聞きたいことはありますが、条件とは何でしょうか?」


顎に手を当てて考える素振りをする佐仁田。これがとぼけているのか本気なのかさえ分からないから困る。


「貴方、ドM……いいえ、超弩級のマゾヒストでしょう?」


冷たい眼で佐仁田を見る。


「え、ええ! いやぁ、すばらしい目線です! もっと蔑んでください!」


興奮した顔で言う佐仁田。最高に気持ち悪くて、素晴らしい顔。


「その性癖を矯正してほしくて。私個人としては構わないのだけれど……世間体を考えると貴方はあまりに異常。それにお爺様が許さないわ。ともかく、実態はさておき体裁だけは私に相応しい人間になって欲しいの」


冷たい眼を崩さず言う。


そう。私個人としては構わない。ただ、私も社長令嬢。世間体というものがあるのだ。


「はぁ……難しいですね。それができれば家も職もありますよ」


さも当然のように言う佐仁田。


「いいえ、するわ。私の家の資金は使いきれないほど潤沢。貴方を矯正しながら軟禁することなど、いくらでもできるの」


「拒否権は無いと?」


これから軟禁するぞ、と宣言されたとは到底思えない、世間話でもするような顔で言う佐仁田。


「そうとってもらって構わないわ。抵抗してもいいけど……世の中にはこういうものがあってね?」


六浦に手を差し出す。棒状の機械を手渡される。


「大好きでしょう? こういうの。当然、改造済みよ」


手に持ったスタンガンをバチバチ鳴らしながら佐仁田に言う。


「ええ、ええ! 早く痛みを! 快感を!」


予想通り、ハァハァと息を荒げ興奮した様子の佐仁田。


「ふぅん……私ね、躾のなってない犬は嫌いなの。そういえばココの地面、舗装されてないわね。靴が汚れちゃったわ」


この言葉は真実だ。一方で、躾をするのも好きではあるけど。


「靴を! 舐めさせていただきます!」


興奮した様子で言う佐仁田。六浦が羨ましそうに眺めるが無視する。すると、


バッ!


背後から何者かに羽交い絞めにされる。スタンガンも抑えられ、完全に抵抗ができない。


「キャッ!」


治安の悪い地域にSP無しで来たのが失敗だったらしい。底知れない恐怖感が心の奥底から這い上がってくる。


「お嬢様!」


六浦が追いかけてくる。しかし、別の男が移動を妨害する。


「た、助けて!」


必死に声を出す。焦り、恐怖が私の体中を駆け巡る。


「私の……私の女王様になんてことをするんだ!」


男と格闘する六浦を尻目にすごい勢いで駆け出す佐仁田。

華奢な女子高生とはいえ人一人を抱えているので、私を抱えた男はすぐに追いつかれる。


「くっ、貸せ!」


スタンガンを私から奪い取り、佐仁田に向ける男。


「女王様! 今助けます!」


スタンガンの事は全く意に介さず突っ込む佐仁田。そのままスタンガンの一撃を喰らう。


「アア゛ーーーッ!!!」


膝から崩れ落ちる佐仁田。しかしすぐに立ち上がる。変態にこんな言葉は使いたくはないが、この上なく頼もしい。


「なんだこいつ……コレ改造済みじゃなかったのか?」


バチバチとスタンガンのスパークを確かめる男。


「この一撃は女王様から頂きたかった……! この恨みは大きいぞ!」


再び突っ込む佐仁田。先程と同じようにスタンガンを喰らい膝から崩れ落ちる。


「女王様は私が救う!」


再び立ち上がり突っ込む佐仁田。


「何だコイツ……ゾンビか!」


再びスタンガンを構える男。その横に駆け寄る六浦。


「駄犬、時間稼ぎ、感謝します」


回し蹴りをして男をノックアウトする六浦。

振り返ると最初に六浦と格闘していた男もノックアウトされている。


「お嬢様、大丈夫ですか!? お怪我は……?」


六浦が私に手を差し出す。


「え、ええ、ありがとう六浦」


薄っすら浮かんだ涙を知られぬうちに拭い、答える。


「……さてと、これは助けるのが遅れた罰よ」


少し冷静になって、罰(ごほうび)を与える。


六浦「すいませんでしたああああああ!」


蕩けた顔でビンタされた頬を触る六浦。


「でもまあ、助けてはくれたわけだし。ご褒美よ、舐めていいわ」


足を前に出す。その拍子にスリットからふとももが露わになる。足には自信があるのだ。胸だって……そのうち大きくなる。


「あっ、ありがとうございます! 失礼します……」


長い舌を出し恍惚とした表情で私の靴を舐める六浦。


「ま、まさか同志……?」


驚いた顔で私と六浦の顔を交互に見る佐仁田。


「アナタみたいな汚い駄犬と一緒にしないでください」


先程とは打って変わってゴミを見るような目で佐仁田を見る六浦。


「なんでこんな気持ち悪い駄犬がお嬢様と結婚なんて……」


六浦が何か呟いた気がするがまあどうでもいいことだろう。


「さてと、車まで行くわよ」


「はいお嬢様!」


河川敷を歩き階段を上る。

階段を登りきり、道路脇に止めてある車に近づく。

六浦が後部ドアを開けたところで佐仁田に命じる。


「佐仁田」


「はい!」


元気よく返事する佐仁田。少し叩いてやりたくなる。


「六浦、出して」


叩いていると話が進まないので我慢して六浦に指示する。


「はいお嬢様」


六浦はメイド服のポケットから札束を取り出し、佐仁田に向けて差し出す。


「これ、あげるわ。これで身なりを整えて明日朝7時にまたこの場所に来なさい。お爺様に挨拶しに行くから」


「分かりました!」


即答する佐仁田。……少しくらいは無茶な要求だと私も思うのだが、あまりに早く即答するので、本当にコイツと結婚していいものかと不安になる。


「当然だけれど少しでも身だしなみが乱れていたら半殺しにするから」


不安はおくびにも出さず、飽くまで冷静に言う。


「はい!」


相変わらずの即答。


「じゃ、また明日。行くわよ六浦」


「かしこまりました」


私が後部座席に乗り込んだ後、六浦が運転席に座る。そして佐仁田を置いて車は出発する。


「お嬢様」


真剣なトーンで言う六浦。


「何かしら?」


「昇蔵様の監視下が窮屈なのは分かりますが、やはりこういう場所では警備を付けないのはやめた方が良いかと……今日はたまたまあの駄犬がいたから良かったですが、私だけでは複数人に不意を打たれたら守れません」


「そうね、信頼できる人間が増えてくれると一番楽なのだけれど……誰も彼もお爺様の息のかかった人間ばかり。流石に資金力じゃお爺様と張り合えるワケも無いし……嫌ね、お金に執着する人間というのは」


私がこう言うと、それは金を持っているからだと言われそうではあるが、それでも私はこう思う。


「そうですね……私はお金をもらえなくともお嬢様についていきますよ!」


「当然。貴方の所有権は私にあるのだから。それにしても……お爺様をどうするか、ね……徐々にアレの地位を上げていくしかないかしら。アレは性癖を除けばとても優秀だし、キャリアは問題なく積める。後はどうコントロールしていい印象を与え続けるか……」


思案に耽る。実のところアレは仕事をさせれば超が付くほどの有能人材なのである。


「そうですね……一回でもアレを見られたら終わりと思っていいでしょう」


「ええ。ミスは許されないわ」


パーフェクトに事を成さねばならない。まあ、私にはちょうどいい難易度だ。


「ところで、あの駄犬は失職したのですか?」


「ああそれ? ある日突然奇声を上げて二階から飛び降りたらしいわ。で、その後、最低の勤務態度でクビ」


「何故そのようなことを……」


「まあ、積み上げた信頼を一気に崩して蔑まれたい、とかでしょう。あの駄犬の考えそうな事だわ」


予想はできるが何故それが楽しいのかは全く分からない。


「理解できませんね……」


六浦にも分からないようだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


翌日。


約束の場所に来た。そこには既に身だしなみをキッチリ整えている佐仁田がいた。


車から降りる。


「身だしなみは……まあいいでしょう。貴方の仕事はただ一つ。お爺様に認められる事」


ピンと人差し指を立てて言う。


「ただお爺様はそう簡単に結婚の許可は出さないと思うわ。でも貴方のキャリアは現在無職であることを除けばかなり優秀。現在は転職活動中ということにするわ。残るは人格面。これは昨日のエピソードが活かせると思う。普通、私の財産が目的の人間はあそこまでできないでしょうし。今日の目標はこれらを上手く活用して少なくとも私のそばにいることの許可を取ること。いいわね?」


要点を纏めて話す。


「分かりました!」


背筋を伸ばして答える佐仁田。


「それと、貴方が私の下僕であることは秘密よ。少し苛立つけど、今日だけは平等なカップルを装うわ」


「女王様と対等……!? あまりにも辛い……」


困惑した表情をする佐仁田。


「成功したら明日は一日中貴方で遊んであげる」


「全力を尽くしましょう」


一転、キリッとして言う佐仁田。


「まずは敬語をやめるところからね。今日だけは許可してあげる」


「分かったよ、朱音」


「……」


バチン!


しばらく黙った後、佐仁田をビンタする。


「ごめんなさい。少しばかり頭にきてしまったわ。これ以降は私も我慢するからお互いボロを出さないよう気を付けましょう、浩一……さん」


眉間に皺を寄せながら言い切る。


「任せてよ。演技は得意でね」


笑顔で言う佐仁田。


グーで殴りたい。


「お嬢様、そろそろ護衛が戻ります。これ以降は演技をし続けないと昇蔵様にバレてしまいますよ」


「分かった」


全く腹立たしい。でも、仕方がない。


「今日は頑張りましょうね、浩一さんっ!」


と、精一杯の笑顔で言った。

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