第6層 ダンジョン制作スタート!

 翌朝、イキュラス孤島のダンジョン前にて。


「おはようございまーす!」


 今日から興行ランキング戦に向けたダンジョン制作が始まる。


 私は一番乗りのつもりで早めに来たのだが、到着した頃には、すでに何人かの所員が準備を始めていた。


「あ、アンちゃん。おはよーございます、にゃ」

 と答えたのは、魔物管理課の猫ヶ浦ねこがうら キティだ。


 キティは工務店の最年少。年は人間で換算すると12歳くらい。

 モフモフの猫耳にしっぽがとってもかわいいケットシー族の女の子だ。


「おはよう、キティちゃん! 朝早くからモンスターのお世話してたのかな?」

「1人で大変じゃない?」と声をかけると、照れたようにサッと脇のスライムを抱き寄せて、

「このコたちのおせわ、ぜんぜんたいへんじゃないよ。みんなキティのたいせつなおともだちだから。にゃ」

 と、スライムで顔を隠しながら、モジモジと答えた。


 か、かわゆすぎる……


 愛くるしすぎてお持ち帰りしたくなる気持ちをグッとこらえて、キティと談笑していると、

「おう、来たな、Lv.230!」

 と、建築課の大工、王牙おうが ケンゾウが声をかけてきた。


「ちょっと、ケンゾウさん! Lv.230って呼び方はやめてください!」

 プンスカして答えると、ケンゾウは「がははは!」と豪快に笑いながら背中をバーン!と叩いてきた。


 いたぁぁ!? 背骨が折れて肺がつぶれちゃう!

 ケンゾウは筋骨隆々のオーガ族で、かなり力が強い。


「で、例の件どうでした? MP、足りそうでしょうか?」

 例の件、というのは2層目以降の建築方法についてである。


 昨日の会議の後、ケンゾウに声をかけられた私は、夜遅くまで、増築が必要な2層目以降について相談していたのだ。


「計算したが、改修の期間と規模に対してちっと足りねぇな。計画を変更する必要がありそうだ」


 MP。それは魔法の源である「魔素」のことである。


 この世の万物には大なり小なり魔素が宿っていて、魔素の流れをコントロールすることで魔法を発動できる。


 人間は自分の体内にある魔素分の魔法しか使えないが、魔族は違う。

 万物に宿る膨大な魔素を操り、様々な大魔法を行使できるのだ。これが魔族と呼ばれる所以である。


 そして、その技術を駆使して行うのが「ダンジョン制作」だ。


 人間なら建築に掘削機や重機などの機材を使うのだろうが、魔族は高度な魔法を使う。そのため、現地のMP量は非常に重要なのだ。


「そうするとやはり地下ですか」


 ダンジョンの階層を増やす場合、上層階を建築するか、地下を掘り下げるかの2つ。

 前者の方が建築資金的にもMP的にも高くつき、後者の方がお安く済むのだが、

「危険な原生生物がいないといいけどな」

「ですね……」


 地下を掘り下げる場合、高確率で地中に縄張りを持つ原生生物、つまりモンスターとエンカウントし、戦闘となる。


 掘り下げ工事は建築中の死亡事故最多ケースとなっており、可能な限り避けたいのだが、今回は事情が事情なだけに止む無しである。


 ちなみに補足として、モンスターと魔族は全くの別物だ。モンスターは野生の獣で、魔族は文化的な生活を営む亜人、というのが正しい分類なのだが、人間からはひとまとめに「モンスター」と扱われることが多い。



「おはよう、諸君。朝礼をするから集まってくれ」

 ケンゾウとあれこれ相談しているうちに、骸田所長とアスタロトが到着した。


 所員全員が集合するのを確認すると、アスタロトは今後のスケジュールについて説明を始める。


「さあ、今日からいよいよダンジョン制作に入るわけだが、改めて伝えておくと、今回非常にタイトなスケジュールになっている」


 アスタロトは小型のホワイトボードを所員に見えるように掲げた。


『制作スケジュール』

 今日:ダンジョンの基礎工事完了

 2日目:内部設計完了

 3日目:モンスター、財宝の設置完了

 4日目:最終チェック、不備の修正

 5日目:ダンジョン解放、冒険者呼び込み開始

 6日目:目標討伐数の達成、興行ランキング集計締め日


 ううっ、本当に余裕がない。職人泣かせのキツキツスケジュールである。


「この工程から1日でも遅れると今週のランキングに間に合わなくなる。そのため遅延は厳禁だ。各所連携を密に取り合って、作業にあたること。なにか質問は?」

 私は「はい」と手を挙げた。


「今回の現場指揮はどなたでしょうか?」


 私は骸田所長とアスタロトの顔を交互に見る。


「俺だ。作業内容や工程について不明点があれば、何でも聞くといい。それと俺のことは『主任』と呼ぶように」

「他に質問がなければ、解散だ。ああ、設計士と建築士は話があるのでこの場に残れ」


 解散の号令と共に、私とケンゾウ以外はみな自分の持ち場に散っていく。


 アスタロトは「さて」と私たちに向き直ると、

「設計書を見せろ」

 と、手を突き出した。当然事前に準備してきたんだろうな? という圧がすごい。


 昨日のうちにケンゾウさんと詰めておいてよかった……!


 内心冷や汗をかきながら、アスタロトに資料を手渡し、先ほどまでケンゾウと相談していたことを伝える。


 アスタロトは私の説明を聞きながら、資料を高速で読み終えると、

「この内容で進めて問題ない。また、掘り下げ工事についてだが、もし建築中に対処できない原生生物が現れたら、すぐに俺を呼べ。一瞬で消し炭にしてやる」

 と言い、資料を私に返却した。


「お前たちは確か、王牙と不知火だったか。覚えておこう。ダンジョンの建築、頼んだぞ」


 と、アスタロトはほんっの少しだけ口角を持ち上げると、他の所員の方に歩き去っていった。


 ……

 やったぁ! 私とケンゾウは嬉しさのあまり、ハイタッチした!


 建築プランにOKが出たのも嬉しいけど、それよりなにより名前を憶えてもらえたのが嬉しい!

 夜遅くまで頑張った甲斐があったなぁ……!


「よし、じゃあ早速建築にとりかかるとするか! 主任の期待に応えなくっちゃな!」

 とケンゾウはまたもや、私の背中をバーンと叩く。


 おぇっ! 胃が飛び出そう!


 さあ、ダンジョン制作1日目の始まりである!

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