超機構学園都市とその地下に広がる機密領域について

@parquetcube

第一章 星の揺り籠

01 赤い海の記憶

 けつくような痛みが全身をさいなんでいた。


 吹き飛ばされて体勢を崩した身体の上に、れきがのしかかっていた。

 瓦礫をつかむ手に力をめると、腹部から血がにじみ出す感覚があった。


 うめき声とともに、瓦礫を押しのける。


 開けた視界に飛び込んでくるのは、激戦で崩れた瓦礫と炎。

 そしてあちこちに散らばる血痕────


 文字通りのごくだ。




 数歩歩いたところで、体重を支えきれなくなり、地面に膝をつく。

 苦しさにあえぎながら、腹部の傷を止血する。指の隙間から血がこぼれていく。


 戦闘で負傷したのは腹部だけではなかったようだ。


へいいち様!』


 遠くから呼ぶ声がする。いや、近いのかもしれない。

 激しい耳鳴りが止まらず、声から遠近感をつかむことができない。


 返事を返そうとして顔を上げた矢先だった。

 噴き上がる炎の向こうから、こちらに飛びかってくるしゅんびんな影を視認する。


 対応できたのは、なかば反射だ。


 長年の戦闘でつちったかんが、意識するより先に、腕で防御姿勢とらせた。さもなければ致命傷を受けていたはずだ。


 喉元のすぐ前を、どうもうらんくいが引き裂く。


 人型のぎょうだ。


 は、明確な殺意ととともに歯をむき出しにする。再度組み付いて、今度こそ喉を食い破ろうと頭を振りまわす。


 まともに噛みつかれれば、もはや抵抗する力は残っていない。

 暴れる頭を何とか押し返そうとするが、思うように体が動かない。


────ァァァァァァァァ‼


 無数のもうじゃが洞窟の奥底から絶叫するような、おぞましいわめき声が、脳に揺さぶりをかけてくる。


 もはや自分が何をしているのかさえも判然とせず、痛みも、苦しさも、異形たちの絶叫すらも、ここではないどこか別の世界の出来事のようにすら思えてくる。


 拮抗状態だったせめぎあいが、じりじりと押され始める。

 異形の大きな目が残虐な光を宿した。


 顎が限界を超えて開かれる。

 得物を骨ごとみ砕き、肉を粉々の砕片に引き裂くための、びっちりと並んだれつ。人間の頭から肩までをも、楽に飲み込んでしまえるほどの口が近づいてくる。


 死を覚悟したそのとき──


 悲鳴とともに、異形が目の前から引きはがされた。

 見れば、機械の巨腕アームが異形を掴み上げている。


 肉がきしむような不気味な音とともに、アームが異形を握りつぶす。

 だんまつの叫びとともに、体液がはじけ飛ぶ。


 分断されて地面に落ちたが、うらむようにけいれんしていた。


丙一へいいち様! 私の声が聞こえますか⁉』


 りんとした声に、飛びかけていた意識が急速に戻ってくる。

 返答をしようとしたが、声が出ない。


 見上げた先に、人型の機体が立っていた。

 あちこちで燃え盛る炎の色を反射して、いろに輝いている。


『……すぐにここを離脱します! そのまま動かずに────』


 ガツン、と大きな音がして、鋼鉄の機体が揺れる。


 新鮮な血の気配を察知した複数の異形生物が、機体に群がった。片方を振り払おうとすればもう片方から組み付かれ、らちが明かない。


『ちっ! この……!』


 装甲の弱い部位を本能的に嗅ぎ付け、異形たちはこうかつに機体をこじ開けようとする。くぐもった悲鳴。


あきらァ!」


 叫ぶ勢いに任せて、最後の力を振り絞り一気に駆け出した。

 と、今まさに胴体部に穴を開けようとしていた異形を、体当たりで引きはがす。


 丙一は、勢いのまま異形と組み合って地面を転がると、辛くもマウントポジションをとった。

 跳ね回る筋肉の動きを押さえつけ、弱点であるがんきゅうに2発、強打を打ち込む。


 悲鳴。


 丙一は本能のままに殴り、躱し、傷口をえぐられ、弱点を貫いた。

 叫んでいるのが異形なのか、あるいは自分なのかがわからないほどの死闘の末、 気づけば異形は動かなくなっていた。


 脳髄をかき回した手刀を引き抜くと、ぬるついた肉片と体液が滴る。

 にぶる頭で振り返ると、機体にはさらに多くの異形が組み付いていた。


 ふらふらと重心の制御を失って、炎と煙の向こうに消えていく。


「────っ!!」


 助けなければ。

 立ち上がることすらできず、前のめりに倒れ伏す。


 いよいよ限界が近かった。視界がぼやけていく。


 取り囲むように距離を縮めてくる、複数体の異形の気配を感じる。

 応戦する力は、当然残っていない。食い殺される以外に道はない。


 と、そこへ、ゆらめく陽炎の向こうから歩いてくる女の姿があった。

 

 トレンチコートをなびかせ、余裕の足取りで近づいてくる。


 丙一を取り囲んでいた複数体の異形は、標的を女に変えた。

 四方からほとんど同時に女に飛び掛かる。


 が、女が手をかざすと、異形たちは中空で磔にされたようにぴたりと止まった。


────ェェェェェェェェェェェェェェ‼


 四肢を力の限りにばたつかせもがくが、その異能サイキックによるの拘束から逃れることができない。


 すう、と女が腕を振り下ろす。

 

 刹那、かすかな光が瞬いたかと思えば、異形は頭頂部から尾部までを巨大な包丁ですっと分かたれるかのように、まっすぐに両断された。雨のように青黒い体液が巻き散らかされる。

 

 拘束を解かれた異形たちが、ドチャッとフロアに落ちて転がった。

 圧倒的で、理不尽な力。


「無駄ですよ。これ以上いても死人が増えるだけです」


 女はいつくばるへいいちには目もくれず、装着した革手袋のつけ心地を楽しんでいる。


「…………ッ!」


 声を張ろうとすると、怒声の代わりに血のかたまりがゴボッと口からこぼれた。鉄の味が濃くなる。


「とはいえ、あなたに死なれても困るのは私。……そうですねここは穏便に、交渉といきませんか?」


 言いながら、女は腕の一振りで、近づきつつあった異形をもう1体さばいた。


 首根っこをつかまれ、引きられていく感覚。


「ふふ、悔しいですよねぇ。ですが家族なかまを守るため、あなたはこれを拒否できない」


 燃え盛る炎の向こうに、異形にたかられた機体が見える。

 手を伸ばそうとする先で、女の力によって、機体に取りついていた異形たちが次々と“駆除”されていく。


 自分の意思とは違う方向に引きずられていく力に、抗うことができない。


「さぁ、私の愛しき『星の子』よ。よく聞きなさい。そして、ゆめゆめ忘れることのなきよう──」


 世界の輪郭が、どんどんぼやけていく。やがて視界が真っ暗になり、意識が沈みこんでいき、そして────…………




────────────────────────



────────────────



────────



────



──



 …………くん、…………きて……!


「丙一くん!」


 肩を揺さぶられる優しい手の感触に、星暮丙一ほしぐれへいいちは目を覚ました。


「…………あ?」


 そこは教室の中だった。


 腰に手をあてて、夜見真琴よるみ まことあきれた様子だ。


「入学初週でねむりって、流石さすがたんりょくだね。丙一へいいちくん」

「……ありがとう?」

「ちがう。全然めてないから」


 すでに教室に先生の影はない。終業までずっと寝ていたようだ。


 教室内の生徒たちは、丙一を遠巻きに眺めながら、ひそひそと何かを話している。


「ねぇ、星暮くんが中学まで学校行ってないってうわさ、やっぱり本当なのかな?」

「てことは、やっぱりから来たってのも本当……?」

「ぷっ、聞いてみたらいいじゃん」

「いやー無理無理!」

「てかさー夜見さんも可哀かわいそーだよね、あんな」


 真琴が無言で冷ややかな目を向けると、クラスメートたちはわざとらしく話題を変えて、そそくさと教室を出ていく。


「あれ、みんなどこ行ったんだ?」

「女子は体育。男子は移動教室。カリキュラム表ちゃんと見てる?」

「あー、見たような見てないような」

「普通はしっかり見るものなの。もう、ちゃんとやって」

「普通……普通か…………」

「私、丙一くんのメンターもやってるんだからさ。君が不真面目な態度を取ると、私にも小言がくるんだよ?」

「そうか、悪いな」

「軽っ! 思ってないでしょ」


 丙一は心ここにあらずな様子だった。

 机に伏せたまま、ゆるく開いた窓から教室の外をぼーっと眺めている。


 真琴はなぜかその横顔から目が離せない。そんな自分に思わずはっとして、頬を軽く叩いて、気を取り直した。


「さっき、うなされてたよね。大丈夫? 慣れない生活で疲れて、悪い夢でも見た?」

「……あんまり人の寝顔をのぞき込むなよ」口をとがらせる丙一。

「ばっ、別にのぞき込んでないし! というか授業中に寝てる時点でそんなこと言われるすじい無いから! だいいち──」

「別に、なにがあったわけじゃないんだ」


 慌てる真琴をよそに、丙一はゆっくり伸びをすると、席を立った。


 あくびを一つ。


「移動教室なんだろ? 教えてくれてありがとう」


 カバンの中から個人用のタブレットを取り出し、のそのそと教室を後にする。


「あ、そういえば明日の約束は忘れてないよね? 集合はお昼だから、寝坊したら怒るからね!」


 廊下にでた丙一の背中に、真琴は声をかけた。


 丙一は後ろ姿のまま、手をひらひらと降る。

 真琴はそれを見て、小さく息をつく。


 移動教室に向かいながら、丙一は夢の中で響いた声を脳内ではんすうしていた。


──さぁ、私の愛しき『星の子』よ。


 実際にあのときは気にも留めなかったのに、なぜ今になって鮮明に思い出されてきたのか。その理由はわからない。


 エレベーターで校舎の最上階に上ると、別校舎の移動教室に続く、長い渡り廊下に差し掛かった。


 学校にしてはあまりにも巨大なその二棟をつなぐ渡り廊下は、ほぼ全面がガラス張りとなっている。高所恐怖症なら足がすくむこと間違いなしである。と同時に、ひそかな絶景スポットでもある。


 渡り廊下からは、学校が位置する学園都市クレイドルの東学区がほぼ一望できた。


 天に伸びあがる摩天楼まてんろうの群れと、有機的で複雑な立体軌道りったいきどうを描くモノレール、遠くには中央学区が開発中の軌道きどうエレベータと思われる巨大な構造物がそびえている。

 無計画さと計画性を等しく感じさせるような、混沌こんとんとしつつもどこか整然とした都市。特に中央学区のビル群と交通網の複雑さは随一で、通いなれていない場合は、位置情報を参照していても道に迷うともっぱらの評判である。


 こと東学区は繁華街と居住区域で様相がことなり、クレイドルを分ける5学区の中でもひときわ人口が多いことも相まって、非常に活気づいている。


 そんな全天対応の天蓋てんがいパネルを見上げる丙一の表情は、うかがい知れない。



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