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その日の夜。
(それは星の明るい夜だった)
雨は夢の中で、久しぶりにお母さんである花に出会った。
遠野花。
雨と雪のお母さん。
もう随分と前に私たち家族の前から、いなくなってしまった人。
雨は小さな女の子で、お父さんと雪と、それから花は遠野家家族四人で、神社の境内に咲く桜の木々の下で、小さなお花見をしていた。
そんな幸せな春の陽の中にある、幸せの集まりのような風景を、遠くの神社の参道の上に立って、中学生になった雨はじっと、ただ、懐かしいな、と思いながら見つめていた。
それはいつまでも、いつまでも、見ていて飽きることがない風景だった。
しばらくして、雨はその場にうずくまって、お花見を眺めた。
お母さん。
雨は心の中でそう呟いた。
雨の知らない、もうあんまりよく覚えていない、若いお母さんはとても、とても美しかった。
花はお父さんに笑いかけ、雪の頭を撫で、雨の頬にキスをしてから、そっと、遠くにいる雨のほうに視線を向けた。
それからにっこりと遠くにいる雨に花は笑いかける。
「お母さん」
今度はそれは言葉になった。
雨は立ち上がって、花の姿を見つめる。
桜の花吹雪の中で、花ににっこりと笑っている。
「雨!」
やがて、花が声を出す。
「なに! お母さん!」
雨はそう返事をする。
「おめでとう! 雨! ちゃんと、幸せになるんだよ!!」
にっこりと笑って、雨に大きく手を振りながら、花は大声でそう言った。
「……うん! わかった! お母さん!! 私、幸せになる! 絶対に幸せになるよ!!」
泣きながら、雨は言った。
「さようなら。雨」
優しい声で花が言う。
「うん。さようなら。……お母さん」
小さな声で雨が言う。
そこで、雨の夢は終わった。
それはとても幸福な、奇跡みたいに幸せな夢だった。
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