14

「ねえ、お父さん」

 夕食を食べ終わって、姉のしている食事の片付けを手伝ってから、席に戻った雨はお父さんにそう言った。

「なんだい?」

 新聞を読んでいたお父さんは顔をあげて雨を見る。

「……お母さんってさ、まだ生きているときに、私のこと、どう思っていた?」

 その雨の言葉を聞いてお父さんと雪の動きがぴたっと止まった。

 お父さんはじっと雨の顔を、まるでその目の奥にあるなにかを見ようとするようにして、見つめて、流し台で、残りの食器を洗っていた雪は、いつもなら止まることがないその手の動きを完全に止めていた。

 水道の水の流れる音と、外に吹く少しだけ強い風の音が聞こえた。

 まるであらゆるものが(聞こえてくる水と風の音を除いて)、時間を止めてしまったかのように雨には思えた。

 お母さんが死んでしまってから、雨がこうしてお母さんのことを雨のお父さんに聞くことは今が初めてのことだった。

「急にどうしたの?」

 にっこりと笑ってお父さんは言った。

 その言葉で世界に時間が戻った。

 お父さんは新聞をたたんでテーブルの上に置いて、姉の雪は食器洗いの続きを始めた。

「ただの気まぐれでしょ」

 雨の背中越しに雪が言った。

「違うよ」

 と、雨は言った。雪はなにも言わなかった。

「具体的に、花さんのどんなことが聞きたいの?」雨のお父さんはそう言った。

 花というのは雨と雪のお母さんの名前だった。

「お母さんは私のこと、……本当に愛していた?」

 雨は言った。

「もちろんだよ」お父さんは言う。

「本当に?」

「うん。もちろん。本当だよ」

 お父さんは言う。

「雨だけじゃないよ。雪のことも、花さんはすっごく、すごく愛していたよ。僕が嫉妬してしまうくらいにね。だから、心配しなくてもいいよ。雨。花さんは雨のことを本当の本当に愛していたよ。世界中の誰よりもね」

 雨のお父さんはそう言った。

「お父さんよりも?」 

 雨は質問する。

「それは、難しい質問だね。実は僕も花さんに負けないくらいに、世界中の誰よりも雪と雨のことを愛しているからね。どっちがって言うよりも、両方とも世界で一番ってことで、引き分けかな?」

 少し照れながら、頭の後ろを手でかくようにしてお父さんはそう言った。

「……ありがとう。お父さん」

 少し間をおいてから、雨は小さく笑ってそう言った。

「ごちそうさま」

 雨はそういうと、席を立って一人で台所から出て行こうとした。

「雨」

 そんな雨に雪が言った。

「なに?」

 ドアを開けながら雨が振り向くと「おやすみなさい。ちゃんとあったかくして寝るんだよ」とにっこりと笑って雪が言った。

「わかった」

 雨はそう言って、自分の部屋に戻って行った。

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