橋姫 —荒畑寒村

筑駒文藝部

本文

橋姫

荒畑寒村


女 木槌を持っている 藁人形を持っている

男 上着を着ていてほしい 木槌と手のひらサイズの板を持っている




十秒くらい大雨洪水の音を流してから証明を点ける。

女は舞台の中央に板付きでわら人形に木槌を振り下ろしている。ドーンドーンとゆっくりがいい。

上手から男が出てきて、女を見て固まる。

十秒経たないくらいで

女「あ、どうも」

男「え? ああ」

男は人形を打つ女から目を外せない。

女「どうしたんですかこんな時間に」

男「え?」

女「だってそれ」

女は男の持っている木槌を指さす。

女「あなたも、やっていきますか?」

男「いや僕は、ここの、修理をするんですよ」

女「ああ。そうですか。」

ちょっと間。

男「あの、お邪魔ですか?」

女「いえ、どうぞ」

男、女を気にしながら膝まづいて、片手サイズの板を舞台に寝かせそれを打つする。カンカンカンと小気味いい感じがいい。劇全体を通してだんだんだんだん下手へ動いていく。頑張れ。

十五秒くらいしたら

男「すいません」女は無視する

男「すみません!」

女「はいなんでしょう」

男「あの、もしかしたら僕の勘違いかもしれなくて、もしそうだったら本当に申し訳ないんですけど、もしかして、呪ってますか?」

女「ええ、はい。殺すつもりで。」

男「殺しちゃうんですか」

女「殺しちゃいますよ?」

男「それは、それは、まあ頑張ってください。」

女は呪いを再開して、男はそれを見てて五秒くらい。

男「寒くないですか」

女「大丈夫です。」

男「もう夏じゃないんですから、夜中に河の中は風邪ひきますよ」

女「大丈夫です。」

二人とも作業を再開する。女がくしゃみをし始める。男は作業しながら

男「出ないんですか?」

女「出られないんです。私はこの川から出られないんです。どうしても。」

男「ならこれ使ってください。」 男が上着を渡す。橋から身を乗り出す感じで

女「濡れちゃいますよ?」

男「存分に濡らしてください。」

男は作業を再開する。女は男の方を何秒か見た後、作業を再開する。十秒かそこら経ったら二人とも作業しながら

女「でもあなたも大変ですね。草木も眠る丑三つ時に橋の修理なんて。」

男「あなたも大変でしょう。丑三つ時にわら人形なんて。」

女「わら人形は丑三つ時にやるもんでしょう。」

男「橋の修理も大抵夜中にやるもんですよ。」

女「でも修理してもすぐ壊れるでしょう? ひと月に一回は通行止めになってるじゃないですか。修理してもしなくても一緒ですよ。」

男「でも、直さないと壊れることもないでしょう。」

女「絶対に壊れない橋ってできないもんですか?」

男「直すたびにちょっとずつ形を変えているんですよ? 楽しみが無くなってしまいます。」

女「私は、永久に変わって欲しくないです。」

男「あなたが永久に川から出ないと、修理が終わらないんですけど。」

十五から二十秒間をとってもいい。女は手を止め、掲げた人形を見ながら

女「夫を、取られたんですよ。この女に。はかないものですね。ずっと一緒でいようって言ったのに、三年ぽっちで離れちゃうんですから。」

男「ひどい男ですね。」

女「あの人はどんな気持ちでずっと一緒って言ったんだろう。」

男「変わってしまうものなんでしょうか。」

女「私の心も?」

男「ありえることですよ。」

女「嫉妬は中々消えるものではありませんよ。」

男「諦めて、また恋人を探したらいいのに。」

女「嫉妬は緑色の眼をしてるっていうじゃないですか。」

男は女の顔を覗き込む。

男「カラコンですか?」

女「違います。嫉妬に狂ってこうなってしまったんです。」

男「その眼は戻るんですか?」

女「戻りません。ずっとこのまま生きて、死んでいくんです。」

男「死んでしまうんですか。」

女「そりゃ誰でもいずれ死ぬでしょう。」

男「あなたはすぐ死んでしまいそうです。」

女は一回人形に槌を打ち付ける。

男「でも本当に旦那さんのことが好きだったんですね。目の色が変わっちゃうくらいですから。」

女「今も好きですよ?」

男「でも他の女になびいちゃったんでしょう?」

女「私の心は変わらないですよ。」

男「それはうらやましい。」

女「あの人が戻ってきたらどうしようってずっと考えてるんですよ。」

男「希望的観測ですね。」

女「私が直接会いに行くっていう考えもあるんですけど。」

男「緑色の目したずぶぬれの女がハンマー持ちながら来ましたね。」女を指しながら

女「三かける七の二十一日間、こうして宇治川に入っていたら、鬼になれるらしいんですよ。」

男「鬼になったら僕は食べられちゃうんですか。」

女「一人目の犠牲者は私でしょう。」

男「二人目は旦那さんを取った女ですか。」

女「三人目があなたです。」

男「口の中でいっぱい味わってください。僕もいっぱい味わいます。」

女「そうですか。」

男「宇治川に入ってたら鬼になれるって誰が言ってたんですか?」

女「あれは嘘です。」

男「じゃあ僕を味わってくれないんですか。」

女「この川の先に、この先に、殺したい相手がいるんですよ。」

男「川下の村にいるんですか。」

女「いえ、もっと先です。」

男「どういうことですか。」

女「私が殺したいのは、竜宮城のオトヒメなんです。」

男「え? 竜宮城ですか?」

女「竜宮城にいるらしいですよ?」

男「けっこう有名人じゃないですか? 見たことないけど。」

女「殺したらきっと大変なことになるんじゃないんですか。知りませんけど。」

女は力いっぱい人形を打ち付ける。

男「あなたの呪いが宇治川に流れて、淀川に流れて、大阪湾に流れて、太平洋に流れていくんですか?」

女「そうですね。そうなったら人類滅亡かもしれません。」

男「やめてくださいよ。」

女「竜宮城ってどこにあるんでしょうか。」

男「知らないで打ってたんですか?」

女「太平洋のどこかに沈んでるんじゃないんですか。」

男「でも洞窟から竜宮城に行く話も聞いたことありますよ。」

女「それはただここより上流にあるってだけでしょう。ずっと流されて行って、最終的に太平洋にたどり着くんです。」

男「亀に乗っていくんですか?」

女「乗せてくれる亀がいたら竜宮城に行かずにすむでしょう。息継ぎできますから。」

男「僕の父も竜宮城に行っちゃったんですよ。この宇治川から。」

女「お父さんは馬鹿なんですか?」

男「お父さんもこの橋の修理をやっていたので。その時に。」

女「お父さんもオトヒメにぞっこんなんですね。」

男「あまり考えたくないものです。」

女はまた人形を打ち始める。男はすこし黙ってから、女が打つのに合わせて春の小川をうたう。一番うたったくらいで

女「そんなほほえましいものじゃないんですよ。」

男「僕も打ってもいいですか。一緒に呪いたいです。」

女「え? そんなことしちゃっていいんですか?」

男「何言ってるんですか?」

女「どういうことですか?」

男「オトヒメは僕の父をたぶらかしてもいるので。」

女「ならどうぞ。」

女は人形を男に渡す。男が打つのに合わせて、女はロンドン橋落ちるをうたう。

楽しくなって全部うたう。

男「金と銀で橋をかけてみたいものです。」

女「でも落ちるんですよ?」

男「豪華絢爛の橋が落ちるのも見ものでしょう。」

女「確かに、見てみたいかも。」

男は女に人形を返す。

男「その人形には何が入ってるんですか?」

女「何が入ってるでしょうか。」

男「まさかオトヒメの写真とか、体の一部っていうのは無理でしょう。何だろう。」

女「答えを言ってもいいですか?」

男「お願いします。」

女「正解は・・・あなたの髪の毛です。」

男「え?」

女「落ちてたのをついさっき入れました。」

男「え? 僕死んじゃいますよ?」

女「竜宮城に行くよりはましでしょう。」

男「あなたに殺されたら僕はどこに行くんでしょうか。地獄でかまゆでにされるんですか? 血の池泳がされるんですか?」

女「冗談です。何も入って無いですよ。」

男「何も入ってないんですか?」

女「はい。」

男「本当に?」

女「はい。」

男「それはよかった。」

二人とも作業を再開する。ここで男は女のすぐ隣までたどり着いて、

男「いったん上がってもらえませんか。」

女「嫌です。」

男「あなたが永久に川から出ないと、修理が終わらないんですけど。」

女「嫌です。」

男「じゃあ川から出なくてもいいので、ちょっと離れててもらえませんか。」

女「もっと嫌です。そんなこと言うんだったら、私ここで死んじゃいますよ?」

男「女性の肢体がぷかぷか下流へ流れていくのは少し刺激的ですね。」

女「私はここで死ねばいいんです。」

男「どういうことですか。」

女「私が川の中で死んだら、私はぷかぷか流れて行って、竜宮城までたどり着くでしょう。そこでオトヒメを殺してしまうんです。」

男「竜宮城に入れてもらえないんじゃないですか。」

女「それは困りました。死んだ甲斐が無くなってしまうじゃないですか。」

男「竜宮城ってどんなところなんでしょう。」

女「金銀財宝がたくさんあって、目の飛び出るようなごちそうを食べながら魚の躍りを見るんでしょう。」

男「魚の踊りなんて見ても面白くないですよ。」

女「オジサンって魚もいるみたいです。」

男「死んでまで行くところではないですね。」

女「私と一緒に死にませんか?」

男「何言ってるんですか?」

女「私と一緒に竜宮城に行きませんか?」

男「何言ってるんですか?」

女は男の胴にしがみついて倒そうとする。

女「一緒に死にましょう!」

男はびくともしない。

男「ここで死んだら何かもったいない気がします。」

女「死んだら何もかも終わりってわけではないでしょう。若いうちに心中するのも人生ですよ。」

男「橋を完成させないと、どうも気持ち悪くて。」

女「完成しなければ壊れることもないんですから。」

男「完成しないまま止まるのが怖いんです。変わらないのが嫌なんです。」

女「今死なないとこの夜は終わりませんよ。永久に真っ暗な丑三つ時のままです。」

男「それなら死にましょうか。」

二人で倒れる。十~十五秒くらいしたら照明を半分くらいに暗くして、

男「竜宮城って初めて見ました。」

女「でも中には入れてもらえませんでしたね。オトヒメにも会えませんでした。」

男「おじさんの踊りは見たかったなあ。これじゃ死んでも死に切れません。」

女「これは死んでいるんでしょうか、生きているんでしょうか。」

男「橋を完成させられたら、きっと生きていることになると思います。」

女「私は死んでいてほしいなあ。」

二人は木槌をじっくり見た後、慎重に持ち上げて、持ち上げられたことにちょっと驚く。

男が寝かせた木片を二人で打ちのを下手を向きながらやって、十秒くらいしたら暗転して終わり。

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橋姫 —荒畑寒村 筑駒文藝部 @tk_bungei

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