天井。


 白い。


 いや、違う。

 それは、私に見えている色。

 私が色。

 ほんとうの天井は、灰色だ。


 少し、視線を下に動かす。


 天井。

 灰色の天井。


 もう少し、視線を下に。


 すると、壁。

 橙色の壁。

 見たくなくても見えてしまう、強烈な色彩。

 あるべき色を、すっかり覆い隠している。


 ああ……。


 おもむろに、視線を上に向けていく。

 上に、上に、上に……。


 眩しい。

 私は目を閉じた。

 窓から、日の光が差し込んでいた。

 どうやら、それで私は目を覚ましたらしい。


 だが、問題があった。


 私の部屋は西向きの部屋なのだ。


 充電ケーブルに繋がれたスマホを、机の上から手繰り寄せる。


「16:24」


 やっぱりそうだ。

 私はスマホをひょいと放り投げた。

 ポフッと、それがベッドの上に落ちる音がした。


 ふたたび、私は天井を見上げた。


     ○


 いったい何がきっかけだったのか、今となってはもう、よく分からない。

 

 宇宙の始まりについて、こんな話を聞いたことがある。曰く、この宇宙と同じような時空間を成し得るもの、いわば「原始宇宙」がまるで炭酸水の泡のように絶えず生まれては消えていっていて、我々の宇宙はそれらのうち一つの対称性が何かの拍子に破れたことで爆発的に膨張したものに過ぎないのだという。

 きっと、人間の気持ちというのもそういうものなのだろう、と私は思う。素敵な気持ちも、見向きもしたくないようなどす黒い気持ちも、怒りも悲しみも喜びも全部、いつだって心の奥底でこっそり、ポコポコと音を立てているのだ。そしてそんな「気泡」たちは、どんなに些細なことであっても、何かしらのきっかけによって「膨張」し始める。たいていの場合は、しばらくすればそれは止み、膨れ上がった気持ちも鳴りを潜めるのだが、ごくまれにそれが上手くいかないことがある。そして、膨張は留まるところを知らず、どんどん肥大化していき――ついには手に負えないほどの「宇宙」となって、自分自身を押さえつける軛となってしまうのだ。

 たとえば、それは「恋」かもしれない。

 だが、私にとってのそれは、そんな甘い香りの漂うものではなく、「憂鬱な気持ち」の宇宙だった。


 だから、きっかけはほんの些細なことだったのだろうと、今では思っている。


 そう、べつに、何か特段悪いことがあったわけではないのだ。


     ○

 

 四月。桜の桃色もすっかり地上に舞い降り、木々が芽吹き始める季節。私は飛び上がるほど嬉しい気持ちでいた。

 昇降口のボードに張り出された、B4大の四枚の紙。その一つに、まず自分の名前を認め――そして、その一枚の紙を舐め回すように見た。そして、私は胸を撫で下ろした。

「あった……」

 クラス替えで一喜一憂だなんてちょっと漫画みたいだけれど、私にとってそれは本当に重要なことだった。それは、中二のとき仲良くなった子と翌年別のクラスになり、よく分からないまま疎遠になってしまったという苦い思い出があるから――でもあるが、何よりも、せっかく見つけた最高の居場所に少しでも穴が開いてしまうことが、怖くてたまらなかったのだ。

 だから、その三人の名前を同じ紙の中に見つけたときには、すごい、きっと奇跡が起きたんだと、思わず感動してしまった。そこが学校でなかったら、私は嬉しさのあまり大声で泣きはらしていたかもしれない。

 春風に窓ガラスがカタカタと揺れる教室の中で私たちは、それはそれはもう大いにはしゃぎまくった。周りのみんながドン引きしていたんじゃないかと思う程度には。実際、去年同じクラスだった、寡黙ながらいかにも温厚そうなあのメガネ男子(進級を機にコンタクトに変えたそうで、その時はメガネをかけていなかったが……)からの視線すら、心なしか冷たかったような気がする。

 なんにせよ、私たち四人は二年連続で同じクラスとなった。そもそもが、あまり人には言えないような趣味を持つ者たちが集まったグループで、校内で盤石たる地位を築き上げているような人たちのグループなどでは断じてなかったので、「きっと私たちの並々ならぬ思いが届いたのだ」と誰もが信じて疑わなかった。

 

 それからというもの、私たちは去年にも増して絶好調だった。放課後には毎日のように教室で駄弁っていたし、もちろん「普通の女子高生」らしいキラキラとした諸々のことも、ちょくちょく行っていた。それこそ、学校と駅とを結ぶ一本の大きな並木道をちょっと逸れた道沿いにある、アンティークの観漂うこぢんまりとした喫茶店に立ち寄ってみたりであるとか、二駅離れた町にあるライブハウスに足を運んでみたりであるとか、あるいは例の並木道を駅と逆方向に歩いた突き当たりにある大きな公園のちょっと汚らしい色合いをした池のほとりで本を読むであるとか――いや、こうして見ると、「普通」ではないかもしれない。「普通」っていうのは、どこにでもあるチェーン店で、どこでも買える飲み物やらスイーツやらを味わって、それをワールド・ワイド・ウェブに向けてドヤ顔でアピールしてみせることだ。そう、私たちこそが「青春」の体現者なのだ、とでも言わんばかりに。鮮やかなカメラのマークを構えるあのアプリでそんな彼ら彼女らを観察するたびに、「窮屈そうだな」と思っていた。そして、私のは、そんなカギカッコつきの「青春」からすれば及びもつかないほど、キラキラと輝いているのだとも。そういえば、一度いわゆる「お泊り会」をやったこともあった。それに限って言えば「カギカッコつき」かもしれない(そこで行われた公言し難い諸々のディープな会話については触れないでおこう)。

 だが、私たちの関係において最も重要なのは、家に帰った後だった。夕飯を済ませ、ゆったりと湯船につかった後、宿題やら明日の用意やらを済ませたのち、しばらく自室でダラダラして、を待つ。そして午後九時五十七分、おもむろにパソコンを開き、時計の針が十時を指すと同時に、通話に入る。開くのはもちろんあの緑色のアプリなどではなくて、ディスコードという、端的に言えばゲーマー向けのコミュニケーション用アプリである。私たちは(基本的に)毎日、夜十時にここで集まって、通話を繋ぎながら一、二時間ほど何かをする。それはそれこそオンラインゲームであることもあるし、単なる雑談で終わることもある。何よりもいいのは、顔が見えないことだ。もちろん、想像で補うことは出来るだろうけど、向こうがどんな面持ちで、どんな姿勢で自分の話を聞いているのか、あるいは喋っている傍らで何か別のことをしているのかといったことは、はっきり言って全く分からない。笑っているかもしれないし、険しい表情をしているかもしれない。半分寝っ転がっているかもしれないし、もしかすると正座で足にパソコンを載せながら参加しているかもしれない。そういうことは、絶対に分からない。だからこそ、ちょっと怖いし、同時にちょっと楽にもなれる。相手の表情を気にしなくてもいいし、時間帯も時間帯だから、普段なら言えないようなこともするりと言えてしまう。まあ、それが変な方向で盛り上がってしまうことも多々あるのだが、何はともあれ私はそんな夜のひとときが何にも増して大好きだった。


 悪いことなんてあるわけもなかった。むしろ、良いことづくめ。だからこれは、ひとえに私自身の問題なのだ。私は今でも、みんなのところに戻りたいと思っている。みんなだって、私のことを温かく出迎えてくれるはずだ。「おかえり」「よくなった?」「心配したんだよ」って、事情なんか何も聞かずに、私を受け入れてくれると、そう信じている。そう、頭では分かっているのだ。みんな私のことを本気でよく思ってくれていて、冷たくなんかなくて、私のことを針のような視線で滅多刺しにしたりなんか絶対にしなくて――。

 ああ、悪癖だ。私は思った。

 あのときも、始まりはほんの些細なすれ違いだった。


     ○


 私には、その子が輝いて見えた。

 小学五年生のときだった。クラス替えで初めて一緒のクラスになったその子は、とても背が高く(今思い返しても、一六〇センチは優に超えていたと思う)、きわめて端正な顔立ちをしており、まさに沈魚落雁、閉月羞花の美少女といったところだった。彼女の真後ろの席にいると、そのつややかな長髪が否応なしに目に入る。

 仲良くなりたい。私はそう思った。

 だが、当然のことながら、彼女はクラスのあちこちで引っ張りだこで、私のような臆病者が話しかけるような余地は残されていなかった。それでも、掃除のときなんかに何とかして幾度となく話しかけて、ちょっとした顔見知りくらいにはなれたと思うのだが、結局のところそこ止まりだった。

 だから、私の中にも一抹の気まずさみたいなものがあったのだろうと、今となっては思う。それがあんなことにまで発展したのは、今でも信じられないが。

 ある日の放課後、ふと黒板の方を見やると、そこにはこちらを向いた彼女の双眸があった。つまり、目が合った。きっと、あちらとしても偶然のことだったのだろう。だが、その一刹那が、私には永遠のように思えた。世界に私と彼女しかいないかのような、そんな感覚の中で、彼女の姿が網膜にじりじりと焼き付いていくような感じがして――私は思わず、目を逸らしていた。

「ああ、やらかした」

 私は心の中でつぶやいた。

 だが、もう遅かった。

 恐る恐る彼女の方に視線を向けなおすと、さっきまでは柔和とまではいかずともニュートラルだった彼女の視線が、怪訝そうな――ともすれば不機嫌そうな目つきへと、変貌を遂げていたのだ。

 その瞬間、私の世界から、彼女はいなくなった。

 

 私は、いつもこうだ。

 ほんの些細なきっかけで、前も後ろも分からなくなる。距離感が掴めなくなる。そしてそのままその場に崩れ落ちて――身動きが取れなくなる。私からあふれ出した灰色が四方八方に広がっていって、やがて地平線の向こうまでもが薄暗い闇に閉ざされる。ほどなくして、地面までもが変質して、まるで泥のようになって――私はそこに呑み込まれていく。どんどん下へ、どんどん下へ……果てのない緩慢な降下の中で、私は上を見上げる。「水面」がもう、あんなに上方に見える。そして私は気付く。息ができない。苦しい。苦しい。どうして。どうして。必死でもがこうにも、もう手足もまともに動かない。気付けば、ドロドロはすっかり硬化して、私の体躯を完全に拘束していた。全身からどんどん力が抜けていく。大地に溶け込んでいくかのような感覚に身を委ねて、私は目を閉じた。零れ落ちた涙は、どこかに吸い込まれていった。「助けて」と、心の中でつぶやき続けた。

 だが、苦痛が和らぐことは終ぞなかった。次の瞬間、自分の内側から何かがこみ上げてくるような感覚が沸き起こり、私は本能的な恐怖を覚えた。まずい。どうしよう。しかし、うまいこと治まってくれるはずもなく、その感覚は幾何級数的に増大し、それに比例して阿鼻地獄が如き傾懸も膨れ上がっていった。こわごわと目を見開いてみれば、私の体そのものが、今にもはち切れてしまいそうなほどにまで膨張していた――と気付くが早いか、「私」は大きな音を立てて破裂してしまった。

 気付くと、私は地面の上に座り込んでいた。視界には、色が戻っていた。辺りを見回すと、クラスメイトたちが深刻そうにこちらを見ている。いや、見ているのは私ではない。彼らの視線の先は……教室の、床? そう思って下を見てみると――そこにあったのは、一面に広がる吐瀉物の海だった。

 時間が止まる。思わず両手で首を押さえる。生ぬるい涙が、滂沱として頬を流れ落ちる。呼吸が荒くなっていく。はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ。周りを見ると、数多の眼球がこちらを見つめている。その中には、「彼女」の姿もあった。彼女が私に向けていたのは――ナイフのような鋭さと、絶対零度の如き冷酷さを孕んだ視線だった。その視線は、紫電一閃とばかりに一振りで私を切り裂き――私の心からは真っ赤な鮮血が噴き出した。彼女の目を見つめたまま私は倒れ込み――やがて意識を失った。彼女と目を合わせたのは、それが最後だった。


     ○


 それからの学校生活は、地獄そのものだった。

「それ」は、見えないところで行われる。机に落書き? ものを壊される? みんなの前で恥ずかしいことをさせられる? そんなわけがない。そんなことをしたら、ウブで純粋な男子諸君が黙っていない。もちろん、彼らには彼らなりの残酷さがあるのだということを、今や私は知っている。しかし、そんなものよりもずっとどす黒い諸々のことは、彼らには見えないようになっているのだ。表向きには何事もないかのように、「それ」は進行していく。下駄箱からヒラヒラと舞い降りた、わざとらしいほどの装飾がなされたラブレター風の封筒。中に入っているのは、血のような赤で書かれた「きもちわるい」の六文字。家のポストに届いた、目の取れた人形。学校の階段ですれ違いざまに足を引っかけられても、誰も気づくことはない。なぜならあの人たちは、他に誰もいないことを確認してからそれを実行するから。

 だから、傍観者なんてのは、一人もいなかった。もちろん、例の一件があって以降、「あの人たち」以外のクラスメイトからの視線も、概して冷ややかなものではあったが、そんなものは「あれ」とは比べ物にならないほど些末なことだ。「敵」か「敵ではない人」か。その二択でしかなかった。

 その日からというもの、私の視界には常にモノクロのフィルターがかかっていた。それは時折ノイズのように乱れて、おかげで私は様々の「見たくないもの」に目を向けずに済んだ。「溺れたら浮いて待て」とよく言われるが、私はまさにその通り、心を空っぽにして悪意の濁流の中をぷかぷかと浮かんでいた。もちろん、辛くなかったわけではない。でも、半年もすれば、「処世術」のようなものは徐々に身についてくるものだ。

 結局、私は特に不登校やら何やらになることのないまま、卒業を迎えた。小学生の世界は想像以上に狭い。親の車に乗せてもらわなければ、外側には行けない。一人で遠くに行く勇気なんてない。もちろん、インターネットなんかに触れる手立ても、なくはないにしても非常に少ない。そんな小学生にとっての「学校」というのは、どんなに行くのが辛くても、捨て去ることのできないアイデンティティの一側面を成しているのだ。


 だから逆に、中学に入ってスマホを手にしてからは、ネットの世界にどっぷり浸かるようになった。同じ漫画が好きな人たち、同じゲームが好きな人たちと、夜通しリプライ合戦(合戦といっても平和なものである)に花を咲かせることもあった。具体的にいつだったかは思い出せないが、今まで貯めてきたお年玉を切り崩して、パソコンも買った。性能は必要最小限のものだったが、私にとっては十分すぎるほどだった。

 幸運なことに、中学校での私を取り巻く環境は、幾分か――いや、相当改善していた。主犯格の女子二人が、別の中学に行ったのだ。小学校と中学校とで微妙に学区の区切り方が異なることに助けられた形となる。

 とはいえ、彼女らがいなくなっただけで、他の多くの同級生は持ち上がり式で同じ学校に進学したから、「うわさ」も当然ながらクラス中に(小学校が違った子たちを含めて)知れ渡っていた。友達は、一人もできなかった。

 そういうわけなので、私がネットの世界に救いを求めるようになっていったのも、ある意味では当然と言える。どんどんSNSに傾倒していき、それに比例するように生活習慣も悪化していった。夜中の三時くらいまで起きている日が増えた。なんとかして学校には行っていたが、授業で寝てしまうことが多くなっていった。でも、両親も先生も、私に注意ひとつしなかった。親には事情をすべて話していたからともかくとして、先生が事情を知っていたのだとしたら、それはそれでどうなんだ、と思う。

 自然ななりゆき――とまで言えるかは分からないが、ほどなくして私はいわゆる「不登校」になった。小学校であれだけ堪え忍んでいたことが、急にバカバカしくなった。体が動かないわけではなかった。でも、面白くとも何ともなくて、行ったとていくつもの嫌な視線を感じるだけの場所に、わざわざ行ってやる気力が失せてしまったのだ。私はすでに「安住の地」を見つけてしまっていたから。

 ずっと家にいるのに飽きて、昼過ぎから学校に行ってみたこともある。しかし、私の重役出勤に見向きする者は誰一人としていない。もちろん、教員を含めてである。私は透明人間になったかのような感覚になって、むしろ清々しい気持ちで「不登校」生活を謳歌していた。だから、中二の始業式で「彼女」が私に話しかけてきたことは、本当に想定外の事態だった。

 彼女は別の学区から進学してきた子で、もちろん私がこんなことになった原因についても知っていたが、そのうえで誰も私に話しかけないことを不思議に思い、機会を窺っていたのだという。

 それからというもの、私は彼女と会うためだけに学校に行くようになっていた。いつの間にか、ボロボロだった生活リズムもほとんど正常になっていた。彼女とは、何か共通の趣味があったわけではない。しかしそれでも、彼女との他愛ない会話の数々は、もう何年も感じていなかった温もりを私に与えてくれた。

 だが、中三のクラス替えで別のクラスになってから顔を合わせる機会がめっきり減って、やがて疎遠になってしまったというのは、先に述べたとおりである。たまたま廊下で目が合ったとき、お互いに目を逸らした。私の人生は、いつもこうだ。頬が何かにくすぐられるような感覚があった。それは、実に四年ぶりに流れた涙だった。

 それからは、もう自暴自棄だった。本格的に自室に引きこもり、完全に昼夜の逆転した生活を送っていた。そして、人間として壊れたままで、私は中学の卒業式を迎えた。校門を出るとき、彼女の姿が見えた。私は目を逸らした。


     ○


 そういうわけで、いくら家から少々遠い高校を選んだとはいえ、私がこのように居心地のいい場所を見つけられたことは、奇跡に近かった。きっかけはなんだったか、もうあまり覚えていない。本を読んでいるときに後ろからずっと覗かれて――居心地が悪くなって、こちらから声をかけてしまったのが始まりだっただろうか。

 何にせよ、一年間彼女たちと過ごしてきて、私はよく分かっていた。あの子たちは敵じゃない、なんなら私の味方だ。私が何かに失敗しても、きっと励ましてくれる、そんな人たちだ。

 だから、自分の体が全く動かなくなってしまったことに、私は一切納得がいっていなかった。私は遊びたい。話したい。じゃれ合いたい。なのに、この体はそれを拒むかのようにぴくりとも動かない。


 普段は意識しないことだけれど、動物はみな、自分の体を操縦して生きている。脳の指令に従って、体中の様々な部位を動かすことができる。その意味で、我々はみなロボットの操縦士だ。目を開ける、起き上がる、ドアを開ける、歩く、階段を降りる、歩く、ドアを開ける、椅子に座る、箸を持つ、朝食を頬張る――と、コックピットは常にてんてこまいの状態だ。

 だから、ときどき疲れてしまうことがある。エンストで機体自体がダメになってしまうこともある。

 今の私はきっと、そういう状態なのだ。ひとつひとつの動作をいちいち意識して指令しなければ、視線ひとつ動かすことができない。


 疲れた……。


 時計を見ると、もう時刻は五時を回ろうとしていた。

 何も考えたくない。

 布団を被った。現実を弾き返すようにして、私はまどろみの中に落ちていった。

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