開宴

王水

開宴

夢に、神が現れた。


名乗られた訳では無いが、そこはかとなく伝わってくる神気に、そう悟った。


神は仰々しく手を差し出し、俺にそれを掴むように言った。言われるがまま、神の手から落ちたものを手中に収めると、それは暖かく脈打った。一体何を掴ませられたのかと、掌を覗き込んだ時だった。


どしん。


大男の足音で、目が醒める。


「よお、七宝柑。まだ寝入っているのか、もう夕方だぞ。そろそろ起きた方がいいんじゃあねえか。」


落ち着きのある低い声が、部屋に響く。昔からの友人である、五色米のものだ。

昨夜の宴が盛り上がり過ぎたからか、普段よりも眠りこけてしまった俺を起こしに来てくれたのだろう。


「応、五色米かあ。あまりにもでかい音がするもんだから、地鳴りかと思ったぞ。何やら面白い夢を見ていたような気がするんだが、お前の足音で忘れてしまったわ。わっはっは。」


「それは悪いことをしたなあ。夜まで寝かせときゃあ良かったか。」


「いいや、助かったぞ。まだ今日の水撒きが終わっていないもんでなあ。このままでは日が暮れてしまうところだった。」


ここら一帯の山は、八仙山といい、夫々を八千角という8鬼が治めている。その証として、自分の象徴となる植物を植え、育てているのだ。

此山も八仙山の一つ、俺が治める山だ。

象徴の木を枯らさぬよう、毎日水撒きをし、毎月魔力を供給しなければならない。


「ああ、水撒きなら心配要らねえと思うがな。」


「ん?何だ、お前まさか撒いてくれたのか?」


「いいや。今宵は酒涙雨さいるいうだそうだ。」


「何!もうそんな時期か。これは魂消たな。」


酒涙雨。七月七日、七夕に降る雨だ。長生きしていると、月日が飛ぶように過ぎていく。つい最近、七夕は過ぎたように思ったが、もう次の七夕がやってきたのか。


「しかし、それならば有難いな!まだ寝ていても良さそうだ!」


そうと分かるや否や、起こしていた半身をまた寝床に戻し、二度寝を始める。


「おいおい、待て。俺はただお前の寝顔を見に来た訳じゃあねえぞ。

今日は約束の日だろう。忘れたのか。」


「……約束…………?」


「俺の情人を紹介するという話をしていただろう。」


「嗚呼!そうだったなあ!すまんすまん、すっかり忘れておったわ!」


「全くお前と言うやつは。気になると煩いから約束を取り付けてやったんだろう。ほら、そろそろ待ち合わせの時刻だ。早く支度を済ませろ。」


五色米が呆れたような笑顔で急かす。


「分かった分かった。にしてもお前が惚れ込むとは、どんな奴なのか楽しみで仕方がないぞ!」


その言葉は聞き飽きたと言わんばかりにぽりぽりと頭をかき、背を向ける五色米。


「さて、向かうか。」


支度を済ませ、家を出ると、五色米に妙な道へ案内された。橋の下をくぐり、獣道のような茂みの中を進むと、大きな川へ出た。水面から頭を出している岩を足場に、向こう岸まで渡り、暫く行くと古びた社があった。


「おいおい、五色米。まさかいつもこんな遠方まで逢い引きしに来ていたと言うのか!相当執心のようだなあ!わっはっは!」


「そうだな。あまりからかってくれるな、珍しく本気でな。」


五色米にしては珍しい念だ。随分と惚れ抜いているのだろう。


「して、その蒅とやらは何処だ。」


「……来たな。」


矢庭に、五色米の懐へ何かが飛び込んできた。


「五色米さぁぁぁん!会いたかったああ!」


「はっはっは。俺も会いたかったぞ。蒅。」


その後も物凄い勢いで五色米への愛を捲し立てているあの男が、「蒅」なのだろう。猪突猛進、という言葉を体現したような奴だ。


「お楽しみのところ悪いな!お前が蒅か!俺は七宝柑という!五色米の幼なじみだ!宜しく頼む!」


「五色米さんの幼なじみ!?!!!?」


食いつくところがそことは驚いた。


「応、幼なじみだ!」


「ということはあの、幼い頃の五色米さんのあやこれやもご存知なんですかね!?」


「応、知っているぞ!」


「是非教えてください!!!」


と、その時、蒅の頭を何者かが引っぱたいた。


「蒅、失礼を働くのも大概にしろ!不躾ですまない。後でよく言っておく…。」


「もお〜!痛いよぉ、そよ兄〜!」


「煩い、お前も謝れ!」


「そよ兄」と呼ばれるその男は、白髪に混じる赤髪が特徴的で、凛々しい顔を顰めながらこちらに頭を下げていた。


「なに、気にするな!面白い兄弟だな!わっはっは!顔を上げてくれ!」


「……はあ。」


男は、恐る恐る顔を上げた。その鮮やかな瞳と目が合った時、何故か忘れていたはずの今日の夢を思い出した。

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