僕らは、拾えるようになった

のーと

2人と折り畳み傘1本

「あー、消えちゃった。」

君が手首に巻いてたサイリウムの青が今死んだ。

「あれ、なんか早いね。前はもうちょっともったんだけどな。」

僕の手首の赤はまだ。

君はふぅっとため息をついて一瞬残念そうに、でももう忘れてしまったかのように進行方向を向いた。持ち主に忘れられた青はすっかり闇に溶け込んでしまう。


桜の花弁がまばらに張り付く道路を踏みながら並んで進む。昼間なら、雨じゃなかったら、見上げた君は笑っただろうか。

会話は特に弾まない。君の好きなアーティストのライブだったんだけど、そうでもなかったんだろうか。

僕は結構楽しかったんだけどな。


出会った頃は、こういう時君はむやみに笑顔を咲かせて感想をまくし立てていた気がする。そういうところが好きだった。

今の君はただ今日のアンコールの曲を鼻歌で歌いながら僕のさす傘の下に大人しく収まっている。


こういう、不安になる夜は芋ずる式に嫌なことが思い出される。日々の、ちょっとした不安みたいなものが。元気な時なら気にとめないでおけるものが。


そういえば、バレンタイン、今年は何も無かった。

だから、どうしようかと少し悩んで早咲きの桜のホワイトデーは、意気地無しで「何でもない日のプレゼント」のような顔でイヤリングを渡した。

あの頃の、君の一生懸命さが滲んでいた包装は見なくなって久しい。懐かしい思い出になってしまった。

もしや、今はあの頃よりも遠いかもしれない。今も君が、元々僕の十八番だった曲を口づさみながら、俯いている時、何を考えているのか検討もつかない。

僕は前より近づいたと思っていた。思い上がりはいつでも必要以上に僕の頬を上気させる。



相合傘の下、二の腕あたりにぶつかる君の肩がかたく感じた。

「沈黙がさ、気まずく無いのって最高じゃんね、って思ってるんだけど、そうでもなさそう?」

鼻歌はいつの間にか中断されていたらしい。肩が当たったまま、若干覗き込んできて、君が投げかけた。

「眉間に皺、寄ってるぜー。」

彼女は自分の顔をぐっと中心に寄せて、悪そうな顔をする。曰く、僕の真似らしいけど。その耳元では「何でもない日のプレゼント」が街頭を反射して一瞬光る。そうして僕に詰め寄ってくるような感覚

覚えた。

「どうかな、そうだな、不安には……少しなるかもしれない。」

女々しいことを言っているな、とは思った。でも正直に伝えておきたいとも思って目をそらさずに言った。

「君らしいね。そしたら何か喋った方がいいのかな。」

君は進行方向に向き直って考えるような抑揚で言う。別僕の言葉に何か不満がある訳ではなさそうでほっとする。君がそういう人じゃないのはよく知っているつもりだけど、赤裸々には勇気がいるから。

「でもさ別に無理に喋らせたい訳じゃないんだよね。」

僕に喋らせる、という提案をしてこないの心地いい。でも少し心が痛い。

「わかる。」

君は同意して、そこでまた会話は途切れた。僕たち、合わないのかもしれない。

でも別に君のことは好きなんだ。たぶん。


駅で別れてまた考えはじめる。

そういえば、相手の欠点……というか、合わないところが見えてきて、そうするとだんだん好きなのを忘れていくと友達に聞いた。

そうなるんだろうか、そのうち。

最寄り駅に着いて、雨が上がっていたから、君がビニ傘とか買わなくて良さそうなことに安堵する。

送って行ってあげるべきだったかもしれないが、今日はなんか僕は陰気なので付き添わない方がいいかと思った。



誰もいない家の鍵をひねりつつ、「ただいま」と言って靴をぐちゃ、と脱ぎ捨てる。そのあと、振り返って揃える。

ソファに沈み込み、ズボンのポケットからスマホを取り出し何となく開こうとした。するとちょうど、ピコン、と音が鳴って画面が点灯する。バナーの2回タップと生体認証はほぼ無意識で行って既読をつけた。

「ねえ見て。まだ少し光ってた。」

メッセージの上には暗闇の中、君の腕を弱々しく青に染めるサイリウムの画像がある。

君に返信する前に、僕はおもむろ膝をおってに立ち上がる。久方ぶりだ、帰宅後にこんなに腰が軽いのは。部屋の電気のスイッチをパチンと一思いに消してしまって、まだ捨てていない巻きっぱなしの赤に目をやり、僕は思わず少し笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らは、拾えるようになった のーと @rakutya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る