第5話 記憶にない

「今日の弁当もうまいな、ありがとう」


「えぇ………」


「…なあ、今日の放課後はどこか行くところとかないのか?」


「特にないわ………」


「(ここ数日ずっとこの調子だ…くそ、調子が狂う……原因は…俺の夢の話をしてからこうなってんだしやっぱそれだよな)」

「なぁ………この前話した夢の内容が何か気になんのか…?」


 かけるがそう言ったとたんに美玖みくの瞳から涙がこぼれ始める。


「う………うぅ……」ポロポロ

「(翔が夢に見た少女は間違いなく最初の私だ……今まで私は時を戻した後は未来がなかったことになるとばかり思い込んでいた……でも翔は前の記憶を持ってる……つまり今までの翔も確かに存在していたことになるじゃない……なら………私は何度翔を見殺しにしたの…?)」


「お、おい美玖?どうしたんだ……?」


 翔が美玖の背中をさする。


「わ、私に…あ、あなたを好きになる権利なんて…なかった……ごめんなさい…ごめんなさい…」


「ど、どういうことだ?…いったいお前に何があったんだよ………」


 その時不意に翔の後ろ、扉の方から声が聞こえた。


「あーっと、野々瀬ののせかける君、でよかったかな?」


 後ろを振り返ると、見たこともない大人の男性が立っている、間違いなく教職員ではない。


「……ちょっと今取り込み中なんで、どっか行ってくれないすか?」


「いや~そうもいかないんだよね、もう何回も失敗してるから、おじさんにも後がなくてねぇ、とりあえずその子は――――」


 そう言って、男は美玖に指をさすそぶりを見せる、その瞬間、男の指から赤い光線が放たれる光景が脳裏に浮かぶ。


「っ!あぶねぇ!」


「ぇ…」


 翔は即座に美玖をその場所から自分のもとへ引き寄せる、すると、美玖が元居たベンチへ赤い光線が放たれ、ベンチは貫通しその周囲はドロドロに溶けた。


「ありゃ、何でバレちゃったかな、お嬢さんの能力…じゃなさそうだね」


「ぇ……え?」


「ボーっとしてんなよ美玖……あいつお前を殺す気だった!」


「ぇ……?こんなの知らない…こんなの記憶にない…」


「美玖?君が支倉はせくら美玖みくさんかい?関係者とは思ってたけど…おかしいなぁ、おじさんたちをさんざん邪魔してきた存在だからどれほどの傑物かと警戒していたのに、ただの子供じゃないか、これなら対象の確保も問題ないかな」


 そう言うと男は翔の方に歩いてくる。


「こ、この!来るんじゃねぇ!」


「翔!きゃあ!」


 男は抵抗する翔の腕をつかみ、美玖から引きはがした。


「翔君はおじさんについてきてもらうよ、お嬢さんは……申し訳ないけど処分しなきゃいけないな」


「は?しょ、処分?何言ってんだ!処分ってなんだ!」


「殺すってことだよ……さんざん邪魔されたからねぇ、上もただ君を連れて行くだけだと納得しないんだよ、また邪魔されるんじゃないかってね……本当に申し訳ないと思ってるよ」


「か、返して…翔を返して……」


「返すも何も、もとからお嬢さんの物じゃないよ、それに幸運は君には過ぎたおもちゃのようだしね、彼の自由を制限して何をさせたかったのかは知らないけど、それは自分でかなえることだね」


「何勝手なこと言ってやがる、それに美玖はそんな奴じゃねぇ!美玖は俺に能力を使わせようとは一度たりともしなかった!」


「ならなおさらお嬢さんが持ってる必要はないね、おじさんたちには幸運が必要なんだ、そろそろお別れの挨拶をした方がいい、もう二度と会えないからね…」


「…………最後に……一つ教えて……翔はあなたと一緒に行って、安全は保障されるの…?」


「………保証は出来ないな、おじさんたちにはどうしてもかなえたいことがある…まあ最悪死ぬだろうね」 


「……なら、私は絶対にあなたを止めて見せる、今は無理でも、次は必ず……」


「次はないよ、君は死ぬからね」


 男は手を上げ、美玖へ指をさす。


「や、やめろ……やめろよ!」


 翔は男の行動を阻害しようと腕を振り回す、しかし男は意にも介さず美玖へ赤い光線を放とうとしたその瞬間、翔の頭に声が響いてきた。




―――――――――――――――――――――――


『…助けないの?』

『え……』

『美玖を助けないのかって聞いてるんだよ』

『だ、誰だよ!』

『君だよ、前のだけどね』

『前のってなん…いや!助けるったって、どうすりゃいいんだ!』

『簡単じゃないか、能力を使えばいい』

『そんなことしたら…俺の命が……』

『まあ、このままだと確実に美玖は死ぬだろうからね、能力で助ければまず君の命はないだろうね、でも……本当に見殺しにしてもいいのかい……?大切な友達で、唯一好きだった女の子を………』


 その瞬間あふれ出す、過去のの記憶、何度も死に、何度も美玖に助けられたことを思い出す。


『………ああ、美玖…思い出したよ…俺の唯一の友達で、何度も俺を守ってくれた…』

『……ならもう決まったよね』

『ああ、美玖を助ける』

『なら早くするんだ………能力を使えって言っておいてなんだけど、君には死なないでほしいな、美玖が悲しむからね』


―――――――――――――――――――――――




 男の指から美玖に向かっていまにも赤い光線が放たれようとしている。


「美玖は絶対に死なせねぇ!」

 

 掌を美玖へ向け、ありったけの幸運を与えると美玖の左手の甲に黄金色に輝く四葉のクローバーが浮かび上がる。


「翔!?ダメ!!能力を使ったらあなたが!!」 


「なに!?能力を使っただって!?くそ、止められない!翔君を殺すわけには……!」


 慌てた男から放たれた赤い光線は美玖の手前で不自然に曲がり翔の方へ向かい――


「っ!!!いやぁぁぁぁぁ!」


 ――そのまま光線は翔に直撃する直前に軌道を曲げ翔をつかんでいる男の腕に直撃した。


「っっっっ!!!なんで俺に……まさか…!」


 グイッっと翔の左腕を持ち上げる、そこには美玖と同じように手の甲に黄金色のクローバーが浮かび上がっている。


「な、何で俺に幸運の能力が………俺自身には使えないはずなのに…」


「か、翔?い、き、生きて…る?よかった…よかった…」


「……………チッ…結局失敗か…、情報じゃ能力を使わせるために自由を制限し恋人として手元に置いてるって話だったけど……間違っていたのか……………」


「………なんの話をしてやがる!いいから手を離せ!」


「ああ、そうだな、…ほら……どこへでも行きな……」


 男は翔から手を離す、その表情はとても暗く、まるで唯一の希望を失ってしまったかのようだ。


「……急になんだよ、なんか怖いんだが、また後ろから襲ってきたりしねぇだろうな」


「もう、お前らを襲う理由はねぇよ……パートナーが決まっちまってるんだからな」


「パートナー?何のことだ……?」


「………知らねぇのも無理はねぇ、これは一部の権力者や、よっぽど能力に興味がある研究者しか知らねぇことだ、幸運にはデメリットをなくす方法が明確に存在するんだ、それがパートナーを作るってことなのさ…」


「はぁ?」


「………はぁ、教えるよ、そして感謝してほしい…そして……できれば協力してくれ…」


 男は煙草をふかし始め、美玖は翔のそばへ寄り男へと向き合う。


「協力するかは私たちで決める、でも翔に危険があることなら絶対に手伝わせないから覚えておいて」


「ああ、じゃあ説明するぞ、ヴィンセント・ギデンズは知ってるな?、歴史上唯一デメリットを発生させずに能力を使ったとされる幸運の超能力者だ、表じゃ嘘ってことになってるけどな」


「ああ、自分でも多少調べたから知ってるよ、でも結局能力のデメリットで死んだんだろ?」


「ありゃ嘘だよ…ヴィンセントは長生きして老衰で死んだ、パートナーと一緒に息を引き取ったと言われている、パートナーが誰かわかるか?」


「まさか……愛人の女性か?」


「なんだ、そこまで気が付いていたのか、そう、ヴィンセントのパートナーは教科書に書かれている妻のリディー・ライトンじゃねぇ、愛人のペトラ・ハーヴィーさ」

「もともとリディーはヴィンセントの能力を目的に結婚したそうだ、日ごろから酷使させられてたらしい、そんな時出会ったのがペトラで二人は恋に落ちそれから合うようになった、彼女はヴィンセントを愛し、彼の能力を自分から使わせることはなかったらしい」


「………愛し合っていればパートナーになれるってことか?」


「ぇえ!?それって翔も私のこと……」


「そう簡単なことじゃねぇ、ヴィンセントとペトラが愛し合ってると知ったリディーは二人を殺そうとした、その時ヴィンセントがペトラへ能力を使って守ったんだ、ヴィンセントは自分がデメリットで死ぬことすらいとわず能力を使い、ペトラはヴィンセントを助けたいと本気で願った、その時二人はパートナーになったのさ」


「……まぁ、今の状況と似てるな…」


「え、えぇ、そうね」


「ああ、つまり、自分のこと度外視で互いが互いのために行動できる奴等がパートナーになり、互いの幸運を願うことでデメリットさえも跳ねのけることが出来る、お前らのどっちかが少しでも自分だけは助かりたいって考えてたらこうはならなかっただろうな」


「「……………」」


「気まずくなるのは構わねぇが、まずは俺の目的も聞いてもらうぜ」


「あ、ああ」


「………俺は代々治療院を経営している家の用心棒をしているんだが、そこの令嬢が能力のデメリットで苦しんでいる……それを何とかする手伝いをしてくれないか…?」


「デメリット……?どんな能力なんだ?」


「聖女だとさ、ありとあらゆる病気を治すことが出来る、デメリットは使うたびに自分健康を害するって超能力にしては軽いもんだが………お嬢は自分の体調が回復する前に能力を連続で使っちまったんだ………意識はあるが、今は治療院で寝たきりさ…」


「つまり、もともとは俺の幸運で病気を治してもらう予定だったのか」


「ああ、何ならお嬢とパートナーになってくれればすべてが丸く収まる…そんなことを考えていた」


「デメリットが消えたなら、俺が幸運を与えるんじゃだめなのか?」


「翔君…それは無理だ……パートナーが出来た幸運にはパートナー以外に幸運を与えることは出来なくなるってのが通説だ、手の甲のクローバーが消えない限りは他人に能力は使えない」


「そうか……」


「期待しているのはむしろお嬢さん……美玖ちゃんの能力だよ…」


「わ、私の能力……?」


「幸運にパートナーが出来るのはかなり稀でね、今までに2人しか実例がない、しかもパートナーが能力者なのは君たちが初めてなんだ、もしかしたら幸運の力で君の能力にも変化が起きているかもしれない」


「……………」


「美玖…?」


「…まあ、今すぐ決めなくてもいいよ、鑑定士にも依頼しなきゃいけないだろうしね、おじさんの連絡先を渡しておくよ、結論が出たら連絡してほしい……」


「えぇ、分かったわ………そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね」


不知火しらぬい和樹かずきだよ、おじさんって呼んでくれてもいいよ」


「そう、不知火さん、協力を約束することは出来ない、けど……協力したいとは思っているわ、だれかを守りたい気持ちは痛いほどわかるから」














×××××××××××××××××××××××××

「なあ、お前なんで俺にここまでするんだ……?」


「だから言ったでしょう?あなたを守りたいからよ」


「………すまねぇ、それだけだとお前を信用することは出来ない、今まで理由なく俺に浴してくれた人間はいなかった、お前だけが例外だとは考えられねぇ」


「別にいいわ、あなたが無事ならそれで……」


「だが……恩知らずになる気はねぇ、何かかなえたいことがあったら俺に言ってくれ、できる限りかなえたい……」


「それじゃあ、毎日作ってあげてるお弁当の感想でももらおうかしら?」


「………ははは!そんなもんならいくらでもかなえられるぜ!とりあえず今日の分からだな!全体的においしかった!、実は俺、酢の物が苦手でなぁ…お前が作った奴は食べやすかったけどやっぱりどうしても…な…?」


「それなら次からはもう少し食べやすくしてあげるわ」


「入れないわけじゃないんだな……」





―後書き――――――――――――――――――――――


治療院:病院とは別、能力で人を治療するための施設

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの人生に幸多からんことを GINSK @GINSK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ