第34話 レッツメイクケンジャノサンド ②

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。


 懐かしい思い出を語り、ジャスくんを見送ります。そう、ジャスくんはこのところ遠征続きです。

「え? またヌシの討伐ですか?」

「そう、最近多いんよ。アレ言わば突然変異っしょ、そんな大量発生するもんでもないのに、なんか最近おかしくね? って俺も思ってるし」

 どうにもまた、異常に巨大で危険な魔物の被害が近隣で発生しているようです。

「大丈夫なんですか?」

「仲間もいるし、武器もバッチリ、生命のパンの出番はないんじゃね? 楽しんでくる的な!」

「気をつけて」

「りょ! 俺、壮大な野望があるし!」

 壮大な野望。

 その言葉を聞いて、なんとなく背筋がぎくりとする思いでした。


***


 このごろ、私は少々上の空でした。

 とある仮説が頭に浮かんでしまって、それが思考の片隅から離れないのです。

「賢者のパン……」

 お客様にパンを包んで渡しながらも、思い出し口にしてしまいました。

「なんだいそれ!? そんなパンがあるなら是非とも食べてみたいね!!」

 そんな私に食いついきてきたこちらのお客様はアイザックさん。通称アイクさん。または通称笑い声デカ男さん。ご近所さんがそう呼んでました。このごろ毎日のようにパンを買いに来てくださる魔導師のお客様です。

 夜の海のように深い青い髪はかなり短く刈られており、魔導師なのにやたらとマッチョ。現在は魔物との戦いで手に怪我を負ってお休み中だとか。

「ハッハッハ!! いやあ、あの日行き倒れてたところを助けてくれたのが貴女で良かった!! 本当になんとお礼を言ったらいいやら!!」

 そしてご飯を三食きちんと食べる習慣がないらしく、先日店の近くでお腹を空かせてふらふらとしていらっしゃるところを見かけ、声をかけて試食を分けてあげてそれ以来常連となっているのです。

「それからもうこの味に夢中だよ!! 毎日これを食べられる君のお師匠様は幸せ者だね!! ハッハッハッハ!!」

 豪快に笑い、手を取られます。驚いていると、ジーン先生が無理矢理お釣りを渡してお客様を帰してくれました。

「お前、妙に好かれたな」

「あ、やっぱりですか?」

 アイクさんの背を見送るジーン先生の目が何やら刺々しいです。

「気をつけろ。あいつは何か嫌な感じがする」

 何故でしょう、ジーン先生がこんな態度を取るなんて、もしや。

「陰キャからの陽キャへの苦手意識?」

「それかもしれない」

 それかもしれないんですか。

「ともあれ、ひと回りも歳下の未成年に迫る男はその時点で様々な疑いから入るべきだ」

 なるほど。自称歳上好きのご意見です。

 すっかり夏ですがまた何やら春の予感ですかね。

 謎にモテ期が到来してます。

「ねえ、おねえちゃん、つぎアタシ、クリームパンくださいな」

 おっと、他のお客様も接客中でした。いけないいけない。

「はーい、ただいま……」

 戻ってお渡しをすると、次々に声をかけられます。

「おう嬢ちゃん、いつものカレーパン三つ」

「あんパンあるだけくださいでヤンス!」

「メロンパン、メロンパン」

 後ろに並んでいたお客様たちに対応をします。慌ただしくも様々な注文を捌き、本日は閉店。

 簡単に片付けを終え、ようやくひと息をつきます。

「……最近はお前の魔道具目当ての常連が増えたな」

 休憩に紅茶を入れて売れ残ったパンで作ったラスクを齧っていると、ジーン先生がそんな嬉しいことをおっしゃいます。

「すっかり立派なパン屋になってきましたね」

「清々しい顔で言うな」

 冗談ですよ。半分冗談ですよ。

 ちょっとパンの絵を載せた看板を出してみたり、ショーケースを購入してパンを入れてみたり、イートインスペースを作ってみたり、販売日を増やしたりしただけですとも。

「もっと文句言ったり止めたりして良いんですよ?」

 冷静になるとやりすぎました。

「まあ別に良い」

「良いの!?」

 予想外に許容されてしまいました。この師匠、なんだかんだ弟子に甘すぎませんかね。

「まあ儲かってるから良いんじゃないか? 営業とか販売業務は好きじゃないから任せる」

「ちょっと店長……」

「俺は分解とか収集とか配合成分の研究とかだけをやってたい」

「職人気質すぎます」

 この師匠、己の関心のないことに対して雑すぎる。

「ていうかジーン先生、最近は新作魔道具ほとんど作ってなくないですか?」

「素材とエレメントは順調に集まっている」

「真顔で言わないでください」

 相変わらずだと思いました。ダメすぎる。

「同じ新作でもオーダーメイドで細かく頼まれた物を作るのは得意なんだが、漠然と大衆に好まれる新しいものを考案するのは俺には不可能に近い」

「今までよく潰れずにやってこれましたね」

 相変わらず社会への適合が難しそうな人だと思いました。先代の師匠がしっかりしていたのかしら。

「アマリがバイトで来てくれていたころはその辺りをやっていてくれて助かったんだが……」

 と思いきや以前から非常勤職員に重要な役割を一任していたご様子。ダメダメすぎてもはや麦生える。

「やっぱり戻ってきてもらわないとダメなのでは?」

 改めてみると、なかなかギリギリの気配を感じずにはいられないお店です。

「賢者の石、頑張って作らないとですね」

 私がそう言った途端、ジーン先生はガシャンと手に持っていた茶器を落としました。

「……賢者の石? それとアマリに何の関係が?」

「え? あ、アマリさんが、賢者の石をあげたらこの調術所へ戻ってきてくれるって言ってて……」

「何に使うんだ?」

 ジーン先生の声色が強くなります。どうしたのかと声をかけようとすると──

「嫌な予感がする」

「え」

「アマリは賢者の石に何を願うつもりだ?」

 私は思わずぽかんと口を開けてしまいます。言われてみれば、あのアマリさんが、なんでも願いを叶える石に何かを願うとしたら、それは。

 例えば、物語の中では、わりと定番の──

 すぐにジーン先生は核心を突きます。

「死者蘇生」

 その単語が出てきて、沈黙と嫌な冷や汗が流れました。

 どくんどくんと脈が速まるのに、まるできちんと体に血が行き渡らないような感覚です。頭は重く目の前が暗くなり、爪の先まで体が冷たくなっていく心地がしました。

「え、ええ? そんな、でも、誰を?」

「色々候補はあるだろ。一つは、アマリは母親を亡くしている」

 いや、まさか、まさかね。

 震えていると、ガタリと物音がします。音のした玄関の方を見ると──

「聞いてしまった!! すまない!! お釣りが多かったから返しに来たんだが!!」

 声の大きなマッチョ、アイクさんがそこに居ました。

 どうしてこう、私の周りには空気が読めなかったり間の悪い人が多いのでしょうか。

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