行ってみよう冒険やってみよう討伐

第17話 レッツメイクアツアツデニッシュ ①

 おはようございます。私はエミリア・ベーカー。お悩み悩める十四歳。見習い調術師です。魔物討伐トップを目指さないかという謎の勧誘から一夜明けました。


「……うーん」

 昨夜の記憶の反芻を抑えるべく、とにかく調術です。レッドリザードの鱗、ルベラ鉱石、はじける種を調術鍋に投入。

「うー……」

 いったん全てを忘れるべく、ぐるぐるかき混ぜ、呪文を唱えます。

「エホオノ モロヨ スンウッソ ダイカ!」

 とりあえず完成。

「燃え盛る炎! 紅玉魔石!」

 紅玉魔石は魔物に炎攻撃ができる魔道具です。

 ちょうど良いところにやって来た、師匠であるジーン先生にその品質を評価してもらいましょう。

「おはようございます、ジーン先生! 見てください!」

「朝から熱心だな、エミリア」

「紅玉魔石が出来ました!」

 私の作った紅玉魔石を見た途端、ジーン先生は目を見開きました。

「パンじゃない……だと!?」

「紅玉魔石です」

「風邪か!? 熱か!?」

「なんですか! 普通に魔道具作っただけでしょう!」

 本気で心配しないでいただきたいです。

「それから、ジーン先生、魔物の討伐ってどうやるんですか? 賢者の石を作るにも、魔物から取れる素材も必要でしょうし」

 追加質問をするとジーン先生は幽霊でも見たかのようなお顔をされます。

「弟子が突然真っ当に成長している?」

「素晴らしいことじゃないですか?」

「不安になる」

「ストレートな」

 いつも通りのやりとりのようでいて、何か空気感が違います。

「冗談抜きに何か悩み事があるだろ? 抱え込むなよ?」

 ジーン先生は人付き合いが苦手と自称していますが、人の心の機微には結構敏感です。ひょっとすると、だからこそ苦手なのかも。

 そしてなんだかんだ私のことをよく見ていてくれている、不器用で根が優しいお方です。

「ええと、かくかくしかじかでして……」

 昨晩のジャスくんとのやり取りをかいつまんで説明します。するとまず一言。

「俺に恋愛相談とか正気か?」

「そこは期待してません」

「助かる」

「ジーン先生……」

 パッと見はクールで、強くて、気遣いも出来るのなら、さぞおモテになりそうに見えるのに。

 それ以上のコメントは差し控えます。

「なんにせよ、私もちょっとは戦えた方が良いのかなあと思いまして。それなら、パン以外の魔道具も……」

 ふむと考え込んだジーン先生でしたが、棚へと向かい、すぐに戻ってきました。

「作るか、爆裂パン」

 なんということでしょう。その手には魅惑の粉、エン麦粉が。

「え!? 嘘!?」

「そんな顔をしてるくらいなら素直にパンを作れば良い」

 あら、心の奥にしまった欠けているものへの不満が顔に出ていたみたい。

 ジーン先生にそう言われては仕方ないですね。

 レッツ調術タイムです。さあ、さあ、さあ。

 まずはエン麦粉、ミルクケンタウロミルク、黄金卵を調術鍋に入れます。ここまではお馴染み。ここからが師匠たるジーン先生の腕の見せ所。

「ここに紅玉魔石を中間素材として入れる」

 食材に続き宝石が鍋に投げ込まれます。

「見えている地雷のような絵面ですね」

「お前、オリハルコンパンとか作ってただろ」

 そしてさらに追加に──あ、もう嫌だ、多種多様な基礎調合剤が準備されています。

「レッドリザードの鱗、ルベラ鉱石、はじける種。これらから出来る紅玉魔石を可食の硬度にするため、固きエレメント、水のエレメント、塞ぐエレメントなどを追加し各エレメントの比率を調整する」

「というと……」

「全ての素材をエレメントに分解し、完成品のパンから逆算して不足するエレメント全てを計算し追加する」

「わあ……」

 ジーン先生の解説は相変わらず理屈派が行きすぎていっそ力技です。加える基礎調合剤の種類と量を決定し、なんとかレシピが出来上がります。死ぬかと思った。

「クシツャク ネウコノ イナウ スンウッソ ダイカ!」

 あとはいつも通り、魔力調整剤を加えて、余分な調術液を吹き飛ばします。

 蓋を開けるとそこには──

「パンはパンでも食べられな……嘘食べられるの!? 紅玉魔石デニッシュ!」

 攻撃アイテムのパン、新作魔道具の完成です。

「で、出来ました……! けど、どう使う魔道具なんですかこれ?」

 外見は至って普通のデニッシュパン。柔らかさを帯びる丸い形状に渦巻き模様が魅惑的です。

「魔物の口に放り込む。唾液と反応して炎が発生する」

「さっそく試食しましょう」

「聞いてたか今の?」

「聞いてますが?」

 半分に割ってみると、ジャムのようなものが入っており、巣状の生地が魅惑的です。

「やめろよ? 本当にやめろよ!?」

「食べられないパンとか世界の理に反していませんかね?」

「オリハルコンパンとか作ってただろ」

「折を見て食べに挑戦してますけど?」

「無茶しやがる」

 ああ、この空気感、落ち着きます。実家のような安心感。ジーン先生の魅力は、見た目の印象に反して案外そういうところにある気がします。

 ふとジャスくんの言葉を思い出します。

「ジーン先生は、選ぶって言うより、そこに居るっていうかんじなんですよねえ」

「何の話だ」

 そう、いつのまにか現れ種が芽吹きいずれこの国全てを覆い尽くすであろうエン麦のように。

 淡々としてクールに見えるのは最初だけで、少し踏み込めば相当な世話好き。人の日常の隣に居るような、変な安心感のある人です。好きな人は好きでしょうね。私の異性の好みとは異なりますが。

「悩み事があるなら素材採……冒険に限る。そのパンを試しに行くぞ」

「冒険者やったら?」

 デニッシュを食べようと大きく口を開いたところで、ぐいと首根っこを掴まれて外に連れ出されました。

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