第8話 レッツメイクデッカイナン 後編
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。漁夫の利を得る十四歳。見習い調術師です。師匠のジーン先生とやべえ護衛のジャスパー・ラッセルとともに魔境ドラゴンの火山に素材採取に来ています。
「……イフリートドラゴンを狩る?」
「やられても一興ってことで」
これから山頂を寝ぐらとしているイフリートドラゴンを狩りに行くそうです。パンに関係のない話なのでいまいち盛り上がりに欠けますね。
「怪我したら危ないだろ。帰るぞ」
「そうですね」
相対的にまだまともなジーン先生の正しいご判断です。帰りましょう。
「ちょいちょいちょい待ってって冗談」
踵を返した私達をジャスパー・ラッセルが必死に引き留めます。
「レア素材取れるよ、お師匠」
「本当に勝てるんだろうな」
「死んでも倒すし」
「じゃあ帰りましょうか」
「そうだな」
生命の危機に瀕する可能性が少しでもあったら引き返すのが非冒険者です。
「頼むって! あれ目当てで今日来てんだって!」
「冒険者仲間と来れば良いでしょう」
「仲良い奴なんていないし!」
「あ」
地雷を踏んでしまいました。暫しの沈黙が走ります。なんとなく、彼が今回声をかけてきた本当の理由に察しがつきました。
「……これから出来ますよ。この国、面白い人たくさんいますから。ほらパンでも食べて元気出して」
どれほどの変わり者であっても、自ら心を閉ざさなければどこかに理解者はいるというのが私の持論です。どんな食材であっても、それを使いこなす料理人はいます。世界は広く、場所に合わせて様々な麦が生息しているように、人間も様々な人がいます。だから多分大丈夫なんですよ。
「なんか慰めてくれてんのは分かった。……帰ったら食うね」
差し出したクロワッサンを見つめ、ジャスパーは迷いながらも今度は受け取りました。
「でもさ! 非冒険者二人守りながら一人で戦うのが楽しいんじゃん!」
帰宅決定です。さっさと来た道を歩き出します。
仕事に趣味を持ち込むなど言語道断ですよね。
「イフリートドラゴン肉ステーキはラーツ麦パンに超合うってレストランで聞いたことあるし!」
***
山頂です。
多数決でもって決定された事項にジーン先生は苦い顔をしています。
ジーン先生と私に与えられた役割は、ピンチになったら転移魔法の魔道具『帰巣の風車』を発動すること。あとは後衛で無茶をせず見守るのみです。
「じゃ、戦闘開始」
ジャスパーの足音に気がついたイフリートドラゴンが上体を起こし、威嚇じみた低い咆哮が辺り一面に響きました。
爪が地面を蹴り上げ、翼がゆらりと持ち上げられ、それだけで風が吹き荒れます。視界が砂埃に覆われました。
「危なっ……」
「伏せろ!」
離れた位置でさえ姿勢を低くしなければ吹き飛ばされそうです。慌てて身体強化のために懐からラスクにしたドラゴンハーブミートパンを取り出し齧ります。こちらはこれでなんとか、しかし、前衛のジャスパーは。
「最高」
風が凪いだところで目を開けると、ジャスパーは身じろぎひとつせずに立っていました。何この人。なんて軽口を叩くにはあまりにも美しく背筋が伸び、凛とした雰囲気を纏っています。その様は若々しいワイトライスの芽のようです。
「強い相手と戦う時ってわくわくすんじゃん」
ドラゴンの吐き出した爆炎をひらりと側方に跳んで回避し、鞘から抜いた剣を構えています。その身のこなしはまるで風に踊るラーツ麦の穂のようです。
「ぎりぎりの戦いの時ほど興奮すんじゃんね」
降り掛かってきたドラゴンの爪を刃で止めています。ドラゴンの顔が近づき、口が開かれたところで──
「俺、今、最高に楽しい!」
ジャスパーは真っ直ぐに切り込み、その後あらゆる角度からドラゴンを切りつけました。ドラゴンが反撃する隙をまるで与えません。その強さ、まるでいかなる種をも凌駕する植物、植物の王者エン麦の如しです。
この人、拗らせなければ世界を救う勇者とかになれそうなのに。そんなことを考えていると、イフリートドラゴンが力なく横たわりました。討伐完了です。
本日も無事に帰着です。ところで、回収した素材の中にあったものの一つに、息を飲みました。
「この素材って……」
「紅玉の牙。賢者の石の材料だという説がある」
「あ、こちらは?」
「竜の晩餐。ドラゴンの胃内に含まれていた植物が硬化して出来た胃石だ」
「ですよね! これ、古代の植物が含まれてるやつですよね! 古代の絶滅種の麦が含まれているかも!」
思わずはしたなくも大声で歓喜してしまいました。あ、大丈夫です。ちゃんと賢者のパン製作の目標も覚えていましたよもちろん。でも千里の道も一歩からじゃないですか。
「でも、なんにしても、この成果……」
正当な解雇事由を集めに行ったというのに、意外にも。辞令は辞令でも、別の辞令を言い渡して良いくらいでしょう。
「お前が嫌じゃないなら良いんじゃないか?」
少々人嫌いのジーン先生も嫌いでないタイプのようです。
ちらりと今回の功労者を見遣ると、棚に並べられた毒薬にご心酔の模様でした。ダメですよそれは。
さて、調術タイムです。
カランダ草、ミンク草、メタリック草を多めに、ナモン草、カルダモ草、月桂草、クロブ草、サンシ草、赤唐草、椒草を少量ずつ。いずれも炎魔法の効果アップが期待できる素材です。さらにそこに魔力アップ効果のあるイフリートドラゴンのもも肉、ニオンリーフ、調合成功率を上げる効果のあるキャロテの根、メインク芋をそれぞれ一口大に切って加え、恵の水をたっぷり入れて煮込みます。
「キラチーラ チュゲカ レクカウ カマア」
たくさんの素材をしっかり溶かすように、ぐるぐるじっくり煮込みます。
「スンウッソ ダイカ」
蓋を開ければそこには──
「痛みも痺れも辛味のうち! 炎魔法はお任せを! イフリートスパイスカレー!」
さらにもう一品。
魔法耐性付与効果のあるイトス酵母、マリナ海の塩、体力回復効果のあるラーツ麦粉、テンサイ草、カテイバター、調合成功率を上げるエン麦粉、恵の水を少量加えます。
「イテナデ ダナカデン インカ」
そうして出来上がったのは──
「満腹満足おかわりあるよ! 疲れた体にデカデカナン!」
さて、試食タイムです。
スパイスカレーはエスニックな香りが食欲をそそり、少々刺激的な辛味が食材によく合っています。
デカデカナンはもちもちの食感にほんのりとした甘み、焦がしバターの香りが癖になり、いくらでも食べたくなるような味わいでした。
「ジャスくん、デカデカナンもどうぞ」
「俺は辛味に苦しみたいからそっちはいいや」
スパイス増し増しでカレーだけを食べていたジャスくんにナンを渡しますが断られてしまいます。
「有無を言わせる気はありません」
「うおっ」
ちぎったナンを口の中に捩じ込みます。数秒の咀嚼ののち、一言。
「うっっま!」
「話が分かるじゃないですか。おかわりもありますよ。無限にありますよ」
「食い攻めもある種の苦境と言える?」
と、いうわけで。
少々変わった騎士が仲間になりました。今後とも素材採取の際はよろしくお願いするということで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます