第7話 レッツメイクデッカイナン 前編
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。常識的な十四歳。見習い調術師です。調術師はしばしば素材採取に出かける際に冒険者を護衛につけるのですが、やべえ護衛を紹介されてしまいました。
「エマっちで良さそ? 何歳? お師匠さんてどんな人? エマっちはお師匠とアマリ様どっちが本命?」
「良くないです。十四歳です。変な人です。両方です。ちょっと黙ってもらって良いですか」
「最高」
やべえ護衛ジャスパー・ラッセルをとりあえずは師匠であるジーン先生に紹介せねばならず、ブレストフォード西調術所へと連れて行きます。口調がまず癪に触りますが、それはまあ良いとしましょう。紹介してくださったアマリさんは「魔法は使えないけど強いから」と言っていましたが、問題の本質を見誤っているとお見受けします。
かくかくしかじかを交えつつジーン先生にご紹介すると、あのジーン先生さえも途方に暮れていました。
「やばい奴を押しつけられたな」
「そんなこと言っちゃダメですよ。喜ばれます」
「この二人自分のこと棚に上げて最高じゃん」
彼の模範からの逸脱っぷりは少々度を越しています。こんな護衛で大丈夫なんでしょうか。
「ガチで護衛ったら気変わるって、次いつどこ行く?」
我がもの顔で食卓のオリハルコンパンに手をつけたジャスパー・ラッセルの歯から破壊的な音がしました。平然と咀嚼を続けないでいただきたい。
「この間出かけたばかりですし、王国祭も近いですし、しばらくは製作期間じゃないですかね」
「放置プレイもまた良し」
「とっとと行って明確な解雇理由を集めてクビにしましょうか」
次の採取場所に『魔境ドラゴン火山』を選びました。一度きりですので、せっかくなのでお望みの高難度エリアへ。
火山には貴重素材のラーツ麦が生えています。日頃はエン麦を推していますが、ラーツ麦のワイルドな味わいもまた捨てがたく、どっちも良いですよねという思いがあります。
「そっざい〜、さいっしゅ〜」
暗雲立ち込めるおどろおどろしき山でもラーツ麦のおかげで足取りが軽くなります。真っ赤な川の向こう岸には名前も知らない様々な珍しい植物が生えています。
「はしゃいでやがる……」
「先生、先生、これはなんですか?」
「カランダ草。甘く爽やかな香りの香辛料の素材だ」
「こっちは?」
「ミンク草。刺激性のある苦めな香辛料の素材だ」
「こちらは?」
「メタリック草。土臭さはあるが食欲をそそる香辛料の素材だ」
「ジーン先生もはしゃいでますよね?」
しかしこのラインナップ。夕食はあれにしましょう。などと企んでいると、レッドリザードの群れの奇襲です。流石高難度エリアの魔物は気性が荒く、こちらがしかけなくても戦いを挑んできます。
「エミリア、下がれ」
「はい、非戦闘員、ばっちり安全確保です!」
レッドリザードは中レベル帯の魔物です。おそらくジーン先生一人でも倒せる相手ですが、数が多いので面倒ではあるでしょう。先程まで後ろで蚊帳の外になるのを楽しんでいた護衛のお手並拝見といきます。
「レドリザか〜。縛りプレイしていい?」
先頭に出たジャスパー・ラッセルでしたが、明らかにやる気がありません。
「職務怠慢で次回からの依頼はなしとしましょう」
「ごめんて」
レッドリザードが火の粉を吐き出し向かってきます。それに対し繰り出された剣技は──
「乱切り」
複数の魔物に同時にダメージを与える技でした。こちらのダメージなしで魔物四体同時討伐完了。
戦闘終了。
「腹立ちますね」
「お役立ちしてもご不満。たまらん」
こういう人が強いの、無性に腹が立ちますね。
「お前ら実は相性良いんじゃないのか」
倒れたレッドリザードから素材を回収しながらジーン先生が言います。良くてたまりますか。
坂を登り山の頂上へと向かいます。道中、いくつものレア素材が。
「ナモン草。上品な甘い香りの香辛料の素材だ」
「カルダモ草。清涼感のある辛味と苦味の香辛料の素材だ」
「月桂草。臭み消しの素材だ」
「クロブ草。濃厚な甘い香りの香辛料の素材だ」
「サンシ草。痺れるような辛味の香辛料の素材だ」
「赤唐草。燃えるような辛味の香辛料の素材だ」
「椒草。刺すような辛味の香辛料の素材だ」
ジーン先生が図鑑のように各種素材について簡易的な解説をしてくれます。はしゃいでいらっしゃいますね。私のフィーバータイムは序盤で終わりました。上に登れば登るほどラーツ麦は見当たらなくなります。
「ざく切り」
「せん切り」
「輪切り」
「角切り」
「銀杏切り」
「一本刺し」
料理チックな名称の剣技を披露し、ジャスパー•ラッセルは暴れ回っていました。討伐した魔物を列挙していくと、レッドリザード、イグナイトカゲ、フレイムザウルス、カエンリュウです。
「旨味がなくないですか? 冒険の旨味が」
「分かってくれる?」
「腹立ちますね」
全て圧勝でした。戦闘光景につきましてはあまりにもつまらないものだったので割愛させていただきます。
「俺は素材が取れればなんでも良い」
人の心や浪漫に疎い師匠が何か言っています。
「なんとなく気持ちは分かりました。持ってきたパン食べます?」
レベル最大値状態で冒険をするのって、多分つまらないんですね。彼には理解者が居ないのでしょう。私はまだ未熟だからこそ周りの沢山の人が助けてくれて、毎日が楽しいのかもしれません。恵まれた日々に感謝です。
「あ、いらない。今飢餓を楽しんでるから」
差し出したパンをそのまま返され自らの口に運ぶ羽目になりました。理解できてたまりますかこの野郎。
本日の昼食はふわふわ白パン。たまには流行りに流されてみるのも良いかと購入した一品です。綿のように柔らかな口当たりで、のっちりとした甘さがたまりません。
ああ、早く帰りたい。帰って調合したい。ラーツ麦品種改良したい。強い種にしてここら火山一帯の植物の王者にしたいものです。
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