第32話 姉のパトリシア
弟のジルが、おかしくなって夫はわたくしを家に連れ帰った。なによ。ジルごときに気をつかって部屋からでるなとか言いおいて・・・・あわててどこかに行った。
なにを偉そうに・・・わたくしは公爵家の出よ・・・・
むしゃくしゃしたから妹のスーザンに使いをだして遊ぶ事にした。評判のお店に行ったら予約でいっぱいだって断られた。なによ、予約よりわたくしが優先でしょ。
こんな店、お母様に頼んで潰してやると、スーザンと二人息巻いた。
この後、宝石を買って家に戻った。宝石を眺めていると怒りはおさまった。
それからはいつものようにお茶会に行ったり、招いたりして過ごしていたけど、ある伯爵夫人のお茶会に招かれた時、びっくりする事を聞いた。
実家のお茶会に招かれたお客が帰って来れないと言うのだ。その方たちはわたくしの親しくしている方たちだから、心配だしびっくりした。
すぐに実家の様子を見に行ったが、公爵家の令嬢だと言っても鼻で笑われてなかに入れなかった。
その後も実家の様子を見に行ったけど、門から見える場所にみすぼらしい女が現れると
「食べ物よこせ」と大声を出したり、泣いたりするし、家のなかから凄い音がするし、窓が割れていたり扉が壊れたりと様子がおかしい。
お母様も執事もなかにいるようなので、心配でたまらなかった。
そんなわたくしに対して家の使用人の態度が無礼になって来た。注意すると返事はするものの態度は変わらなかった。
気晴らしにと買い物に行くと店員の態度がなってないが、品物に罪はないので買ってあげようとすると、お金を払うように言い出した。
「なんですって・・・いつも通りに家に取りにくればいいでしょ」
「フォグ侯爵様から、必ず払わせてくれと連絡が来ております」
店員と話しているわたくしを、他のお客がひそひそしながら、見ている・・・・こんな仕打ちをするなんて・・・・
「いらないわ、こんな物」品物を投げつけると店を出た。
家に戻り、無礼な侍女を叱りつけながら、着替えをした。
夕食後、ちょっとお酒を飲みながらくつろいでいると夫が戻って来た。疲れているようだったが、わたくしは堰を切ったかのように不満をぶちまけた。
呼吸を整えるためにわたくしがちょっと黙った時に
「反省しろと言ったが」と言うといきなりわたくしの頬を打った。
使用人が
「だんな様」と寄ってくると
「こいつを使用人部屋に・・・・いやお前たちの迷惑になるな・・・庭に道具小屋があったな。すまないが、あぶない物を片付けてこいつを閉じ込めてくれ」
「かしこまりました、だんな様。お風呂の準備ができております」
「助かる」
そう言うと、もうわたくしに目もくれず夫はでて行った。
何日かして、夫が盆を持って小屋にやって来た。黙ってテーブルに盆を置いた。
盆には、パンとスープが乗っていた。わたくしはテーブルに近寄ると立ったままパンを手に取り、かぶりつきスープの器に直接口をつけて飲み込んだ。
食べ終わったわたくしを見て、夫は
「侯爵夫人のお作法じゃないな」
「これは・・・・」
「放り出したいが、無責任なことはできない。この家で使用人として使ってやる。きちんと上の者の言うことを聞いて働け。給金も払うから公爵夫人に金を返せ。もちろん払いきれない。しかし誠意を示せ」
そういうとドアを開けて
「頼む」と下働きの女を呼び入れた。
それからわたくしはその女に言われるままに、水を汲んだり、床を磨いたり、馬車を洗ったりした。女は存外親切で不慣れなわたくしを庇ってくれた。
「下働きには靴をくれないんだ。給金で靴を買いなよ」と女は言った。
そして給金を貰う日が来た。女と一緒に給金を貰いに行くとわたくしの分はその女に渡された。
抗議すると執事は
「同じことを平気でしていたと聞いてますが」と一言言った。
「あんたから貰っていいって聞いてるよ、上の人は貰っていいって・・・ねぇ」と執事に向かって女が言うと
「えぇそれはお前の物です。もう行っていいですよ」と女を去らせた。
「お金を稼ぐいい方法があります。この前の小屋で待っていて下さい。一応、体を水でいいから洗っといて下さい」
「えっ?」
「足を開くだけですよ」
そうやって昼間は下働き、夜は小屋と働いたが、ある日、
「だんな様がこのことを知って呆れてます。風紀が乱れるのは困るとおっしゃってまして、娼館に行ってもらいます。だんな様はあなたから一銭も貰いたくないとのことですので、娼館から貰ったこれはあなたに差し上げます」
『仕組んだくせに』とか言いたいことはあったが、無駄だとわかるくらいの分別はある。
受け取ったのは、金貨が一枚。ドレス一着買えない・・・・・
「あんた、給金くれたからこれやる」とあの女が穴の開いた靴をくれた。
あの女が施してくれた穴の開いた靴を履いて、ぼろぼろのお仕着せを着たわたくしは迎えの馬車に乗った。
次の地獄はどんなだろう・・・・夫は一度、償う機会をくれたんだと今更ながら気がついた。
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