47:最後のショー

  決戦の舞台は、俺が最初にショーの開幕を見届けた教会の地下闘技場。カインはもちろん、初めてのその闘技場に視線を泳がせていた。


「へえ、ここがジュノが初めてショーをした場所?」


「そう。はじめは人がいなくてね......。今は、いろんな人が集まってるけど」


「そっか。なら、僕たちのショーを存分に楽しんでもらわないとね」


カインはニッコリと微笑んだ。俺は作り笑顔で、彼と場内の中心で握手した。そして、司会のレオが改めて登場した。はじめに着ていた金の衣装ではない、黒くきっちりとした正装のようだった。


『皆様、大変お待たせしました! ジャッジ不在で、無効となった第三部のショーですが、今ここで決着をつけたいと思います! ラストワンに輝くのは、獣人の生き残り、カインか! はたまた勇者の子孫、ジュノか!! みなさんの応援が、声援が、勇者の希望となり、力となる! それでは、ラストワン・バトル! ファイトォ!!」



俺とカインは、互いに礼をし、構えた。しかし、こう見るとこうやって正面からこいつと対面するのは初めてかもしれないな。とはいっても、第二部から出会った仲間だからか、第一部で出会った人たち以上に長く付き合ったような錯覚がある。


「どうしたの? ジュノ。そっちから仕掛けないなら、僕から行くよ!!」


カインは獣人へと変化して、姿勢を低くしてこちらへ向かった。まっすぐとした突進攻撃。これは、受け止めて行かないとな!!


「お前の力、そんなもんかぁ?」


「余裕だねえ! だけど、僕だって戦いなれてきたんだ。舐めないでよね!」


カインの足が俺のお腹を突き刺す。吹き飛んでいき、闘技場の端まで追いやられる。

くっ......。こいつ、成長してるな......。前は戦いなんてしたくないって言ってたくせに......。


「やるじゃん」


「武闘家に言われると、悪い気はしないねえ。でも、僕はやっぱり拳は向いてない。だって、衣装が血に染まっちゃうもん」


「またそんなこと言って......!」


「本気だよ。僕は戦いたくない。でも、僕が戦わなくちゃいけないって決めた時はしっかり闘う。向き合うって決めたんだ。それで、誰かが幸せになれるなら」


幸せ......。彼の表情は明るい。それに比べて、俺はどうだ......。ずっと歯を食いしばってばかりで、戦ってばかりで......。その戦いを正当化しようと、ずっと自分を騙してきた......。やっぱり、祝福なんて呪いじゃないか......。


「きれいごとで、世界は幸せにならない! 俺は、すべてを救うために手段は選ばない! たとえ自分の体が壊れても! 誰かに疎まれてしまっても!」


俺は、幸せを望んでいたはず......。だけど、俺は勇者に憧れて、勇者の血に生まれて、俺の周りで争いが絶えなかった。なら、俺は幸せになる必要なんて......。


「君が幸せにならなくて、どうするんだ! そのために勇者になるんだろ!? 僕たちは、もう他人を救うだけの勇者じゃない! 自分も救い、他人も救える勇気ある人なんだ! 君は、自分の運命に絡まりすぎだ! もっと、君の根幹を思い出すんだ!」


「俺の、何を知ってるっていうんだ!! 話を聞いて、勝手に知った風になるなよ!!」


勇者の血という呪縛から逃れられない。それでも、選んだのは自分自身。わかっていても、俺は勇者になりきれない。なら、リオンとの約束はどうするんだ! どう顔向けすればいい! 


「ジュノーーー! どおせ、私のことで悩んでるんだろ!! 気にしてる場合かぁあ!! このバカ野郎!! お前のなりたい、勇者の姿になれえ!!」


会場に響いたのは、リオンの声だった。あっけに取られていた瞬間、カインからキツイ一発が俺の頬に当たった。キーンという耳鳴りと共に、俺は地面にたたきつけられた。レオが俺の元に駆けつけてくる。どうやら、カウントダウンを始めてるみたいだ。だけど、このまま負けてもいいかもしれない......。


......いやだ。

いやだ。

いやだ。

絶対に、嫌だ!!


「おっと、ジュノが立ち上がった!! まだ行けるのか!? ジュノ」


レオが大げさに俺に振った。俺は、親指を立てた。


「へなちょこパンチだぜ。だけど、目が覚めた」


レオは静まって、俺を見極めるように立ち去った。そして、俺は今までと打って変わって攻め始めた。


「破魔震伝流‐魂揺‐!!」


カインには届かなかったが、軽く地面は削り取られていた。


「おっと、大変。こんなの当たったら、きれいな顔がぐちゃぐちゃじゃないか。当たったらの話だけどね!!」


「減らず口を!!」


カインと俺の拳が交差した。俺は一瞬で、彼の拳をはじいて次の左手のフックを仕掛けた。だが、カインもそれを目視で読み切って防御する。反射能力は俺やボアの時と同格、いやそれ以上か。動物の動体視力というのは、あなどれない。

一進一退が続く。拳が当たらないなら足。足がダメなら頭。どちらもボロボロ、ドロドロになりながらついには拳がだらりと下がってくる。


「はぁ、はぁ......」


「僕の綺麗な顔、台無しじゃないか......」


「もっとかっこよくしてやろうか?」


「君には感謝してる。でも、もうここで幕引きだ。お互いの全力で、終わらせよう!!」


「望むところだ!!」


片方の目がぼんやりとし始める。右腕に感覚がない。それでも、俺は拳を構え続ける。俺は、最高の勇者になる! 俺が、ラストワンだ!!


「うおおおお!!」


「ぐおおおおお!!!」


拳の勢いが、弱くなったのを感じた。それは、カインも同じだった。それでも、カインは諦めなかった。俺だって諦めたわけじゃない。でも、数段。ほんの少しだけ、カインの運が、俺より勝った。カインの拳が、俺の最後の集中の糸を切った。


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