とある女子高生の幸運

トラ

1年 1学期

第1話 とある女子高生の魔法病

『魔法病』

それは、1000人に1人がなる病気。

ほんの少しの、ちっぽけなファンタジーを手に入れる代償は───寿命が半分になることである。


いまだ解明の進まない『魔法病』、その病にかかってしまった人々の最期は痛々しく見ていられないものであるという。


とはいえ稀有な病気であり、何の関係もないと思っていた。ただ、学校で教えられたその基本情報だけを知っていた。それだけでいたかった。



「さて、義務教育を終え、晴れて高校生活をスタートさせる新入生の皆さんに贈りたい言葉があります───」


もう始まってるじゃん、という顔をしてショートカットの切れ長の瞳の女の子が身を縮ませながら隣に座った。

中学から合格した女子が自分一人だったことから、友達ができるか不安だった。ずっと空いたままだった隣の席に期待を寄せていたのは数分前。

待ちわびたその女の子の方に意識も向けていられず、内側から発生する熱を押し殺そうとした。


(あつい……)


内側から焦がされるような、あるいは痛みとすら形容できる熱さ。

熱の時の体温の急上昇とはまた違ったそれは、脳裏に思い浮かぶある病気の初期症状と酷似していた。


(まさか、『魔法病』…?)


どんどん熱の刃が体を破ろうと突き刺さってくるのに反して、頭は急激に冷えていく。

どく、どく、どくと頭の裏の方から音が大きく聞こえた。


ーーーーー


「名前聞いてもいい…?」


「あっ、私、神崎かんざきなつめです…!えっと、あなたは…」


上原うえはら花衣かいです…!よろしくね…!」


「うん、よろしく…!」


緊張が解けほっとしたような表情を見せた斜め前の上原花衣さん。

友達が出来るのか不安、という気持ちが伺えた。

当然自分もその緊張感を持っていた。今は、違う。それどころではない。


入学式に遅れてきたショートカットの女の子は、右隣の女の子と意気投合したらしい。

隣が両方とも男子で席が一番後ろだった私は、同じく右端で隣が別の人と仲良くしているという状態だった上原花衣さんと話す流れとなった。


破裂しそうな熱を、閉じ込めながら。


「私、友達ができるか不安で…」


「分かる…!昨日は緊張して寝れなかったんだよね…!」


「一緒…!あ、このあとって、何するんだろね…?」


「下駄箱見に行くとかかな…?」


お互いにぐいぐい行けないまま、探るように、少し前のめりに、けれど踏み込めないままそれといって意味の無い話を続けた。


担任である、少し融通が効かなそうな、しかし頼れそうな背筋のピンと伸びた女の先生が声をかけ、慌てて席に戻るまで。


「明日は個人写真を撮るのでベストを着用してください。朝は8時半のチャイムが鳴るまでに登校してくださいね。では」


どの部活入ろうかな、いつから部活見学なんだろうね───帰る準備をしながら、とりとめのない話をしていると、ねえねえ自己紹介しあわない?と声をかけられた。


男子はすでに半分ほど帰っているのとは異なり、女子は全員残っていて、円になって集まっていた。慌ててそこに入る。


「神崎なつめです…!」


20人ほどの名前を聞いていると、途中から耳から抜けていくような感じになった。覚えられない。顔も多くて一致しない。聞いてからすぐに忘れていく。

───これは、別に、『魔法病』の症状では無い。

相貌失認、とまでは行かずともそれに近い。人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。


全員名前を言い合った時点で、誰からとはなしに自然と帰る流れとなった。


「じゃあ、また月曜日ね」


「うん…!」


母と父と合流して、門の前の看板と写真を撮った。県内ではかなり知られた方の進学校。

周りには400人の新高1年生と、その親たちがいる。それでも、この中で『魔法病』を発症している人は1人いるかどうか。あるいはその1人が自分なのか。


「どう?友達できた?」


「うーん、まだ分かんない。話せた子はいたよ」


正直に言うならば、この後のことは覚えていない。どんどん酷くなる痛みに耐えながら、車に乗りこみ、家に帰った。ちょっと疲れたかも、のようなことを言って、律儀にパジャマに着替え直してベッドに倒れ込んだ。


夜ご飯を食べたのも、お風呂に入ったのも、思い出せない。ちゃんと振る舞えていたことを願うしかない。



我ながらどうしてこんなに隠そうと努力しているのかは分からない。

親に泣かれることになるとはいえ、とっとと『魔法病』だと打ち明ければよかったのに。


けれどそれは出来なかった。

この日、入学式の日から、私は一生をかけて『魔法病』を隠し通すことになったのだ。

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